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日外会誌. 121(2): 196-201, 2020

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特集

臓器移植の現状と展望

8.救急領域における臓器提供の取り組み

聖隷浜松病院 救命救急センター

渥美 生弘

内容要旨
本邦の脳死下臓器提供は少しずつ増加傾向にあるが,諸外国に比べると少ない状況にある.世論調査によると40%以上の方が臓器提供が可能な状況になった際には臓器提供しても良いと回答しているにもかかわらず,救急・集中治療の現場では,臓器提供を希望する患者の思いを移植につなぐことが出来ていない可能性がある.そこで,「臓器提供ハンドブック 終末期から臓器の提供まで」を作成し,臓器提供に向けた平時の体制整備,患者の救急来院後早期からの患者・家族ケアから,一連の臓器提供の流れを分かりやすく解説した.これを用い,救急・集中治療の現場で働くスタッフを教育していく方針である.また,提供施設の体制整備,地域の病院間での連携,集中治療医との連携,をすすめ,主治医の負担を軽減し臓器提供をしやすい環境整備に努めている.さらに,患者家族の支援を通して患者の思いを共有することが最も重要な課題ととらえ,患者家族の支援を強化する体制整備をすすめている.
救急医療の使命は救命する事であるのは言うまでもない.しかし,救命できない際には患者に寄り添った看取りを行うのもわれわれの仕事である.その看取り方の一つが臓器提供であるととらえ取り組んでいる.

キーワード
救急医療, 臓器提供, 終末期, 院内体制整備, 患者・家族支援

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I.はじめに
1997年に臓器移植法が成立し,臓器提供を行う際には脳死が人の死として認められることとなった.これ以降,本邦でも脳死下臓器提供が可能となったが,その後13年間で脳死下の臓器提供者は86例に過ぎなかった.2010年に臓器移植法が改正され,本人の臓器提供の意思が不明な場合でも家族の承諾があれば臓器提供が可能になったこと,15歳未満の小児からも臓器提供が可能となったことにより,脳死下の臓器提供は年間約70例程度に増加することとなった(図11).しかし,諸外国と比較すると臓器提供者が少ない状況にある2)

図01

II.救急医療現場での問題意識
救急医療現場の医療スタッフは,臓器提供を増やそうと思い診療している人はいない.重症患者が来院すると,その患者を救命すべく,全力で治療にあたる.救命しようと取り組んでいる最中に臓器提供の事を考えることは皆無である.著者も救急医療に身を置く医療スタッフの一人であるが,患者の診療中に臓器提供のことを考えるのは,目の前の患者に対し失礼だと考えていた.
一方で,日本救急医学会,日本循環器学会,日本集中治療医学会,3学会合同で作成した「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」では,適切な治療を施しても救命の見込みがないと判断した際には,患者の意思に沿った選択をすることとされている3).救命の見込みがない状態の一つが脳死であり,その際には患者家族と共に患者が自身の最期をどのようにしたいと考えていたのか家族と共に患者の思いに向き合う必要がある.
2017年の世論調査によると,自身が脳死となった場合や心停止した際に臓器提供をしたいですかという問いに対し41.8%の方が臓器提供をしても良いと答えている.2006年度の厚生労働科学研究である脳死者の発生などに関する研究によると,本邦では少なくとも年間2,000例程度が臓器提供に繋がる可能性があると推察している.よって,年間2,000例の臓器提供の可能性がある患者がおり,その40%が臓器提供を望んでいると考えると年間800例前後の臓器提供患者の発生が想定される.しかし,本邦での臓器提供者は,年によって多少の増減はあるものの年間100例程度で推移している.救急・集中治療の現場で臓器提供したいという患者の思いを繋ぐことが出来ていない可能性がある.患者の思いを繋ぐことは救急・集中治療に携わるスタッフにしか出来ない仕事であり,それが出来ていないことに問題意識を持っている.

