日外会誌. 121(3): 388-390, 2020
生涯教育セミナー記録
2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(北海道地区)
各分野のガイドラインを紐解く
4.胃癌治療ガイドライン(2018年版)
北海道大学大学院 医学院・医学研究院消化器外科学教室Ⅱ 海老原 裕磨 , 平野 聡 (2020年1月11日受付) |
キーワード
Gastric cancer, Laparoscopic surgery, Perioperative chemotherapy, Endoscopic submucosal dissection
I.はじめに
胃癌治療ガイドライン第5版が2018年1月に刊行された1).主な改訂点は,高度リンパ節転移(Bulky N)症例に対する術前化学療法の推奨,M1(StageⅣ)胃癌に対する治療アルゴリズムについての記載,内視鏡治療の適応と根治度評価の記載である.今回,胃癌治療ガイドライン第5版の改訂点ならびに腹腔鏡下胃切除術,食道胃接合部癌についての最新知見つき概説する.
II.高度リンパ節転移(Bulky N)症例に対する術前化学療法
進行胃癌に対する術前化学療法は,治療によるdown stageをはかり,微小転移を消滅せしめることを目的とした治療法である.本法は,術後補助化学療法に比べコンプライアンスが良く,治療強度を高く保てることで奏効率が高く,切除率の向上や腫瘍縮小による多臓器合併切除の回避が期待できる.Bulky N2(腹腔動脈周囲に大きなリンパ節転移を伴う症例),もしくは大動脈周囲リンパ節転移を伴う進行胃癌症例に対し,術前S1+CDDP併用療法の第Ⅱ相試験(JCOG0405試験)が行われ,3年OSが59%と良好な結果であった2).今回の改訂にて,高度リンパ節転移胃癌症例に対し,術前化学療法後の外科的切除を弱く推奨すると記載された.
III.M1(StageⅣ)胃癌に対する治療アルゴリズム
従来の胃癌治療アルゴリズムでは,M1(StageⅣ)胃癌に対しては「化学療法・放射線療法・緩和手術・対症療法」とされており,根治を目指した外科治療の適応について記載されていなかったが,第5版において新たな治療アルゴリズムが記載された.
1)腹膜転移症例
洗浄腹水細胞診陽性例,腹膜播種が胃近傍に少数認めるのみで合併切除可能である場合には,術後補助化学療法を行うことにより25%程度の5年生存率が得られるとの報告があり3),外科的切除を“弱く推奨する”と記載された.また,術前に腹膜播種の比較的高い胃癌症例および術前化学療法の適応となり得る進行した胃癌症例に対して,治療方針の決定のために審査腹腔鏡を行うことを“弱く推奨する”と記載されている.
2)高度リンパ節転移(Bulky N)症例
大動脈周囲リンパ節転移No.16a1~b1の範囲において1cm以上に腫大したリンパ節を認める場合には,前述のBulky N2と合わせてBulky Nというカテゴリーに分類され,他の治癒因子がなければ術前化学療法後の外科的切除を“弱く推奨する”と記載されている.
3)肝転移症例
肝転移個数が,単発もしくは3個以下であれば,5年生存率が30%程度見込めることもあり4),同時性・異時性に関わらず,他の治癒因子を認めない場合には,肝切除を“弱く推奨する”と記載されている.
IV.内視鏡的根治度について
従来のガイドラインでは内視鏡的切除の根治性につき,治癒切除,適応拡大治癒切除,非治癒切除と分類されていたが,第5版では以下のように新しい内視鏡的根治度(eCura)という分類が導入された.
1)内視鏡的根治度A(eCura A):腫瘍切除断端陰性で一括切除,リンパ節転移の可能性が1%未満と推定され,外科的胃切除と同等の長期成績が得られるもの.
2)内視鏡的根治度B(eCura B):腫瘍切除断端陰性で一括切除,リンパ節転移の可能性が1%未満と推定されるが,外科的胃切除と同等の長期成績が得られていないもの.
3)内視鏡的根治度C(eCura C):それ以外のもの.
eCura C-1→分化型優位の癌で一括切除が得られているものの側方断端または分割切除のみがeCuraA/Bから外れる場合.
eCura C-2→eCuraA,B,C-1のいずれも当てはまらないもの.
今回の改訂にて,内視鏡的根治度判定でリンパ節転移率が1%以上であっても外科的追加切除以外を選択することができるようになった.
V.腹腔鏡下手術について
早期胃癌に対する腹腔鏡補助下幽門側胃切除(LADG)において,JCOG0912試験の短期成績ではLADG群,開腹群ともに良好な術後短期成績を示しており,合併症率も同等であった5).そのため,胃癌治療ガイドラインでも第4版で初めてcStageⅠ胃癌症例に対する腹腔鏡下幽門側胃切除術が日常診療の選択肢となり得ると明記され,現在の第5版に至っている.長期成績については,JCOG0912の結果を待つ必要がある.
VI.食道胃接合部癌について
食道胃接合部癌は,先進国を中心に増加傾向にあるが,その治療方針は未だ定まっていないのが現状である.一般に,Siewert分類を用いた場合には,typeⅠに対しては食道切除を,type Ⅲに対しては主に胃全摘が選択されるが,type Ⅱに対する術式には様々な議論がある.そのため,日本食道学会と日本胃癌学会は,共同で2012~2013年にかけて食道胃接合部領域に発生した長径4cm以内の腺癌・扁平上皮癌を対象にリンパ節転移状況の調査を行い,食道胃接合部癌に対するリンパ節郭清範囲の暫定的な基準が提示された6).当教室では,食道胃接合部癌Siewert type Ⅱに対し十分な口側断端を確保した食道切離,ならびに徹底した下縦隔郭清,さらに良好な術野のもと確実な胸腔内吻合を行うことを目的に胸腔鏡・腹腔鏡を用いた左胸腔・腹腔同時アプローチによる手術を導入している7).本法は胸腔鏡による左胸腔アプローチを併用することにより,横隔膜を切開せずに精度の高い下縦隔郭清が可能となり,横隔神経損傷や胸腔内へのヘルニアなどの合併症が軽減できる点で有用な術式と考えている.
VII.おわりに
今回,胃癌治療ガイドライン第5版の改訂点につき概説した.胃癌治療の進歩は日進月歩であり,次回の胃癌治療ガイドライン改定前にもウェブ速報版として最新のエビデンスが掲載されるので,ぜひ注目していただきたい.
この講演内容は,2020年1月11日に開催した第27回日本外科学会生涯教育セミナー(北海道地区)の記録で,北海道外科雑誌にも掲載している.
利益相反:なし
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