日外会誌. 122(6): 631-638, 2021
特集
コロナとの対峙 外科診療の変容とポストコロナへ向けて
8.Withコロナ事態下での院内体制構築
東京医科歯科大学 救命救急センター 落合 香苗 , 相星 淳一 |
キーワード
病棟整備, 人員配置, 隔離解除, 手術, 救急外来
I.はじめに
2020年1月14日に初のSARS-CoV-2陽性患者が確認1)されて以来,国内の新型コロナウイルス感染患者は激増し,2020年の陽性患者は23万4,395名,死亡者は3,460名にのぼった2).2021年に入ってからもまだ収束の兆しは見えず,今後も新型コロナウイルス感染者は時期により増減する可能性があり,必要に応じて陽性患者を受け入れつつ通常診療も並行して行える体制作りが求められる.感染者が増加して医療が逼迫する恐れのある時期には,通常診療のうち一部の入院や検査・処置は延期せざるを得ず,一般の救急診療も制限を余儀なくされる場合がある.国内や地域での感染者の発生状況に合わせて,流動的に対応できる院内体制作りが肝要である.
当院では2020年4月3日より陽性患者の受け入れを開始し,2021年3月31日までに463名(重症患者145名,中等症患者318名)の入院診療を行った.期間中,陽性患者の増減も経験し,病棟整備や人員配置,診療体制の変更など様々な調整を要した.この経験に基づき,新型コロナウイルス事態下での長期計画を含めた院内体制構築について検討する.
II.病棟整備
新型コロナウイルス陽性患者の診察室や入院病床は陰圧にできることが望ましいが必須ではなく,十分な換気がされていればよい3)とされている.陽性患者の入院診療では,ワンフロアの病床をすべて陽性患者病棟とする「フロア管理」を行う場合と,一部の個室を陽性患者用に充てる「個室管理」を行う場合がある.
フロア管理は,個人防護具(Personal Protective Equipment:PPE)の着脱頻度が少ない,患者ごとにPPEの着脱が不要であり病状の不安定な患者に対応しやすい,などの利点がある一方,スタッフのレッドゾーン滞在時間が長い,陽性患者以外に病床を使用できないなどの欠点がある.当院では重症・中等症ともに多数の陽性患者を受け入れたため,いずれもフロア管理を行った(図1).フロア管理を計画する際には,スタッフや患者の入退室のほか,検査検体の搬出,物品や食事の搬入,感染ごみの搬出などの動線の検討が必要である.実働するスタッフのほか,感染制御部門などとも話し合い,既存の病棟の実情に応じた動線を設定することが望ましい.
個室管理の場合は,陽性患者が発生した時のみ陽性病床として個室を使用するため,十分な換気と環境整備3)を行ったあとは同じ個室を陽性患者以外にも使用できる.個室管理ではPPEの着脱頻度や扉の開閉頻度が高く,PPEの脱衣をする準清潔区域(イエローゾーン)の設定や薬剤の投与方法などに工夫が必要である.前室のない個室では,扉の内外にPPEを脱衣するイエローゾーンを設定する(図2).個室への入室頻度を減らすため,遠隔モニタリングを行う4),カテコラミンなどの厳密な速度管理の必要な薬剤以外は,ラインを延長して輸液ポンプやシリンジポンプを個室の外に出す5),などの対応(図2)も検討すべきである.
疑似症や疑いが否定できていない患者が入院する場合,当院ではあらかじめ定めた隔離基準や隔離解除基準に基づいて病床の選択を行っている.重症度が高い症例では集中治療室にて原則,個室管理とするが,比較的疑いは弱いが隔離が未解除の患者には陰圧テントを使用することもある.一般病棟入院が可能で隔離が未解除の患者は症例数が多いため,当院では疑い病棟を設け,隔離解除基準を満たした者から他の病棟に移動している.
