日外会誌. 121(5): 510-516, 2020
特集
改めて認識する小児急性腹症治療に対する外科医の役割
5.見逃してはならない腹痛(虫垂炎を除く)
香川大学医学部 小児外科 藤井 喬之 , 下野 隆一 |
キーワード
小児, 急性腹症, 小児救急, 小児外科医, 外科医
I.はじめに
急性腹症の定義は,強い腹痛を中心にした急性症状を呈し,緊急手術を含めて適切に対応しないと機能予後や生命に係わる疾患と言える.小児でも成人でも急性腹症で,絶対に見逃してはならないのは,致命的になり得る血行障害を伴う病態と,汎発性腹膜炎があげられる.しかし小児医療ならではの診療の難しさがある.それは,急性腹症の原因として様々な先天性異常の疾患があったり,年齢によって好発する疾患が異なったりすることから,幅広い専門的な知識が求められることである.また,乳幼児では患児が的確に症状を伝えることが困難なことも多く,詳細な病歴を得ることや正確な所見をとることが難しい.さらに,放射線被曝を少しでも減らしたいという想いから,CTの撮影に躊躇する場面も多いと思われる.このような場合は得られる画像情報が少ないこともある.これらの小児の特殊性を踏まえながら,見逃してはならない腹痛について述べる.
II.疫学
腹痛は小児の救急外来受診の理由として,発熱(41%),嘔吐(15%),咳(13%)に次ぐ第4位(7.2%)という報告があり,日常診療で多く遭遇する1).しかし,腹痛を主訴に受診しても,腹部以外の疾患と判明することも多く,外科的疾患である頻度はさらに低くなる.急性腹痛を主訴に受診した小児(2歳から12歳まで)を対象とした研究では,最終診断は上気道炎・中耳炎(19%)が最も多く,続いて咽頭炎(17%),腸炎(11%)で,手術を要したのは1%のみ(その内,80%が虫垂炎)であった2).このように小児で外科的介入が必要な疾患は必ずしも多くはないが,少ないからこそ見逃さないようにしなければならない.また,腹痛が主訴であっても最終診断としては腹部疾患以外が多かったことは,いかに小児が正確に症状を訴えることが困難であるかを示しており,診療にあたって十分に注意が必要である.
III.外科的疾患を示唆する兆候
身体診察は急性腹症の診療において非常に重要となる.外科的疾患を示唆する兆候を表1に示す3).すでに述べたように,絶対に見逃してはならない致死性の腹痛として血行障害を伴う病態と,汎発性腹膜炎があげられる.
絞扼性イレウスでは治療が遅れた場合,血流障害から腸管壊死に陥るため迅速な対応が必要である.胆汁性もしくは便汁様嘔吐はイレウスを示唆する徴候として重要である.特に,新生児期の胆汁性嘔吐は約20%が外科的疾患であったという報告があり,否定されるまでは腸管閉塞の可能性を常に念頭におく必要がある4).手術歴が無い,もしくは病因や病歴がはっきり分からない腹痛は内ヘルニアや腸捻転などの可能性がある.
虫垂炎やMeckel憩室の穿孔などで汎発性腹膜炎を起こした場合は,腸内細菌により容易に敗血症性ショックとなる.乳幼児の腹膜炎は特異的な所見に乏しいことがあり,抱っこをすると不機嫌となるのが唯一の症状のことがある.また,診察室に入ってくる際に,お腹を抱えてゆっくり歩く,ベッドでうずくまったまま動けない,ルート確保や採血など痛みを伴う処置でも抵抗しない場合は,重篤な外科的疾患の可能性があり特に注意を要する.
また,見逃されやすいものとして,鼠径部に異常をきたす鼠径ヘルニア嵌頓や急性陰嚢症がある.鼠径ヘルニア嵌頓は乳児期に多いため,患児は不機嫌としてしか症状を表すことが出来ず,気付かれるのが遅れる場合がある.急性陰嚢症は陰嚢痛に先行して腹痛で発症した場合には,診断が遅れることがあり注意が必要である5).どちらの疾患も,パンツやオムツの中まできちんと診察すればすぐに診断がつく可能性があるため,確認を怠らないようにしたい.
保護者から何かいつもと様子が違うという「Not doing well」を訴えられた時は,一見,大きな異常が無いように感じても,重篤な疾患が潜んでいることがあり,謙虚に診察する必要がある.
IV.頻度の高い疾患
あらかじめ頻度の高い疾患を知っておくことは鑑別に役立つ.小児外科へ入院した急性腹症445例の検討では,1番多かったのは急性虫垂炎で約半数を占め,2番目に多いのは腸重積症で,全体の約4分の1を占めた.これらにイレウスを加えると全体の91%にのぼり,さらに胆道拡張症まで加えれば全体の95%以上が占められていた6).これらの疾患の可能性は必ず念頭に置く必要がある.
