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日外会誌. 121(6): 666-668, 2020

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(1)「夢を実現するためのキャリアパス・教育システム」 
7.当院における外科専門医研修プログラムの工夫―外科領域においてEvidence Based Medicineを実践することとは―

東京ベイ・浦安市川医療センター 外科

西田 和広 , 窪田 忠夫

(2020年8月13日受付)



キーワード
外科専門研修プログラム, Evidence Based Medicine, 標準治療, Clinical Question

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I.はじめに
当院の外科専門研修プログラムは, 国内に統一規格としての外科後期研修プログラムが存在しない2012年当時,ACGME(米国卒後臨床研修認定評議会)に準拠した本邦唯一の外科研修プログラムとして発足した.2017年からは新専門医制度の基幹病院型として,2019年までの8年間で19名の研修修了者を輩出し,修了者の活動は米国への臨床留学や国際医療支援など多岐に渡る.当プログラムでは五つの特長;General Surgery, Global Standard, Good Old, Goal Oriented, Growth Programを有しており,本稿ではGlobal Standardな医療を提供すべくどのようにEvidence Based Medicine(以下,EBM)を活用しているかについて述べることとする.
EBMの登場により医療は急速に国際的標準化の一途を辿り,外科領域もその例外ではない.がん診療などすでに広く普及している分野もある一方で,急性期領域など未だ各施設の方針や各医師の判断に強く依存している分野もある.当院ではすべての診療レベルにおいて国際的な標準治療を行うことを目的とし,日々研鑽を積んでいる.

II.どのような場面でEBMが実践されるか
毎朝のカンファレンスでは,術前・術後カンファレンスや抄読会,Tumor Boardといった臨床に即したものだけでなく,Text Study(教科書のChapterを要約して発表)やWhat’s New(外科の3大誌から論文をピックアップ),Case Conferenceなど学術的なカンファレンスを行っている.Mortality and Morbidity Conferenceも月に3回は外部講師を招聘しスライドやディスカッションも含め全て英語で開催している.各種カンファレンスの準備として,TraineeはSabistonなどのテキストブックを読むだけでなくUp to DateやClinical Key,Pub Medなどを駆使して臨み,発表の際にも文献の選択やその文献の背景などについてもTrainerより適宜フィードバックを受けることで,Evidenceの解釈などが自然と身につくシステムを構築している.
しかし,本来のEBMの実践とは日々のDecision Makingにあると考え,日常診療の中で如何にEBMを組み込むかという工夫も行っている.例えば実際の診療にあたり「下部消化管穿孔による汎発性腹膜炎・敗血症性ショックを来たしたが手術によってソースコントロールのついた症例において,術後抗菌薬投与を何日間続けるべきか」というClinical Questionが生まれたとしよう.それを解決するためには, まず根拠としてSurviving Sepsis Campaign:International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock:2016を参照し,Septic Shockであっても7~10日間,さらに腹腔内感染などでソースコントロール後速やかな回復が認められている症例ではより短くても良いと示唆されていることを確認しておく1).この文献のみを以て, 術後経過良好であれば術後7日で投与終了と判断しても十分と言えるだろうが,「敗血症性ショックの症例では菌血症を伴っていることも多いが,その場合でも抗菌薬は14日間でなく7~10日未満にしても良いのか」という更にもう一歩踏みこんだClinical Questionも派生してくるかもしれない.その場合,グラム陰性桿菌の菌血症患者において14日間投与に対する7日間投与の非劣勢を証明したRCTを参考とし2),術後経過良好で血液培養陰性であれば5日間で抗菌薬終了,血培陽性であれば最短で7日間投与という判断を下す.このように定型のカンファレンスでも慣れ親しんだ問題解決方法を用いて,Traineeは自らが抱いたClinical Questionを,Trainerと協議を重ねることで結論を導いていく.
より話を単純にするには抜糸のタイミングについて指導してもよいだろう.なぜ縫合後7日目に抜糸するのか.それはStich Markがついてしまうからであると教科書の知識を教えるだけでは,実践と呼ぶには不十分であると考える.教科書や論文をその場で電子媒体を通して送り,Traineeと一緒に目を通す.この作業によってそのTraineeには今まで耳学問に過ぎなかった「7日目に抜糸」というプラクティスは,文献という根拠をもった治療行為に生まれ変わるのだ.

III.EBMを自ら実践する主体となるためには
このようにEvidenceに基づく診断・治療を行うことが当たり前になると,やがてTrainee側も根拠を伴わない指導には納得しなくなる.また屋根瓦制度において下級生に指導する機会を通して,診断や治療といった自分の行動のすべてに根拠を持つことがプログラム修了時の到達目標となる.しかし全てのClinical QuestionにEvidenceが存在するわけではない.外科は特にNo one knowsの領域も多く,その介入が手術であるという特徴から二重盲検比較試験を組めない場合も多い.そのような状況においては類似する疾患や症候の延長として既知のEvidenceを拡大して考えたり,生理学的な知識を基に仮説を立てるなど,Evidenceが存在しないなりの問題解決を模索することとなり,ここでもEBMに対する考え方が問われることとなる.
しかし忙しい臨床業務の傍で,自分の抱いたClinical QuestionにEvidenceが本当に存在しないのか調べることは決して容易な仕事ではない.日々のClinical Questionを大事にし,願わくばその日のうちに調べて解決する姿勢を保証できる環境を維持するためには,時間的また精神的な余裕も必要になると考えている.そのため業務の効率化による「働き方改革」も積極的に進めている.勤務体制も主治医の役割・責任を定めた上でのチーム制(夜間・休日帯は当直制)であったり,メンバーが揃わなくとも昼に回診を行い日勤帯のうちに業務を完結させ定時の業務終了を可能にしたりと様々な工夫を行っている.いずれにしても標準治療という共通の判断基準を持っているからこそ成立するシステムと言えるだろう.

IV.おわりに
日々の診療において常に医学的な判断は求められるため,その都度または回診の際などに判断の根拠となる治療史や文献をTrainerが示すことで,カンファレンスだけでなく日常診療でもフィードバックがTraineeに与えられる.結果として,Traineeには自らの診療に根拠を求める姿勢が培われ, 屋根瓦制の下にそれは次のTraineeへと引き継がれていく.個々のレベルが国際標準により担保されるようになり,チームとして患者に還元するアウトカムも保証される.当院ではこのようにカンファレンスや日常診療を通して,国際標準治療を教育・提供し続けている.

 
利益相反:なし

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文献
1) Rhodes A, Evans LE, Alhazzani W, et al.: Surviving Sepsis Campaign:International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock:2016. Crit Care Med, 45: 486-552, 2017.
2) Yahav D, Franceschini E, Koppel F, et al.: Seven Versus 14 Days of Antibiotic Therapy for Uncomplicated Gram-negative Bacteremia:A Noninferiority Randomized Controlled Trial. Clin Infect Dis, 69: 1091-1098, 2019.

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