疑似症患者や隔離未解除の患者は相互の感染を防ぐため個室管理が必要であり,これを怠ると院内クラスタの発生のリスクとなる.感染制御部門などとあらかじめ隔離解除基準などを策定しておくと混乱が少ない.当院の隔離解除基準については後述する.
III.人員配置
新型コロナウイルス陽性患者の肺炎では,呼吸窮迫症候群(ARDS)の治療に準じた腹臥位療法など人手を要する治療もある.多くの陽性患者を受け入れた場合は医師の増員が必要になることがある.当院では重症患者は救急科,中等症患者は呼吸器内科が診療の中心となっているが,陽性患者が増加した場合には手術室や外来診療の制限を行って,集中治療部が診療に参加し,各科からも応援医師を募ることで診療医師を確保している.
フロア管理の場合には,看護師はレッドゾーンの滞在時間が長くなるため,当院ではレッドゾーン内での連続勤務の上限を4時間としている.集中治療室は2:1看護を要するが,実質的に1:1看護となるように人員を配置している.これには,一部の病棟を閉鎖する,新しくスタッフを採用して教育するなどの調整が必要である.
臨床工学技士や放射線技師,リハビリテーション療法士などレッドゾーンに入る機会の多いコメディカルにもPPEなどの感染防御に関する教育を行い,陽性病棟でも通常診療と同等の診療を可能にすることが望ましい.
スタッフの配置は,感染症の流行による患者の増減に応じて柔軟に対応できるよう準備が必要である.患者増加時には一部の病棟や部門を閉鎖または制限する計画を立てておき,その病棟・部門のスタッフを能力に応じて再配分する体制を整えておくべきである.
医療スタッフが感染すると,院内クラスタの発生のリスクが高まり,自宅待機者が増えることによるスタッフ不足が深刻な問題となる.当院では,特に陽性病棟に関わる職員に対し,定期PCR検査を実施している.また,体調不良があった場合の申告方法や健康観察やPCR検査などの基準を設け,職員が感染した場合の早期発見や感染拡大防止に努めている.
医療スタッフが偶発的に陽性患者と接触してしまった場合には,日本環境感染学会の作成した医療従事者の曝露のリスク評価と対応6)に基づいて健康観察の方法や就業制限の期間を決定している.万一医療施設内で陽性患者が発生した場合,クラスタになった場合には,感染管理,拡大防止そして病院機能維持を図るため,国立感染症研究所が作成している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)医療施設内発生対応チェックリスト7)を参考にされたい.
IV.隔離と隔離解除基準
当院では,予定入院の患者には事前PCR検査を行っている.しかし検査をすり抜けて入院後に陽性が判明する場合もあり,速やかに陽性患者を移動させ,濃厚接触者の特定を行うフローをあらかじめ定めておくとよい.
緊急入院の患者では,図3に示すフローに則り入院病床の選定を行っている.基準となる項目は,発熱,その他の症状(上気道・下気道症状,消化器症状,嗅覚・味覚障害),接触歴や渡航歴,CT画像,既感染の5項目である.感染の疑いがある患者は疑い病床に入室させるが,疑わない場合でも初回PCR検査の結果が出るまでは接触予防策(Contact Precaution:CP)+飛沫予防策(Droplet Precaution:DP)とする,人工呼吸器管理や高流量酸素を要する場合には個室管理とする,といったルールを作成している.
隔離を解除する際には図4のフローを用いている.疑い症例カンファレンスには,呼吸器内科医,感染制御部門,集中治療医などが参加し,協議の上,必要PCR検査の回数や隔離解除を決定する.疑いの強い疑似症の場合はPCR検査を複数回行うことで陽性の診断に至る場合もあり注意を要する.
このようにフローをあらかじめ作成しておくことで,現場における混乱を避けることができ,クラスタの発生防止につながる.
