日外会誌. 122(6): 725-727, 2021
定期学術集会特別企画記録
第121回日本外科学会定期学術集会
特別企画(6)「各疾患登録とNCDの課題と将来」
4.NCD呼吸器外科領域の現況と展望
1) 筑波大学 呼吸器外科 佐藤 幸夫1) , 遠藤 俊輔2) , 岡田 克典3) , 近藤 晴彦4) , 新谷 康5) , 豊岡 伸一6) , 中村 廣繁7) , 星川 康8) , 芳川 豊史9) , 吉野 一郎10) , 千田 雅之11) (2021年4月9日受付) |
キーワード
NCD, 呼吸器外科, フィードバック機能, リスクモデル, 肺癌登録
I.はじめに
呼吸器外科領域の全国的手術集計は,1986年から日本胸部外科学会学術調査が毎年,1994年から4~5年毎に肺癌合同登録委員会による調査が施行されてきた.学術調査は対象疾患別に手術数(開胸および胸腔鏡手術)・合併症・死亡数を調査し,その結果を基に呼吸器外科専門医合同委員会が認定施設を承認してきたことから,登録率が高い.肺癌登録合同委員会調査は,4~5年毎の詳細な臨床情報と5年後の予後を含めた詳細な調査で,大学病院・癌治療専門施設等が参加しており,本邦の全症例の約半数が登録されている.
2011年に開始されたNational Clinical Database (NCD)は外科専門医制度とリンクし,診療実績を証明するインフラとして開発され,web登録される.呼吸器外科領域も2014年から手術登録制度を立ち上げた.対象疾患ごと項目を設定し,呼吸器外科専門医制度とリンクしている.学術調査もNCDデータからの自動入力により,調査票への手書き入力が不要となり,修練施設の申請と更新が簡便になった.専門医制度に加え修練施設認定のリンク,そして対象疾患や術式が比較的少ない事から,NCD呼吸器外科領域は悉皆性および正確性の高いデータベースとなっている.
II.NCDを用いたリスク評価
2014〜5年の肺癌登録症例を対象に肺癌リスクモデルが作成された1).肺機能や併存疾患等を含めた患者背景,癌進行度,術前導入療法,術式,リンパ節郭清範囲,合併切除などから手術リスクが重回帰分析で検討され,肺全摘・間質性肺炎・肝硬変が重篤周術期合併症と手術関連死亡のリスクファクターとして示された.2016年の手術症例を加えた解析で,右肺全摘・気管支形成・右下葉切除が気管支瘻のリスクファクターであり,右肺全摘・2葉切除・間質性肺炎・肝硬変が呼吸不全のリスクファクターであることが示された2).これらを基に,患者背景や術式を入力すると,手術死亡・気管支瘻・呼吸不全のリスクを評価できる計算機能を実装し,手術適応・術式決定に活用されている.また,肺癌手術の死亡率と重篤合併症率をリスク調整した上で,全国平均と各施設を比較できる施設パフォーマンス機能も実装し,各施設の手術の安全性評価を通じて医療レベルの向上と均霑化に寄与する事が期待されている.
III.NCDを用いた臨床研究
NCD呼吸器外科領域は臨床研究にも活用されている.2014~15年の肺癌登録例で手術アプローチ法が解析され,本邦では肺癌手術の7割以上が完全胸腔鏡または胸腔鏡補助アプローチで施行され,開胸移行率は低く,安全性も高い事が示された3).
2018年からは日本呼吸器外科学会でNCDを用いた臨床研究が公募されている.2018年は2課題が採択され,施設専門医数と肺悪性腫瘍手術の安全性の検討では,本邦では専門医の数に関わらず周術期死亡率は低く抑えられ,均質な呼吸器外科診療が提供されていることが示された4).喫煙が肺がん手術に及ぼす影響の検討では,喫煙量に応じて周術期死亡・肺合併症・心血管合併症・感染症のリスクが増加する事が示された5).
2019年は3課題が採択され,肺癌術後肺胞瘻のリスク因子の検討では,年齢,性,BMI,間質性肺炎,喫煙,1秒量,組織型,多発癌,腫瘍の部位がリスク因子として抽出された6).悪性胸膜中皮腫に対する根治術の周術期合併症の検討では,本邦では,High volume centerで胸膜肺全摘術より胸膜切除/肺剥皮術が施行される傾向があり,周術期合併症は胸膜肺全摘術が胸膜切除/肺剥皮術に比し多いものの,周術期死亡は胸膜肺全摘術・胸膜切除/肺剥皮術共に低い事が示された7).胸腺腫・胸腺癌および重症筋無力症に対する胸腔鏡手術の安全性の検討は現在解析中である.
2020年は3課題が採択され,続発性自然気胸の外科療法に関する研究,肺癌に対する肺葉切除と区域切除の短期成績の比較,原発性肺癌に対するロボット支援胸腔鏡下手術と胸腔鏡下手術の臨床病理学的因子および周術期成績に関する比較検討の解析が進んでいる.
2021年は,気管および気管分岐部切除再建術の成績と周術期合併症,COVID-19の日本の呼吸器外科手術に対する影響の研究の採択が決定している.
IV.肺癌登録事業への活用
肺癌登録合同委員会は,日本肺癌学会,日本呼吸器外科学会,日本呼吸器学会,日本呼吸器内視鏡学会,日本胸部外科学会の協同で運営され,肺癌登録および解析を通して,肺癌の発生や予後に関わる因子を明らかにし,肺癌の予防,診断,治療の向上に寄与してきた.これまでに1989,1994,2004,2010年の外科症例の後方視的調査,2002年の内科外科症例,2012年の内科症例の解析結果を報告してきた.これらは,International Association for the Study of Lung Cancer(IASLC)による病期分類の第8版の重要な基礎資料となり,世界の肺癌診療に大きく貢献した.第10次事業では2017年にNCD登録された手術症例を対象とし,予後情報を2022年に付加し解析予定である.第11次事業では2021年手術症例の前向き登録を行う.施設承認とオプトアウトを得た主要な134施設が参加予定で,基本データをNCDから利用し,更に詳細な臨床・病理・補助療法等の情報を付加し,2027年に転帰・再発情報を登録し解析する.肺癌診療は外科治療の低侵襲化のみならず遺伝子治療や免疫療法により日進月歩を遂げており,これらの解析により最新の肺癌診療を把握評価するとともにIASLCへの供与を通じて更なる治療成績の改善に寄与する事が期待される.
V.おわりに
NCD呼吸器外科領域は,悉皆性と正確性の高い世界に誇れるデータベースとなった.リスク評価およびパフォーマンス評価機能を備え,手術適応および術式の判断に加え施設の医療レベルの向上に活用されている.ビッグデータを活かし研究にも利用され,本邦の呼吸器外科診療の現状把握に加え,患者背景や施設の特徴の手術成績への影響,合併症のリスク解析に用いられている.さらに肺癌登録への活用が始まり,治療成績の検証と新たなる標準治療の確立への寄与が期待される.
利益相反:なし
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