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日外会誌. 122(4): 412-416, 2021

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会員のための企画

外科医だからできる国際医療貢献

1) 川崎医科大学 消化器外科学
2) 特定非営利活動法人ジャパンハート 

遠藤 俊治1)2) , 吉岡 秀人2) , 吉岡 春菜2)

内容要旨
東南アジアのミャンマー,カンボジア,ラオスでは経済的理由や医師不足のため,医療機関を受診できない患者が多い.特定非営利活動法人ジャパンハートは2004年に設立され,「医療の届かないところに医療を届ける」を基本理念としてこれらの国々の医療支援を行ってきた.3~5日間の手術期間を設け,日本から参加するボランティア医師と現地人医師で協力して手術を行っている.鼡径ヘルニア,皮膚・皮下腫瘤,陰嚢水腫,甲状腺腫などの手術が多いが,小児がんや先天性疾患の手術や腹腔鏡手術などの高度専門医療も行っている.日本のように潤沢に手術器材を使うことはできないが,限られた環境で最善の効果を生むべく奮闘している.日本から参加するボランティア医師は年々増加しており,より多くの患者に医療を届けることができるようになった.手術で患者を治療したり現地人医師を指導するのは外科医だからできる国際医療貢献であるが,術野を照らしたり,掃除をしたり,食事を作るのも国際医療貢献であると考える.自分の力に自信のない若い医師の皆さんも是非現地に赴き自分にできることを実践していただくとともに,自分に足りないものを自覚して帰国後の研鑽目標にしていただければよいと思う.短期間であっても,国籍や職種を超えたメンバーで困難を克服して手術を成功させ,患者さんの笑顔を見る喜びは何物にも代えがたい.

キーワード
国際医療, ミャンマー, カンボジア, ラオス, 医療の届かないところ

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I.はじめに
東南アジアの国々では医療保険制度が十分普及しておらず,経済的理由で医療機関を受診することができない人が多い.また医師をはじめとする医療従事者も不足している.日本では簡単に治療できる病気でも,東南アジアでは長年放置され悪化してしまうことがある.
筆頭筆者は,2013年4月に開催された第113回日本外科学会定期学術集会での「海外で活躍する外科医からの次世代へのメッセージ」と題した企画で,はじめてジャパンハート創設者の吉岡秀人医師の講演を拝聴した1).もともと国際医療に興味はあったものの,日本での仕事を休職しなければ参加できないと思い諦めていたが,数日間の休暇で参加できると知り入会した.以後夏季休暇や有給休暇を利用して年に数回程度,東南アジアのミャンマー,カンボジア,ラオスに渡航し,現地の医師とともに手術を行ってきた.
本稿を執筆している2021年3月現在では新型コロナウイルスの影響で自由に海外へ渡航できる状況ではないが,筆頭筆者のこれまでの経験を紹介させて頂く.

II.東南アジア医療の現状
ミャンマー,カンボジア,ラオスは近年経済成長が著しいが,医療水準はいまだ低い.医療者の数は限られているうえ,多くは都市部に偏在している.また専門知識や技術を有する専門医も圧倒的に不足している.富裕層の中にはタイやシンガポールに渡航して医療を受ける人もいるが,農村地域の多くの人々は経済的,地理的理由で病院を受診することができない.薬草などの伝統医療を行うことも多い.各国の,医療費の国民総生産比,一人当たりの医療費,医師数,人口1万人あたりの医師数,平均寿命を表1にまとめた2)4).日本の医療がいかに恵まれているか,ご理解いただけると思う.

