日外会誌. 122(3): 352-358, 2021
会員からの寄稿
COVID-19感染拡大下における群馬県がん手術症例数の減少:2020年1~9月の集計結果
1) 群馬大学 医学部附属病院外科診療センター 調 憲1) , 佐伯 浩司1) , 宮崎 達也2) , 小川 哲史3) , 蒔田 富士雄4) , 設楽 芳範5) , 町田 昌巳6) , 保田 尚邦7) , 加藤 広行8) , 尾嶋 仁9) , 細内 康男10) , 内藤 浩11) , 龍城 宏典12) , 内田 信之13) , 岩波 弘太郎14) , 郡 隆之15) , 林 浩二16) , 岩崎 茂17) , 小山 洋18) |
キーワード
COVID-19, がん, 手術症例数, がん検診, 群馬県
I.はじめに
本邦におけるCOVID-19の感染拡大は,2020年1月にはじめての感染者が確認され,感染第一波(2020年1~5月),第二波(2020年6月~)が認められた.感染第一波に対して4月7日より5月25日まで緊急事態宣言のもと,国民生活は自粛生活を強いられた.緊急事態宣言や様々な新たな生活様式の普及により第一波は収束したものの,7月からは感染者数は急増し,第二波を迎えることになった.10月の時点で完全に収束することなく,感染者は微増の状況にある.
COVID-19の感染拡大はがん検診に大きな影響を与えた.日本対がん協会によれば本年の検診受診者数は例年の3割減と予測されている1).このような検診受診者数の減少はがんの手術症例数に大きな影響を与える可能性がある.すなわち,COVID-19の感染拡大によって本来外科手術など適切な治療を受けるべき人々が治療を受けられない,あるいは治療のタイミングが遅れることが懸念される.最近,英国よりCOVID-19感染拡大の影響により,今後のがんの生存率が低下する危険性が報告された2).本邦では,がん登録事業やNational Clinical Database事業3)などで全国のがんの手術症例数の推移は明らかにされているが,COVID-19が与えた実態が明らかになるには1~数年程度はかかるものと考えられる.このタイミングで国民に対して警鐘をならすことで治療の機会を逸するがん患者の発生を少しでも回避できるのではないかと考え,本研究を企図した.
そこで,2020年1~9月の胃・大腸・肺・乳がんに対する群馬県の手術の施行状況を明らかにする目的で,群馬県の都道府県がん診療連携拠点病院,地域がん診療拠点病院,がん診療連携推進病院である17病院にアンケート調査を行ったので報告する.
II.対象および方法
群馬県には都道府県がん診療連携拠点病院が1病院,地域がん診療拠点病院が8病院,がん診療連携推進病院が8病院指定されている.これら17病院に対して月ごとの手術症例数の調査を行った.がん腫は胃がん,大腸がん(結腸・直腸),肺がん,乳がんとした.2019年の1~9月の手術症例数と2020年の同月の手術症例数を比較し,2020年の手術状況を明らかにした.さらに手術症例の発見契機について検診と非検診に分け,データを集計した.2020年と2019年の手術症例数の比較はEZR(Kanda,2013)を用いWilcoxonの符号付き順位検定で検討した4).
III.結果
17病院では2019年1~9月に3,505件のがん手術が行われていた.これに対して2020年の同月には3,236件の手術と,7.7%の有意な減少がみられた(表1).がん種別では,胃がんの手術症例数の減少率が10.6%で最も減少しており,次いで,肺がんの10.5%減,大腸がんの6.1%減,および,乳がんの5.9%減であり,がん腫ごとに減少率は異なっていた.
月別の症例数の推移を2019年の同月を100%としてみると2020年では5月からやや減少がみられた.1月から4月がそれぞれ前年比101.3%,98.9%,101.8%,108.1%であったのに対し,5月から9月にかけては5月96.8%,6月84.0%,7月82.5%,8月81.4%,9月85.8%と減少がみられ,特に6月から9月にかけては20%近いの有意な減少がみられた(図1).
減少がみられなかった1~5月と有意な減少がみられた6~9月の2期間に分けてそれぞれのがん種について手術症例数を前年と比較してみると,表2に示すように,胃がんと大腸がんで有意な減少がみられた.
さらに検診発見例,非検診発見例ごとに前年同期との比較を行うと,表3に示すように胃がん,大腸がん,肺がんの検診発見例において有意な減少がみられた.非検診発見例においては,有意ではなかったが胃がんおよび大腸がんの手術症例数の減少がみられた(表3).
IV.考察
本研究では群馬県で指定されている都道府県がん診療連携拠点病院,地域のがん診療拠点病院,がん診療連携推進病院にアンケートを依頼し,すべての病院より回答を得た.最新の群馬県のがん登録事業報告5)によれば2016年に登録されたがんの手術数は胃がん511例,大腸がん1,833例,肺がん106例,乳がん1,124例である.本研究で得られた2019年1~9月の手術症例数は胃がん508例,大腸がん1,308例,肺がん546例,乳がん1,143例で,がん腫によっては1年間(2016年)のがん登録を上回る症例が集積されており,本研究において集積された症例数は群馬県全体のがんの手術の動向を十分反映していると推察される.
