日外会誌. 122(4): 404-410, 2021
特集
直腸癌治療の温故知新
8.術後合併症―LARSと排便機能障害への対応―
国立がん研究センター東病院 大腸外科・クオリティマネジメント室 西澤 祐吏 |
キーワード
直腸癌手術, 肛門温存手術, 術後排便機能障害, 低位前方切除後症候群(LARS)
I.はじめに
大腸癌は罹患数の最も多い疾患であり,直腸癌単独でも6位に位置している1).また直腸癌の5年生存率は7割を超えており,比較的根治が得られる疾患である2).直腸癌に対する低位前方切除術や,さらに肛門管近傍の直腸癌に対するISRの手術技術の進歩は,永久人工肛門の回避につながり,多くの患者の恩恵につながっている3)
4).しかし,肛門温存手術における,LARSや排便機能障害の割合は80~90%と高率であり5),7割の直腸癌は根治するが,その多くはLARSを抱えて生活している.このLARSの症状は経年による改善があまりない報告もあることから6),LARSの患者は年々増え続けていることになる.LARSは,QOLの低下につながり,そのLARSの重症度とQOLには相関関係があることから7),LARSに対する積極的な介入がQOLの向上には不可欠である.本邦では2017年に便失禁診療ガイドラインが刊行され8)
9),令和2年度の診療報酬改定で肛門吻合を伴う切除術としてISRが保険収載された.現在においては,LARSや排便機能障害は日常診療で取り扱うべき病態となってきた.直腸癌は根治したとしても,LARSは半永久的に継続していく病態であるため,術後合併症の一つとして外来診療で継続的な診察・治療を行う必要がある.
II.臨床的特徴
直腸癌術後の排便機能障害では,様々な臨床的特徴がある.図1はISR術後5年の排便機能障害の臨床像である4).主に切迫性や分割便,便失禁に関する項目と,便の排出困難に関するものに二分できるが,実際の臨床像はこれらの項目の程度が患者ごとに異なる事から,症例ごとに臨床像を把握する必要があり,時間の無い外来診療では難しい事が多い.臨床上利用しやすい評価指標を使用して,医師だけでなくチーム医療で取り組める体制を構築することが有用である.カルテに簡易に入力できるシステム等を構築して,多職種で情報を視覚的に共有できることが,症例ごとの臨床像を把握して,治療を計画し,その経過を評価していく上で重要である.
III.病態
便禁制・便排出には,直腸の内輪筋より連続する内肛門括約筋,直腸の外縦筋より連続する連合縦走筋,内・外肛門括約筋からなる肛門管を骨盤部につり上げて固定する肛門挙筋,肛門挙筋から連続して肛門管の外側を形成する外肛門括約筋等が関与している10).内肛門括約筋と連合縦走筋は直腸から連続しており,骨盤神経叢から肛門挙筋に沿って歯状線にまで到達する自律神経支配の不随意筋である.外肛門括約筋と肛門挙筋は第2から4仙随の体性神経によって支配される随意筋である11).便が肛門管近傍に降りてきた状況では,外肛門括約筋は収縮して便の保持が行われる.排便の状況下では内・外括約筋と恥骨直腸筋が反射的に弛緩していわゆる直腸肛門角が鈍化することで,直腸が直線化して排便が行われる12)
13).
LARSの病態では,手術に伴う支配神経の損傷に伴う括約筋障害,切迫性に関与する腸管運動異常(腸蠕動亢進)14)や便・ガス識別能の低下,排便時の肛門管の短縮に関与する尾骨直腸筋や連合縦走筋の手術操作に伴う障害,頻回便や分割便に関わる直腸切除に伴う再建直腸の便貯留能の低下などが原因と考えられている.colonic J-pouch や side-to-endなどの再建方法に関する検討では,長期成績に差がなく15),体型や腸管長の関係から施行困難な症例も存在するので,Straight吻合が一般的である.
またISRでは内肛門括約筋を切除して低位前方切除術よりもより低位で吻合を行うことから,通常のLARSに加えて,肛門括約筋障害や便・ガス識別能の低下は著しく,排便機能障害の原因となっている(図2).
IV.評価
LARSの評価は質問票によって行われる.LARSに特化した質問表としては,The Memorial Sloan Kettering Cancer Center Bowel Function Instrument(MSKCC-BFI)があり,18項目からなる16).またLARS scoreは5項目からなり,分割便や切迫性に重み付けがされており,no, minor, majorの三段階で評価し17),日本語も含めた多くの言語で検証されていることから臨床で使用しやすい18).
また,便失禁の重症度評価では便失禁症状とQOLの双方が評価に含まれるCleveland Clinic Florida Fecal Incontinence score(Wexner score)が臨床では使用しやすい.ISR術後の評価では,通常のLARSよりも便失禁の頻度が高いことから,分割便や切迫性を重視したLARS scoreとWexner scoreの双方を利用するのが有用である.
