日外会誌. 122(4): 369-374, 2021
特集
直腸癌治療の温故知新
2.肛門温存術の歴史
藤田医科大学病院 国際医療センター 前田 耕太郎 |
キーワード
直腸癌, 前方切除術, 貫通術式, 肛門温存手術, 括約筋温存手術
I.はじめに
本邦では1960年頃までは,1908年Milesによって報告された腹会陰式直腸切断術が直腸癌に対する標準術式であった.1991年に発刊された日本外科学会医学用語委員会編集による手術用語集改訂第2版では,直腸の手術術式としてpull-through excision of rectum(貫通式直腸切除術),sphincter saving operation(括約筋温存手術),anterior resection of rectum(直腸前方切除術)が記載されており,今回のテーマである肛門温存手術の名称はない.直腸癌に対する手術術式には,種々の手術法や名称があるが,それらは個々の手術術式の特徴を述べた名称であるので,本稿では,どのアプローチ法で,直腸切除をどのように行うか,また切除後の吻合(縫合,癒合)をどのように行うかに分けて整理して肛門温存術の歴史を概説する.直腸癌に対する肛門温存術式としては,直腸を切除して吻合(癒合)する術式と,Hartmann手術のように肛門を温存してストーマを造設する術式,局所切除の三つに分けられるが,本稿では主に直腸を切除・吻合する術式の歴史について述べる.
II.肛門括約筋温存手術の出現
1.貫通(pull-through)術式
直腸切断術によるストーマ(人工肛門)に対する反省から“括約筋温存手術”として貫通(切除)術式が欧米でBabcock(1939),Bacon(1945)らにより開始され,本邦では陣内(1961)らにより行われた(表1)1).貫通術式は,肛門管の直上付近で直腸を切離し,腸管の連続性の再検の方法として,口側結腸を肛門管を通して肛門外に引き出す方法である(図1a).直腸切離断端と引き出した結腸の癒合を待って,1~2週間後に2期手術として余剰の結腸を切除し手縫い縫合する肛門形成術を行う.本手術は,肛門縁より6~7cm以上の位置にある癌で,前方切除術により腹腔側からのみの直腸の切除・吻合ができない症例に適応とされた2).本術式では,術後の肛門機能に問題があった.
2.重積手術
貫通術式の一つとされているが,切離した直腸の断端を反転して肛門外で一期的に手縫い縫合する重積手術がWelch(1952)により報告された.本術式では,肛門側直腸切離断端の直腸を反転するため縫合不全が起こりやすいなどの欠点があった2).Turnbull-Cutait(1961)らは,直腸切離断端を反転して貫通術式のように結腸を一旦肛門外に引き出した後(図1b),2週間程度待ち,2期的に余剰の腸管を切除し端端吻合を行う重積術式を開発した.本術式では,縫合不全の頻度は減少するが,吻合部狭窄が起こりやすいのが欠点であった2).また,本術式では,直腸の反転が必要なため直腸切離の部位が,従来の貫通術式より高位になった.癌研究会附属病院(癌研)では,直腸切離の部位を任意に選択する術式が行われた.高橋は癌研術式として,直腸剥離操作や結腸・肛門との吻合に工夫を加えた術式を報告している3)(表1).
これらの貫通術式は,直腸癌の局在部位に関する適応は現在とは異なるものの,経腹・経肛門的なアプローチに加え直腸の切離部位の面では,当時の究極の肛門温存術式であり,近年行われている経腹・経肛門的な肛門温存術の先駆けとも考えられる.
III.前方切除術の台頭
経腹・経肛門アプローチである貫通術式は合併症が多く,排便機能も満足するものではなかったため,前方切除が台頭した.
1.手縫い吻合
欧米では,貫通術式と時期を同じくして,経腹的に直腸切除と一期的吻合を行う前方切除(術)がDixon(1939)4),Baker(1950),Vandertoll(1965)らによって報告された.本邦では,今(1968)5),安富(1972)らによって導入された(表1).当初の前方切除術は,直腸およびS状結腸癌などの高位の癌に適応とされた4).また吻合法も手縫い吻合のため(図1c),より低位の癌では手術が困難であった.
ほぼ同時期には,直腸を経仙骨的に切除し手縫い吻合する後方切除術もLocalio(1969)らによって報告されているが,後方アプローチでは感染性の合併症が多かったため現在ではほとんど行われていない(表1).
2.器械吻合の登場
1)Single stapling technique(SST)
1970年代には前方切除術時の吻合法として,Androsov(1970),Fain(1975),Ravich(1979)6)らによってsingle stapling technique(SST)による器械吻合が開発された(図1d).本邦では北條(1979)7)によって紹介されている.SSTによる器械吻合の登場や1970年代に行われた直腸癌の肛門側進展距離の研究5)
8)によって,より低位での直腸の吻合が安全に可能となった(表1).大腸癌研究会第50回記念小誌(1999)によると,1970年代には肛門括約筋温存手術は30~40%にしか行われていなかったが,1990年代には70%となっており9),低位直腸癌に対する器械吻合の貢献が大きかったことが示唆される.
