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日外会誌. 121(3): 334-335, 2020

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(114)

―縫合処置(歯科)により顎下腺管の狭窄を生じさせた事例―

1) 順天堂大学 病院管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
インレー, 歯科用タービン, 口腔底, 顎下腺管

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【本事例から得られる教訓】
他で生じた医療事故について,外科医が第三者の立場として相談を受け協力を求められる場合もあると思われるが,協力すべきか否かは,少なくとも相談を受けた領域における知識や経験を十分考慮した上で判断すべきである.

 
1.本事例の概要(注1)
今回は歯科の事例である.歯科事例については2年前にも紹介させて頂いているが(注2),歯科事例は医療訴訟の中でも内科,外科についで多く(注3),外科医が歯科事例に触れておくことは有益と思われ,また本事例では外科医にとっても教訓となり得る面があると思われるため紹介させて頂く次第である.
平成23年11月15日,患者(女性・60歳位)は,担当歯科医師(以下,担当医)から左下7番歯のインレー(詰め物)を除去する歯科治療を受けていたところ,歯科用タービンが口腔底に接触し口腔底を損傷した.担当医は,受傷部位に縫合処置を施した.
患者は,平成23年11月16日から平成24年1月6日までの間,担当医の診察を受けた.
平成24年1月6日,患者は,担当医からA病院歯科口腔外科を紹介され,同日,B歯科医師(以下,B医師)による診察を受けた.B医師は,患者の症状を左側顎下腺管炎であると診断し,MRI画像から左顎下腺管の狭窄が認められるとの意見を述べた.

 
2.本件の争点
争点は多岐にわたるが,その内の幾つかの主な争点は,左顎下腺管の狭窄の有無・原因,および担当医による手技上の過失の有無であった.

 
3.裁判所の判断
左顎下腺管の狭窄の有無については,裁判所は,MRI画像や後医であるB医師等の意見を根拠に,左顎下腺管に狭窄が認められる旨を認定した.この点について担当医側は,協力医が作成した狭窄はない旨の意見書を提出したが,裁判所は,同協力医がMRI画像診断の専門家ではなく,MRI画像の診断経験は年間ほぼゼロであること等を理由に,その意見を排斥した.
次に,担当医がタービンで口腔底を損傷した点については,担当医は,患者が虫歯治療がまだ完了していないことについての不満から,タービンで切削を開始しているにも拘わらず「最悪」などと喋り出したことが原因であると主張したが,裁判所は,カルテにその旨の記載がなく,また,後医への紹介状の作成メモに「舌の挙上により」という記載を追記した形跡が認められるものの,その追記した時期や意図が不明として,担当医の主張を認めなかった.しかし結局,担当医のタービン操作の過失を裏付ける証拠がないとして担当医の過失を否定した.
一方,左顎下腺管の狭窄の原因については,裁判所は,他に考え得る原因が見当たらない等として,本件事故の際の縫合処置により狭窄が生じたと認定した.そして,歯科医師は,口腔底の縫合処置をする際には顎下腺管を巻き込まないよう縫合針を可能な限り浅く刺入して縫合すべき義務があるとした上で,担当医が法廷において「縫合時に顎下腺管の存在する位置について考えておらず,縫合時に針をできるだけ浅く刺入しなければならないといったことは念頭になかった」旨を述べたことを根拠に,担当医の手技上の過失を認めた.

 
4.本事例から学ぶべき点
本件では,担当医側から,協力医による左顎下腺管の狭窄を否定する意見書が提出されたが,裁判所は,同協力医にMRI画像診断の経験が年間ほぼゼロであること等を理由に同医師の意見書の内容を否定した.医師の意見書は,専門家としての経験と知識等に裏打ちされて初めて証拠価値があることに照らせば,裁判所の判断は妥当と言えよう(もしかすると担当医側には意見書提出の経緯についてやむを得ない事情があったのかもしれない).経験や知識が十分でない領域について意見を述べても裁判所はその意見を尊重することはないと言ってよい.外科医が他の医療事故において意見を求められ,訴訟に協力するケースもあると思われるが,釈迦に説法ながら,その領域における経験・知識等について十分考慮の上,協力すべきか否かをご判断頂きたい.
上記の他にも本判決には学ぶべき点が幾つかあるものと思われる.
まず,本件では担当医に縫合処置の過失があると認定されたが,その根拠は,法廷における担当医の供述であるという点である.縫合針を浅く刺入したか否かという点は,判決からは当事者が尋問前に具体的に主張反論を行っていた様子は窺われない.判決文には訴訟経過の全てが記載されるわけではないため何とも言えないが,担当医の尋問の前に,狭窄部位の解剖学的な位置関係や,刺入の深さ等についての検討は十分であったか,担当医から積極的に意見は述べられていたのか等については,気になるところである.もしこうした点を事前に検討できていれば,場合によっては早期示談も含め結論が異なった可能性はなかっただろうか.法廷における供述のみから過失を認定されてしまったことは,いささか残念な面があるように思われる.ここから得られる教訓は,医療事故においては,当事者たる医師を守るのは,協力医でも弁護士でもなく,当事者たる医師自身であるということではないだろうか.筆者の経験でも,医療事故が生じた際に,当事者たる医師があまり対応に積極的でなく説明が不十分と感じるケースに時折遭遇する.訴訟等の結果を納得して受け入れるためには,事実と争点を最もよく把握している当事者医師が積極的に取り組むべきであると考える.
次に,担当医のタービン操作の過失の有無については,結論としては担当医の過失は否定されているものの,担当医の,患者がタービン操作中に喋り出したために口腔底を損傷してしまったとの主張については,カルテの明示的記載等がないとして,担当医の主張は認めてもらえなかった.本判決からも,カルテの記載の重要性は明らかである.事故が生じた際の経緯や理由は,ぜひカルテに明記したい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京地裁平成27年7月9日
注2) 日外会誌119(3):312-313, 2018.
注3) 最高裁統計資料(平成30年速報値)より.

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