表01

III.ジャパンハートの活動
特定非営利活動法人ジャパンハートは2004年に設立された,国際医療ボランティア団体である.「医療の届かないところに医療を届ける」を基本理念としてミャンマー,カンボジア,ラオスや日本国内のへき地・離島への医療支援を行っている.また国際緊急救援部門は国内外で災害が発生したときに支援を行うとともに,最近は国内の新型コロナウイルス専門病棟の支援や,クラスターが発生した病院や施設の支援を行っている.
団体の活動は,日本から参加するボランティアによって支えられている.年単位で参加している長期滞在医師や,筆頭筆者のように数日間だけ参加する短期ボランティア医師がいる.参加に当たりとくに資格や経歴は必要なく,初期研修が終了したばかりの医師もいれば,ベテラン医師もいる.ほかにも看護師や助産師などの医療者のみならず,非医療者も多く参加している.
ミャンマーでは2004年に中部のワッチェ慈善病院に拠点を置いて医療活動を開始し,今ではミャンマー全土から患者が訪れるようになった.また他の地域の病院でも手術支援や外来診療を行っている.2016年からは高度先進医療の普及を目指し,日本から小児外科,心臓外科,循環器内科,形成外科,口腔外科などの専門チームを招聘して,子ども専門病院や総合病院で現地医療者と共に治療を行っている.2019年3月には,ミャンマー初となる小児生体肝移植を実施した.2019年度のミャンマーでの手術症例数は1,509例で,内訳は鼡径ヘルニア454例,皮膚・皮下良性腫瘍180例,陰嚢水腫156例,甲状腺腫83例,口唇口蓋裂69例,小児心臓カテーテル治療69例,乳腺腫瘍41例,リンパ節腫脹35例,包茎35例,熱傷瘢痕拘縮31例,小児心臓外科手術28例,尿道下裂25例,痔瘻21例などであった.2020年4月以降は新型コロナウイルスの影響ですべての国際線が欠航となったため,ミャンマー人スタッフを中心に医療活動を行っている.また2021年2月に起きた軍事クーデターにより政治的に不安定な状況になっている.
カンボジアでは2008年より活動を開始し,当初は提携病院の一画を特定の期間だけ間借りして診療を行っていた.2016年に首都プノンペンの郊外にジャパンハートこども医療センターを設立し,子どもから大人までの一般外来診療や産科の診療を無償で行っている5).2019年度の手術症例数は1,396例で,内訳は皮膚・皮下腫瘤502例,鼡径ヘルニア258例,乳腺腫瘍79例,陰嚢水腫64例,甲状腺腫57例,頚部腫瘤・リンパ節生検45例,卵巣腫瘍39例,骨盤臓器脱35例,膿瘍ドレナージ30例,子宮筋腫25例などであった.また小児がん24例,胆道閉鎖症2例などの高難易度手術も日本から小児外科専門チームを招いて行っている.本稿執筆時は新型コロナウイルスの影響で日本から入国する場合は2週間の隔離が必要であるため短期ボランティアの参加は難しいが,吉岡医師や長期滞在医師,カンボジア人医師らで協力して手術を行っている.
ラオスでは2012年から医療機関へのアクセスの悪い山間部を中心に,主に甲状腺疾患の外来診療・手術を行っている.ラオスは海に面しておらず,とくに山間部ではヨード欠乏によると思われる甲状腺腫の患者が多い.日本では経験しないサイズに腫大しており,現地では手術できる医師が少ない.2019年度の手術症例数は甲状腺腫28例であった.本稿執筆時は,新型コロナウイルスの影響で外国人は入国できず,現地人スタッフのみで外来診療などを行っている.