生理学的検査として直腸肛門内圧検査,直腸最大耐容量を計測する直腸肛門感覚検査,肛門管超音波検査,排便造影検査があり,診断に有用な場合がある.直腸肛門内圧検査は外来等で最も簡便にできる検査であるが,術後の排便機能障害について特に啓蒙すべきISRについては,術前の機能的肛門管長が肛門内圧検査によって短い症例では,有意に術後の排便機能障害が高度であった19).術前からの排便機能予測として一つの参考になる検査と考えられる.
V.要因
LARSのリスクファクターとしては,術前化学放射線療法(CRT)がある.排便回数増加などの排便機能低下を招く.ISRにおいてもCRTは術後の有意な便失禁のリスクファクターである4)
20).
また,より肛門管近傍の腫瘍で吻合部が低位の症例ではリスクが高くなる.縫合不全等の吻合部トラブルもリスクファクターであり,最大の原因である再建腸管の血流不全は,近年ICGを用いた再建腸管の評価を必須にしたことで,この減少に寄与していると考えており,今後LARSの改善についても言及する報告が出てくる可能性がある.その他,年齢,性別などの因子が報告されているが,コンセンサスには至っていない.
ISRに関しては,CRTと男性が最大のリスクファクターであるが4),術前の肛門内圧検査結果も踏まえ19),術前から患者に情報提供することが特に重要である.人工肛門のQOLに関する情報(ボディーイメージは低下するが,上手くケアすることで高い活動性が維持できる生活)も含めて,排便機能障害のQOL(便失禁や頻回便でトイレから離れられない)と上手く付き合う生活スタイルを情報共有して,術式などの治療方法を決定すること(Shared decision making)が重要である(図3).
VI.QOLへの影響
LARS scoreで重視している分割便と切迫性に関しては,トイレやその近くで過ごす時間が増えることから,活動性が低下することがある.主にmajor LARSの患者では,QOLの低下が著しいため,重厚な治療が必要である7).便失禁に関しても,パッドの使用や,肛門周囲の皮膚炎等はQOLの低下につながる.また便失禁・ガス失禁は症状だけで無く,臭いなどの心理的不安からもQOLの低下につながる.
VII.治療
LARSは外来診療で行うため,直腸癌術後の経過観察に加えて,時間やマンパワーが必要である.排便機能障害を評価・治療するチームを結成して診療体制を構築することが望ましい.LARSの存在や程度を経時的に評価して,患者ごとのメリットを考えて治療にあたることが重要である(図4).
最初は食事指導,生活指導から始まり,食物繊維を含んだ健康補助食品の使用を考慮する.内服治療として,ポリカルボフィルカルシウム,ロペラミド塩酸塩,ラモセトロン塩酸塩はエビデンスがあり有用である21).
また,リハビリテーションとして骨盤底筋訓練や筋電図や肛門内圧計を用いたバイオフィードバック治療を行うことで効果のでる患者がいる21).保存的治療は,これらの多岐にわたる内容を組み合わせて総合的・継続的に行うことで,効果から患者満足度が高くなる傾向にある.
保存的治療に抵抗性の場合は,エビデンスのある治療として仙骨神経刺激療法(SNM)がある.ISR術後の排便機能障害に対してSNMを実施して,LARS scoreの改善を40%の患者で認めた(図5)22).LARSや排便機能障害は半永久的に続くため,2年以上継続する場合は永久人工肛門の造設を推奨する報告がある21).永久人工肛門造設前の排便機能を改善する最後の外科治療として,SNMは可能性のある治療である.人工肛門の生活は必ずしもQOLの低下とはならず,むしろ活動性の面からQOLが高くなる可能性を説明して,人工肛門造設を提案することも重要である.
現在はSNMが無効であった場合は,人工肛門造設を推奨する流れであるが,今後は脂肪幹細胞を用いた肛門管内腔をバルキングする再生医療や,人工肛門がどうしても許容できないケースに対する肛門移植23)など,肛門機能温存に関する新たな治療開発が期待される.
VIII.おわりに
LARSや排便機能障害のマネージメントは外来診療で継続的に行う必要がある.そのためには,術前から直腸癌術後の生活やQOL,治療方法の情報共有が重要になる(図3).これらは医師だけでは十分な対応が難しい事から,看護師,理学療法士,専門病院との連携等,チーム医療で行うのがよいと考えている.手術準備外来を中心とした周術期管理チームを結成して,肛門温存と永久人工肛門における術式決定の意思支援,人工肛門造設に向けた支援,そしてストーマセルフケアを確立する支援を,外来から入院,手術,術後と継続的に行っている(図6).外科医が術後合併症である排便機能障害に対して真摯に向き合い,継続的に診療していける治療体制の確立と普及を望んでいる.
利益相反:なし
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