V.手術
手術は全身麻酔における気管挿管・抜管などの処置を伴い,また,陽性患者ではウイルスは血液中のみならず便中や尿中にも存在することが報告8)されていることから,エアロゾル発生や接触による医療スタッフの曝露が懸念される(ただし,血液,尿,便から感染性のあるウイルスが検出されることは稀3)である).予定手術の場合は事前検査で陰性確認を行うことが必要である.
緊急手術においては,まず非手術治療を最大限考慮したうえで,それが選択できない患者のみに緊急手術を行うことを日本外科学会は提言している9).疑い症例では最大限,判定結果を待つこと,術前に胸部CTも撮影すること,陽性確定および疑い症例ではフルPPE装備で手術を行うことが推奨される9).また,腹腔鏡手術はエアロゾル発生を伴うため,緊急手術では感染の可能性が極めて低い症例のみを対象とする9).しかし,感染リスク低減を図るあまり手術施行のタイミングを逸してはならず,必要時には遅滞なく緊急手術が可能な体制を整備するべきである.
当院では前述した隔離解除フローと同じ基準で空気予防策(Airborne Precaution:AP)対応手術とするかどうかを決定している.疑いの程度に関わらず,隔離解除となっていない症例ではAP対応で手術を行う.
陽性患者または疑い患者の手術室は陰圧にできることが望ましい9).陽性患者個室病床と同様に手術室の前室または扉の内外にPPEを脱衣するイエローゾーンを設定する.当院では,患者動線を短くするため,エレベーターホールにある扉から直接出入りできる手術室を新型コロナウイルス陽性患者専用手術室とし,正面入り口を通らずに患者を搬入できるようにした.
手術部門は陽性患者増加時には制限を行うことが多く,制限時には人員の再配分を行う計画を立てておくとよい.一方,手術は病院経営にとって主要な収入源の一つでもあり,陽性患者増加時の制限体制と減少時の通常体制の移行を柔軟に行って,いずれにも対応できるようスタッフ教育や想定される状況に応じたルール作りを行っておくことが重要である.
VI.救急外来
救急外来は陽性患者に偶発的に暴露されるリスクの高い部門である.救急外来を受診する患者は発熱,上気道症状,消化器症状を有することも多く,意識障害を来している患者では自覚症状や陽性者との接触歴などの問診も困難である.また,新型コロナウイルスは無症状病原体保有者からの感染リスクもある3).新型コロナウイルスの蔓延期のみならず,感染者が減少している時期でも医療スタッフは偶発的な陽性患者との接触や感染に注意しなければならない.
当院では,診察場所と予防策を選定するフロー(図5)を作成している.発熱,上気道・下気道症状,消化器症状,感染者との濃厚接触歴,新型コロナウイルス感染症既往歴の5項目をもとに判断し,聴取不可,病歴不明の場合にはAP対応としている.各診察室は必ずしも陰圧環境ではないが個室であり,一部の患者には陰圧テントを使用している(図6).診察室の棚などは養生を行い,扉を閉めて診療を行う(図6).診察室もそれぞれの個室の換気能力に応じて換気時間を設定し,環境整備3)が完了するまでは同じ診察室に次の患者を受け入れないこととしている.画像検査などで移動が必要な場合には,動線を可及的に短くし,人払いを行って搬送する.病棟などへの患者移送には,疑いが否定できない患者も含め,陰圧車椅子や陰圧ストレッチャーなどのツールの積極的な使用を推奨している.
VII.おわりに
以上に紹介した当院の診療に関するフローは,厚生労働省や各学会,国立感染症研究所などが作成している資料に基づいて,感染制御部門を中心に現場で実働している医療スタッフの意見を取り入れつつ作成している.フローの数が多く煩雑な面もあるが,様々なケースに対応できるよう基準を明確にしておくことで,現場の負担を軽減し,安全な診療を継続することができる.フローなどの取り決めは国内や地域の状況や新しい知見,現場での実行性に応じて随時改訂が必要である.
利益相反:なし
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