IV.筆頭筆者の国際医療経験
筆頭筆者が初めてジャパンハートの医療活動に参加したのは,2013年9月のミャンマー・ワッチェ慈善病院での5日間の手術活動であった.参加する前は,現地の治安や言葉などいろいろと不安があったが,行ってみるとたいした問題はなかった.病院があるのは長閑な農村で,現地の人々はみな気さくであった.ミャンマー人医師や看護師との会話は主に英語だが,片言の英語や簡単な日本語で十分通じた.以後ミャンマーに計4回,カンボジアに7回,ラオスに6回渡航し,手術や外来診療を行った.現地での活動期間は3~5日間である.金曜の深夜の便で現地へ飛び,土日月の3日間現地で手術を行い,火曜の早朝に日本に到着しそのまま出勤することもある.この場合は有給休暇取得は1日だけで済む.
手術を行う疾患は,鼠径ヘルニア,甲状腺腫,皮膚・皮下腫瘤(粉瘤,脂肪腫など)が多い.参加する医師の専門によって現地のスタッフが決めてくれている.主に手術の執刀や助手を行うが,外回りで指導したり,懐中電灯で術野を照らしたりすることもある(図1).術後はスタッフ全員でカンファレンスを行い,抗菌薬投与,食事開始,抜糸,退院許可などの術後管理はすべて看護師が行っている.手術は限られた医療資源で行うため工夫されている.成人鼡径ヘルニアは局所麻酔でリヒテンシュタイン法を行うことが多いが,メッシュは15×15㎝のシートを9等分して5㎝大にして用いる.縫合糸は1本を短くなるまで何度も使う.電気メスは滅菌した布で覆いリユースしている.ミャンマーやカンボジアでは頻繁に停電になるが,外回りの人々が手際よく術野を懐中電灯で照らしていた.手術が終われば手術場の掃除,器械の洗浄,スリッパの洗浄までみなで協力して行う.そして市場に食料の買い出しに行ったり食事を作ったりすることもある.関西在住の筆頭筆者は毎回鉄板を持参し現地でたこ焼きを作り好評である.
ジャパンハートで消化器の手術を行うことは少ないが,2020年1月にミャンマー人医師から依頼があり腹腔鏡下胃切除術を供覧することになった6).筆頭筆者の専門分野であったので軽い気持ちで引き受けた.現地では自動吻合器や縫合器の費用はすべて患者負担になるため,日本から持ち込んだ.3日間の予定で5人の胃癌患者が集められたが,いずれも食事摂取できない高度進行胃癌であった.1例目は術中腹膜播種を認めた.突然の停電(モニター画面も消えた)などで非常に苦労したが腹腔鏡下幽門側胃切除術を完遂し,患者にも現地の医師たちにも喜んで頂けた.しかし日本人が大量の器具を持ってこないとできない腹腔鏡手術を現地の医師に教えることの意味を自問自答し,残りの症例は開腹で胃切除術を行った.日本の胃癌治療に求められるのは根治性と低侵襲性であろうが,ミャンマーで求められるのはできるだけ安い費用で経口摂取できるようになることであろう.日本では一般的になった腹腔鏡下胃切除術がミャンマーで普及するには長い年月が必要だと感じた.
カンボジアでは25×20×10cmの巨大小腸GISTの摘出術を行ったことがある7).剥離に難渋し出血量が2,500mlに及んだが,スタッフの生血輸血などで何とか乗り切ることができた.日本ではいかにエナジーデバイスや止血剤などに頼ってきたか,痛感した症例であった.
ラオスでは公立病院での手術支援や外来診療などを行うとともに8),若手外科医師の教育を行ってきた.彼らは十分な教育を受けていないようで,日本語の教科書を譲与すると食い入るように図を見つめ,縫合練習セットを持ち込むと夢中でスポンジの縫合をしていた.

図01

V.おわりに
本稿では東南アジア医療の現状と,ジャパンハートの活動,そして筆者のこれまでの国際医療経験を紹介させて頂いた.現地の医療者と協力し困難な状況を克服して手術が成功し,患者さんの笑顔を見たときの喜びは何事にも代え難い.また現地に行ってはじめて日本の恵まれた環境に気づくことも多い.現地で学んだことを日本で生かせることもある.若い外科医のみなさんは,今の自分の実力では役に立たないだろうと二の足を踏む方も多いと思うが,手術をするだけが国際医療貢献ではないと思う.外科医が手術を行うには様々な裏方のサポートが必要で,行けば必ず活躍の場があるはずである.是非積極的に参加して頂きたい.
ジャパンハートの活動は短期間で参加できるが,とはいえ日本の患者さんや代診をお願いした医師にご迷惑をお掛けしてきたので,この場を借りてお詫び申し上げたい.また度々の渡航を許してくれた家族にも深謝する.

 
利益相反:なし

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文献
1) 吉岡 秀人 :途上国で外科医が国際医療協力を可能にするシステム.日外会誌,114(臨増2):98, 2013.
2) World Health Organization: Current health expenditure (CHE) as percentage of gross domestic product (GDP) (%), Data by country. Global Health Observatory data repository: http://apps.who.int/gho/data/node.main.GHEDCHEGDPSHA2011?lang=en
3) World Health Organization: Medical doctors. Global Health Observatory data repository: http://apps.who.int/gho/data/node.main.HWFGRP_0020?lang=en
4) World Health Organization: Life expectancy and Healthy life expectancy, Data by country. Global Health Observatory data repository: http://apps.who.int/gho/data/node.main.688?lang=en
5) 遠藤 俊治 , 長谷川 彩未 , 吉岡 春菜 ,他:特定非営利活動法人ジャパンハートで経験した,カンボジア王国での医療活動.国際臨医会誌,2: 52-55, 2018.
6) ジャパンハート:初・マグエ腹腔鏡手術活動: https://www.japanheart.org/reports/reports-myanmar/200130.html
7) 遠藤 俊治 , 神白 麻衣子 , 吉岡 秀人 ,他:カンボジア王国で経験した巨大小腸GISTの1例.癌と化療,47: 1121-1123, 2020.
8) Endo S , Hirayama R , Tran VN , et al.: A Case of Corrosive Esophagitis in Lao People’s Democratic Republic. Int Surg, 103: 300–304, 2018.

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