2)Double stapling technique(DST)
1980年には,Knight, Griffenら10)によってdouble stapling technique(DST)による器械吻合が開発され(表1),その後IO-DSTなどの改良術式も報告されている11).DSTによる器械吻合は,さらに低位での安全な吻合を可能にし,現在でも広く普及している.
1980年代には,当時は本邦ではスタンダードであった直腸の剥離術式が,Heald(1982)によりtotal mesorectal excision(TME)として発表され,TMEの概念は世界を圧巻した.1970年代の拡大郭清による排尿・性機能障害に対する反省から,機能温存手術としての自律神経温存手術が土屋ら(1983)12)により発表され,さらに排便機能温存のための結腸嚢作成がLazorthesら(1986)13)により報告された(表1).直腸癌治療における,これらの根治性と機能温存の追求により直腸癌の外科治療はこの時代に大きく発展した.
IV.再び経腹・経肛門アプローチへ
1.肛門温存手術の先駆け
Parkは1970年代14)に現在の括約筋間切除(Intersphincteric resection, ISR)の先駆的な術式である経肛門的結腸肛門吻合術を開発し,寺本8)が本術式を本邦で報告している.本術式は経腹・経肛門的な1期的手縫い吻合の術式であり,超低位の直腸癌に適応とされるが,後述するISRで明確にされる肛門括約筋の切離方法が明確にされていない.
2.肛門温存術の幕開け
Schiesselら(1994)15)は,肛門近傍の直腸癌に対して,肛門括約筋の一部を切除して,結腸と肛門を手縫い吻合する術式をISRとして発表した.本邦では本術式の安全性が十分に検証されていなかったので,2000年初頭に森谷,Saitoらを中心として本邦の中核的大腸外科施設8施設により多施設共同第Ⅱ相試験でこれが検証された16).厚生労働省の班会議として行われた本試験により肛門部の詳細な解剖や手術の安全性が検証され,現在施行されている(表1).本術式に関する詳細は他稿(本特集,赤木)にゆずる.
V.前方切除術の経腹的アプローチの進展
欧米で開始された経腹的アプローチである腹腔鏡下手術は,1990年代に小西,渡辺,大上らによって本邦に導入され,直腸癌に対する前方切除術にも応用され始めた(表1).腹腔鏡下手術では,これまでの開腹手術と同様の直腸切除術とDSTによる器械吻合が行われている.
さらに2010年には,勝野らによって同様の括約筋温存手術がロボットを使用して本邦で初めて開始された.
VI.新しい経腹・経肛門手術の出現
2014年Atallahら17)は,腹腔鏡用の器具を用いて肛門より直腸剥離を行う方法をTaTMEとして報告した.本術式は,直腸の剥離操作を経肛門的に行うことで確実な剥離操作が可能であるというメリットで行われている.さらにこれから検証される術式であるが,肛門括約筋温存術式の観点からは,従来の術式と変わりなく,器械吻合や手縫い吻合が行われる.
2013年にはde Lacyらによって,自然口を用いた経自然口的なアプローチの切除術式がTransanal natural orifice transluminal endoscopic surgery(NOTES)として報告されているが(表1),剥離や標本の摘出を自然口から行う程度で,肛門温存術式のスタイルには変化はない.
VII.局所切除術
限られた適応の直腸癌を対象に,直腸の局所切除を行い,切除部を縫合する手術は,究極の肛門温存術と言える.1950年代には,経仙骨的や切除や経括約筋的な切除が行われていたが,術後合併症が多いため,現在はほとんど行われていない.1968年にParksらによって報告された経肛門的な局所切除術は,侵襲が少ない術式であり,現在も使用されている(表1).しかしながら,本術式では高位の直腸早期癌への到達が問題であった.1992年にはBuessら18)がtransanal endoscopic microsurgery(TEM)を,1994年にはMaedaら19)がminimally invasive transanal surgery(MITAS)を開発し高位の腫瘍の切除が可能となった.さらに2010年にはAtallahら20)が,腹腔鏡用の器具を用いてtrananal minimally invasive surgery(TAMIS)を開発した.Buess, Atallahらの縫合は手縫い縫合であるが,前田らの縫合は縫合器を用いてなされる.
VIII.おわりに
直腸癌に対する肛門温存術の歴史について概説した.直腸癌の治療には,根治性と機能温存(肛門,肛門機能,排尿・性機能)を両立した手術が必要である.近年,放射線化学療法を施行して“治癒”症例には経過観察を行う“watch and wait”や,放射線化学療法と局所切除術を併用した治療などいくつかの新しい試みが報告されている.これらを含めて直腸癌に対する“肛門温存術”の治療は,未だ発展途上にあると言ってよいであろう.
利益相反:なし
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