日外会誌. 121(3): 281-282, 2020
先達に聞く
直腸肛門奇形(鎖肛)の治療と私
日本外科学会特別会員,向日回生病院理事長,京都府立医科大学名誉教授 岩井 直躬 |
小児外科の代表的疾患に直腸肛門奇形(鎖肛)があります.本症は新生児外科疾患の中で最も多く,小児外科医を目指す外科医は本症を正面から受け止め治療に取り組まねばなりません.
私が1972年に入局した京都府立医科大学第一外科は,消化器外科,脳神経外科,そして小児外科の分野を担当していました.研修医の2年間にこれら3分野と麻酔科をそれぞれローテーションすることになっていました.さらに学外の関係病院で消化器外科を2年間修練した後,私の場合は,大学へ戻り修練医として小児外科を専従で取り組みました.当時の小児外科診療体制は助手1名,修練医2名,そしてローテーションの研修医1名と,外科医局内の弱小グループでした.産科医院から「鎖肛の赤ちゃんが生まれました」という電話が,真夜中であろうが先ず修練医の私に入り,眠い目をこすりながら自宅から病院に駆けつける日々でした.
赤ちゃんを逆さにして直腸盲端の位置を診断するWangensteen-Riceの倒立像を研修医と二人がかりで撮影,さらに尿道造影で直腸と尿路系との瘻孔の有無を検索しました.本症の治療で重要なことは,先ず正確な病型診断をつけることです.すなわち,一期手術でよいのか,あるいは多期手術が必要なのか治療方針を決めなければなりません.また,多期手術であれば人工肛門の造設位置も考える必要があります.手際よい会陰部の視診と画像診断により的確な病型診断が求められます.
本症の術式選択は,低位型ではどの施設でもほとんど変わりませんが,高位型および中間位型ではまちまちでした.その中で,ニューヨークのProf. Alberto Penaは1981年のハワイ・マウイ島で開催された太平洋小児外科学会(PAPS)で後方正中切開術を初めてビデオで発表しました.それまで恥骨直腸筋を温存することが金科玉条のごとく守られてきたのが,括約筋群を正確に正中切開すれば肛門機能は温存できるという全く新しい概念で,まるで天動説から地動説を唱えるかのような衝撃的な発表でした.その後,1988年には後方正中切開術の良好な遠隔成績が発表され1),広く世界で同術式が認められるようになりました.
1987年にアメリカ・ユタ大学へ留学した私は,帰国前にニューヨークのProf. Alberto Penaの下に約1カ月間滞在し,自分の目でしっかりと彼の手術を見ることができました.しかし,確かに中間位型には神経叢や骨盤底筋群を損傷することなく無理のない術式ですが,高位型に恥骨直腸筋を含むmuscle complexを切開する必要があるのかと,最後まで疑念が残りました.むしろ恥骨直腸筋を温存して,直腸のpull-through経路を正確に作成する方が機能温存により重要ではと思ったからです.折しも腹腔鏡手術が導入され,腹腔鏡下でその経路を鮮明に見ることができたので,私は腹腔鏡下に直腸を腹会陰式にpull-throughする術式を選択しました2).現在でも高位型の術式として世界的に認められているのは,後方正中切開術と腹腔鏡下の腹会陰術式の二つです.
病型分類に関しては,1970年のMelbourne分類(Australia),1984年のWingspread分類(U.S.A.)そして最近では2005年のKrickenbeck分類(Germany)があります.ケルン郊外のKrickenbeck城で開催された国際会議に私は日本からただ一人招かれ,世界各国からのエキスパート20人と5日間にわたって熱い議論を重ね,新病型分類を決めました3).その病型分類の概念は,手術時に確認した瘻孔の有無と位置から分類することでした.ここでもProf. Penaの術式での所見が基本となりました.その根拠は,彼自身が既に行った約4,000例の後方正中切開術例とその良好な成績を世界の誰もが認めざるを得なかったからです.このように,外科医は多くの症例を積み重ねることで新しい治療法や概念を生み出すことができると痛感しました.
新生児期に救命した直腸肛門奇形患児の治療の最終目標は,その子どもたちが将来の学校生活や社会生活を健康な人たちと同じように送れるようになることです.すなわち,患児が手術後に正常な排便機能,排尿機能,そして生殖器機能を獲得できることです4).
従って,小児外科医が直腸肛門奇形の治療で達成感を味わうことができるのは,手術を受けた子どもたちが将来,社会人としてそれぞれの道を健康に歩んでいることを確認できた時です.私の場合,高位型(直腸尿道瘻)の男児が会社員として仕事に就き,28歳で結婚した折に私を結婚式に招待してくれた時,小児外科医であることに言葉で言い表せないほどの喜びと誇りを覚えました.また,低位型(肛門膣前庭瘻)の女児が結婚して31歳となり,無事健康な赤ちゃんを出産したと患児の母親から報告をもらった時,肉体的にそして精神的にようやく病気から解放されたという母娘の安堵感を私も共に味わうことができました.
利益相反:なし
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