V.好発年齢について
急性腹症をきたす疾患は年齢によって発生頻度が異なることが知られている(表2).尿路感染症は腹痛,嘔吐を伴って急性腹症として受診することがあり,幅広い年齢でみられる.尿検査で診断がつくことも多く,また,水腎症は超音波検査で容易に診断出来るため,まずは鑑別に入れることが重要である.
VI.各論
腸回転異常症
胎生期に中腸(十二指腸から横行結腸中部まで)は生理的臍帯ヘルニアとなって発育する.その後,上腸間膜動脈を軸に回転しながら腹腔内に戻り,後腹膜に固定されるが,この過程に異常が起きると発生する.症状のないものを含めると,500出生に一人の頻度と多い疾患である7).70%は新生児期に胆汁性嘔吐で発症する8).この胆汁性嘔吐は結腸と後腹膜の間のLadd靱帯により,十二指腸が圧迫されて通過障害が起きる場合や,中腸軸捻転によって起きる.新生児期発症の腸回転異常症は,小児外科医が診察することが多いと思われる.しかし,乳児期発症が22%あり,1歳以上の年長児発症でも16%という報告があり,普段は成人を専門とする外科医が遭遇する可能性も十分に考えられる9).中腸軸捻転をおこした場合,絞扼性イレウスとなるため,早急に対応しないと容易にショック状態となり致死的になり得る.また,例え救命できたとしても,広範囲の腸管切除を余儀なくされた場合には著しく患児のQOLが悪化するため,鑑別疾患として常に念頭におくべきである.新生児の中腸軸捻転例の腹部単純X線写真を示す(図1A).胃から十二指腸付近までガスがみられるが,全体的に消化管ガスが少ないGasless abdomenの像を認める.これは上部消化管での通過障害が示唆される.乳幼児の腹部単純X線写真で消化管ガスが少ないのは異常であり,イレウスでも必ずしもniveauを呈するとは限らないため注意が必要である.超音波検査でwhirlpool signを描出するか,上部消化管造影でのcorkscrew signやtreitz靱帯の形成不全を認めれば確定診断となる(図1B).
腸重積症
1歳未満の発生頻度は出生10万人に対して50前後とされ,小児救急で遭遇する機会は多い.好発年齢は1歳未満の乳児が半数以上を占め,3カ月未満,6歳以上は少ないとされる10).乳児の腸重積症では,先進部に器質的な疾患を認めない特発性のことが多い.一方,5歳以上の年長児では約60%に器質的疾患を認めたという報告があり,器質的疾患の可能性を検討する11).器質的疾患としては腸管ポリープ,Meckel憩室,腸管重複症,悪性リンパ腫などがある(図2A).症状は間欠的腹痛(不機嫌),嘔吐,血便が3徴として知られている.しかし,これら3徴が全て揃うことは必ずしも多くはないため,疑わしい場合には腹部超音波を行うようにする.target signやpseudokidney signを認めれば確定診断となる(図2B).
Meckel憩室
卵黄腸管(臍腸管)の遺残による真性憩室である.症状は異所性胃粘膜による下血,憩室炎,腸重積症の他に,mesodiverticular vascular bandや憩室自体が原因となっておきる捻転,屈曲,内ヘルニアがある(図3).特にbandによって内ヘルニアとなると,絞扼性イレウスとなる可能性があり注意が必要である.
腫瘍性病変
頻度は多くはないが,見逃してはならない急性腹症の原因として腫瘍性病変がある.女児であれば卵巣胚細胞腫瘍による茎捻転がある.腹部リンパ管奇形は,小腸間膜発生が最も多く,感染による腹膜炎や出血,捻転などにより急性腹症となることがある(図4).腎芽腫は急激な増大によって腫瘍皮膜下出血をきたすと強い腹痛を呈する.これらは丁寧な身体診察や腹部超音波検査で見つけ得る疾患である.
外傷
日本における小児の死亡原因は年によって若干差はあるものの,不慮の事故は常に上位に入っている.腹部外傷は小児外傷の10%以下であるが重症例が多い特徴がある.これは腹壁が薄く,弱い外力でも実質臓器損傷・多発外傷を起こしやすいためである.一見,軽微にみえる傷であっても経時的な変化を観察する必要がある.また,自転車の転倒時に起きるハンドル外傷では重篤な膵損傷や肝損傷などが報告されており注意が必要である12).
近年,児童虐待の壮絶なニュースを耳にすることも多く,平成30年度の児童相談所での児童虐待相談件数は約16万件と過去最多であった13).急性腹症として受診する可能性もあり,診察時に陳旧の混合する傷を認める,病歴に不自然な点がある,幼い小児に骨折を伴っている,などの場合は虐待の可能性が無いか検討する必要がある.
VII.おわりに
急性腹症治療に対する外科医の役割として1番に求められるのは,初診時に正確な病名診断を行うことよりも,手術が必要かどうかを判断する病態診断を行うことである.また,この判断は必ずしも初診時に下す必要はない.経時的な変化を観察する,フォローアップをきちんと行うことで,重篤な腹痛を見逃さないようにしたい.
利益相反:なし
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