COVID-19の感染頻度は人口密度などの人の密集の指標とよく相関する6).群馬県での感染拡大状況は東京ほど深刻ではなく,2020年10月10日現在人口1万人当たりの感染者数は東京都の19.8人に対し群馬県では3.85人と約1/5である.このように群馬県は感染率の高い県ではないが,著者の所属する都道府県がん診療拠点病院である群馬大学医学部附属病院の外科診療センターでは一部のがん手術の減少傾向がみられたため,本研究を計画するに至った.全国的にも現段階でCOVID-19のがんの手術症例数に対する影響に関する調査は行われていない.
本邦におけるCOVID-19感染拡大の中で,外科手術は大きな影響を受けている.感染第一波の外科手術に対する影響を検討したものに日本消化器外科学会のアンケート報告7)がある.全国477学会認定施設からの回答では4月の時点で約67%の施設で手術制限があったことが示めされている.さらに食道・胃・大腸・肝胆膵がんに限っても40%を超える施設で手術制限が行われた.その理由として院内感染,感染まん延に備えて,あるいは個人防護具の不足などが挙げられた.このように感染第一波では病院側の様々な要因で手術制限が行われ,その結果がんの手術にも大きな影響がでた.群馬県でも感染第一波の時に今回調査を施行した2病院で院内感染が発生し,大幅な診療制限が行われた.しかしながら,いずれも5月前半には院内感染は終結しており,5月以降の手術症例数の減少は院内感染の直接の影響では説明できない.感染第二波では個人防護具の供給が安定化し,がん診療連携病院でも様々な感染対策が講じられており,群馬県の17病院では2020年10月現在(あるいは2020年6月以降)COVID-19関連で診療を制限している施設はない.
今回の調査で,感染状況が東京都ほど深刻でない群馬県でがんの手術が7.7%減少していたことが明らかになった.その数は実数にして269例に上る.さらに感染第一波の時にはがんに対する外科手術は2019年と変わらず行われていたのにも関わらず,6月以降がんの手術が減少しており9月現在減少傾向は続いている.
手術症例数減少の要因を探るために,手術症例数の減少が認められた6~9月において各がん種における発見契機を検診・非検診に分けデータを集計し,検討を行った.胃がん,大腸がん,肺がんではそれぞれ検診発見例が前年同期と比べて47.7%,51.4%,71.4%と有意な減少を認めたが,乳がんでは減少を認めなかった.また,非検診発見例においても,胃がんおよび大腸がんで81.3%,および,82.5%と有意ではないが減少傾向であった.このようなデータから手術症例数の減少の要因として,検診発見例の減少が大きな要因であるが,一部のがん腫では検診発見例以外の症例も減少しており,病院でのCOVID-19の感染を心配した「受診控え」8)やコロナ不況と言われる経済的な問題9)で何らかの症状を有していても受診を控えてしまう県民の存在が懸念される.今後,受診控えや検診発見例の減少によって,がんが進行して発見される症例の増加が予測される.今回,切除例の病期別の調査は行っていないが,そのような観点から更なる調査を行うことも必要であろう.
本邦におけるがん検診に関して,日本対がん協会の調査では,感染拡大下の検診中止などによって今年約3割の検診が減少することが推定されている1).都道府県の検診事業で日本全体では毎年1万3,000人のがん患者が発見されている.したがって,検診が3割減少すれば4,000人を超えるがん患者の発見が遅れることが懸念されている.現在,検診では様々な感染対策が取られている.いわゆる「3密」を避ける新たな検診の在り方が,関連学会や団体から提唱されている10).結果として1日当たりの検診可能な人数は制限を受けざるをえないと聞く.したがって現状の体制では一定期間中止されていた検診数を回復することは極めて困難な状況であり,行政的な支援が必要と考える.
群馬県のがんの罹患率,死亡率とも全国平均に近いこと11)を考えると,人口比で単純計算すれば今回の群馬県の手術減少数である269名は日本全体では2万人近くに及ぶことが推定される.これに関しては全国規模の調査を待たなければならないものの,COVID-19が本邦のがん医療に及ぼした影響は決して小さくないものと考えられる.
がん患者におけるCOVID-19の重症化が報告されている12).したがって,COVID-19感染拡大下のがんの診療は感染のリスクとがん治療のベネフィットを勘案しておこなわれるべきである13).一方で,ほとんどのがんは数日から数カ月以内に手術しないと致命的になりうる疾患に分類され,十分な感染対策を講じた上で慎重に手術を施行されるべきとされている14).感染拡大が深刻な諸外国ではロックダウンなど広範な社会的行動が制限される中で今後がんの生存率の低下などのがん医療への深刻な影響が懸念されている2).幸い,本邦の感染状況は一部諸外国に比べ深刻な事態には陥ってはいない.このような社会情勢の中で十分な感染対策を講じた上で安全ながん診療を提供する体制を維持することががん診療に携わる医療者に求められている.群馬県の地域がん診療拠点病院では今回の調査の一部をWEB市民公開セミナーで検診への受診や有症状者の受診を呼び掛けている15).群馬県の公式ホームページでは「できればがん検診.自分でも自己検診.症状があればすぐ受診」の「3つの診」をすすめており16),さらに受診を呼び掛ける冊子を作成中である.このような方針で検診の重要性,有症状者が「受診控え」をすることがないよう情報を発信することが重要と考える.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。