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日外会誌. 122(2): 281-283, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(7)「NCD(National Clinical Database)の10年を振り返る―課題と展望―」 
7.乳癌領域におけるNCD登録の活用法 現行と将来展望

1) 昭和大学病院 乳腺外科
2) 菊名記念病院 乳腺外科
3) 昭和大学 保健医療学部看護学科
4) 聖路加国際病院 乳腺外科

井手 佳美1)2) , 渡邊 知映3) , 山内 英子4) , 中村 清吾1)

(2020年8月15日受付)



キーワード
QI(クオリティーインディケーター), NCD(National Clinical Database), 乳癌, 遺伝性乳がん卵巣がん症候群, ガイドライン

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I.はじめに
乳癌は日本人女性が罹患する悪性腫瘍の中で最も頻度の多い疾患であり,わが国における2017年の乳癌罹患数は91,605人である1).同年におけるNCD(National Clinical Database)乳癌登録数は84,607症例であり,単純計算すると,実に90%以上の症例がNCDに登録されていることになる.わが国における乳癌症例のNCDへの登録率は極めて高く,外科専門医取得のための症例集積システムとしてスタートしたNCDは,もはやそこにとどまらず,日本の乳癌臨床を反映する貴重なリアルワールドデータとなっていると言える.貴重なデータを有効活用して,わが国の国民の健康維持に還元することは,日々,診療に従事しているわれわれの重要な責務であり,NCDをアクティブに活用することはわれわれの使命であるといっても過言ではない.

II.NCDに集積されたデータを用いたわが国の乳癌診療熟達度の評価
乳癌の予後は年々改善されており,例えばHER2タイプの乳癌の4年生存率は,2003年に20%程度と報告されていたものが2),その後抗がん剤やトラスツズマブの登場で2011年の報告では約80%まで改善され3),さらに2018年にはペルツズマブが周術期の化学療法として保険承認された.治療に有効な新規薬剤が使用される際,臨床の場に薬剤に関する正確な情報が伝えられること,うまく投与できるように診療体制を整えたうえで投与が行えること,といった二つの課題がクリアされることが必須である.至極当然のことであるが,確認されることなく行われていることがほとんどである.
QI(クオリティーインディケーター)は,医療を評価する代替指標として提供される様々なデータのことを指す.QIの提唱者ともいえるDonabedian博士は,医療を評価する評価項目をstructure,process,outcomeの三つに分類し,それぞれからの評価が可能であると著書に記した4)
日本乳癌学会QI委員会は,日本の乳癌診療をより良いものとすることを目標に,2011年に「乳癌診療ガイドライン」委員会の小委員会として発足した.われわれは,2016年から4年間の活動期間中に,NCDに集積されたデータを利用して,ガイドラインで高い推奨度で記載されている診療行為が,全国の医療機関で行われているかどうかを調査した.Donabedian博士の3分類中では,processの側面から評価を行おうとする試みである.
QIを算出すべき項目として,八つの診療行為を用いた.調査を行った2013年,2017年におけるQIの値とともに表1に示す.合格ラインとして設定した80%を超えている項目が四つ,下回る項目が四つであった.
「腋窩リンパ節転移4個以上の陽性患者に対する乳房切除術後放射線療法実施率」は,2013年・2017年いずれの時点でも,約60%の実施率であり不良であった.対策として,2019年の定期学術集会でシンポジウムの課題として採択いただき,乳癌診療に携わる先生方への再教育の機会とした.NCDを利用したQI調査が,有益に機能した例と言える.
2017年の結果がより不良であったのは,「術前臨床所見上,腋窩リンパ節転移陽性乳癌患者に対するレベルI以上の腋窩リンパ節郭清実施率」である.本実施率を計算する式における分子の要素として,2013年にはなかった「センチネルから腋窩郭清」という術式が2017年には加えられており,これが,2017年時点で実施率を低下させた一因として挙げられると推測している.つまり,実際には腋窩郭清が行われていても,NCD上はカウントされていない可能性があるということで,NCDデータをQI評価として用いるには,限界が生じる項目も存在するということを表している.

表01

III.遺伝性乳癌卵巣癌症候群のNCD登録
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer;HBOC)は,乳癌領域における重要なテーマの一つである.BRCA1/2遺伝子検査を行ったクライアントに関する臨床情報を,2016年よりHBOCコンソーシアムで収集開始し,2019年よりNCDに移行,データ登録を行う参加施設も,2016年時点で6施設が2019年で62施設と多くの施設が参加している.自身の乳癌発症を契機に,BRCA1/2遺伝子検査を受検される方が多いため,HBOCのデータ収集は,乳癌領域におけるNCDデータと重複する部分も多い.HBOCのデータをNCDに移行するにあたって,乳癌領域における症例データベースと相補的なデータのやり取りが可能となることが期待されたが,今回は実現しなかった.乳癌症例のNCD登録は,「手術」単位の登録であるのに際し,HBOCの登録は,「個人」単位の登録であるため,1対1でのデータ対応が難しかったことなどが原因である.また,データ活用のため,システムを組み直してもらう際,多額の費用をNCDに支払う必要があり,これを誰が負担していくべきなのかということも今後の課題として重要な点であると思われる.

IV.おわりに
NCDのデータを活用して,わが国における乳癌診療を八つのQI指標から評価を行った.4項目においては比較的良好な結果であり,一定の水準に到達していることが確認できた.
乳癌領域におけるNCDは,日本国民の実態を反映する貴重なリアルワールドデータであるが,実利的に活用していくべきデータとしては,解析に時間がかかり過ぎていることと,入力に多くの労力が必要であることが問題点である.遺伝性乳癌卵巣癌症候群のデータもNCDに集積されていくこととなった.これからのNCDには,問題点の改善と相補的なデータ活用を可能にする工夫とで,さらなる貴重なデータの集積が可能となり,医学に貢献することが期待される.

 
利益相反:なし

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文献
1) 国立がん研究センター:国立がん研究センター情報サービス.2018, https://ganjoho.jp/reg_stat/index.html.
2) Sorlie T , Tibshirani R , Parker J , et al.: Repeated observation of breast tumor subtypes in independent gene expression data sets. Proc Natl Acad Sci USA, 100(14): 8418-8423, 2003.
3) Gianni L , Dafni U , Gelber RD , et al.: Treatment with trastuzumab for 1 year after adjuvant chemotherapy in patients with HER2-positive early breast cancer:a 4-year follow-up of a randomised controlled trial. Lancet Oncol, 12(3): 236-244, 2011.
4) Donabedian A : Evaluating the quality of medical care. 1966. Milbank Q, 83(4): 691-729, 2005.

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