III.救急医療現場での対応策
1)救急・集中治療スタッフが臓器提供を知る
患者家族は突然の状態悪化に困惑しており,患者が脳死となった際に臓器提供について考えるのは難しい事が多い.日本臓器移植ネットワークのデータでは改正臓器移植法の施行後77.8%が本人意思ではなく家族承諾で臓器提供が行われており(図21),臓器提供の57.8%が家族からの申し出ではなく医療者からの情報提供で臓器提供に至っている(図31).患者が事前に意思表示をしており家族で臓器提供についての話をしていた際には家族からの申し出があるかもしれないが,前述の2017年の世論調査によると臓器提供に関する意思表示をしているのは12.7%と少ない.家族と臓器提供について話をしたことがある割合も35.4%であり,患者が仮に意思表示をしていたとしてもそれを家族が知っているとは限らない.患者の看取りに際し,医療者が患者家族に対し臓器提供が出来るという事を伝え,患者が臓器提供を望んでいるかどうかを共に考える機会を作る必要がある.
しかし,患者家族に情報提供するには,どんな患者が臓器提供できるのか,臓器提供の禁忌について,臓器提供の方針となった際に何を行う必要があるのか,など一定の知識がないと難しい.そこで,2017年度からの厚生労働科学研究(選択肢提示における家族対応の在り方に関する研究)では救急現場のスタッフにも理解しやすい参考図書「臓器提供ハンドブック」を作成した4).救急現場のスタッフが自身の役割を理解し,全体像も把握しやすい様に解説されている.今後,医療者における臓器提供の理解がすすみ,患者家族への情報提供がしやすくなることを期待している.
2)院内体制整備
臓器提供が行われる際には,院内全体で対応する必要がある.病院によって体制は様々であるが,1例を提示する(図4).患者を治療するのは主治医,看護師などからなる医療ケアチームである.同時に患者・家族ケアも行い医療者患者間の信頼関係の構築が重要であるが,医療ケアチームだけでは治療が忙しく,患者・家族ケアにまで手が回らないことも少なくない.
救急来院した重症患者に対し病院到着直後から治療が開始される.患者を治療し救命するのが救急現場のスタッフの使命である.一方で,同時に患者家族も患者が急に具合が悪くなっている事に動揺し,不安を抱え,高度のストレス下に置かれている.患者だけでなくその家族にも手を差し伸べる必要がある.不安の中で医師の説明を待ち,その後に検査の結果,治療方針の説明をうけるが,落ち着いて聞くことが出来ず内容を全く記憶していない,理解していない事も少なくない.そんな家族に寄り添い,動揺を和らげ,医師の説明の理解を助けるサポートを行うのが患者・家族ケアチームである.多くの病院では看護師がこの役割を担い実践していると思うが,十分できていると言い切れる施設は少ないであろう.医師,看護師が治療を優先し忙しいこともあるが,患者・家族の側からしても忙しい医療者には声をかけにくい事もあり,医療ケアチームとは別に看護師や医療社会福祉士(MSW),臨床心理士などからなる患者・家族ケアチームが存在すると理想的である.医療ケアチームと患者・家族ケアチームとが連携をとると患者の思いを共有して治療をすすめることが可能になる.
さらに,臓器提供に際しては,提供に向けた検査,患者管理,摘出術のための院内全体のスケジュール調整,各種委員会開催の調整などが必要である.患者管理に関しては主治医とは別の患者管理医,院内調整に関しては事務的なサポートがあると有用である.
上記三つのチームが情報を共有し連携をとって活動する必要がある.臓器提供にかかわる一連のプロセスは,主治医など一部の職員に仕事が集中しない様にチームで対応できる体制を構築することによって,負担感が少なくなると考えている.救急受診し良い経過ではない患者の思いに向き合い家族と共にすすめるこのプロセスは,決して楽ではないが救急医療スタッフにとって救命治療と同様に大切なプロセスである.
3)集中治療医との協同
頭蓋内疾患患者に対する救命治療としては,脳浮腫を抑えるために高浸透圧利尿薬を投与し脱水気味に全身管理することが多いが,臓器保護の管理となると十分な補液が必要になり正反対の治療となる事が少なくない.治療をしながら臓器提供も考慮した患者管理を行うのは主治医にとって身体的にも負担だが精神的な負担も大きい.臓器提供に向けた管理が始まる際には前にも触れた患者管理医が主治医とは別に存在し支援できると良いのではないかと考える.集中治療医の介入により移植可能な臓器数が増加するという報告もあり5),集中治療医の関与が望まれている.集中治療医の関与によって家族が考えをまとめる時間を作ることもできる場合がある.欧米には脳死下臓器提供における患者管理のガイドラインが存在する6).本邦でも集中治療医によるガイドラインの作成が期待されている.
また,集中治療医は主治医とは別に客観的に患者を診ることが出来るので,患者に臓器提供の可能性があることにも気づきやすい.さらに,集中治療医は集中治療室に常駐しているため,他職種との連携がとりやすい.客観的に患者の予後を見据えながら多職種からなるチームを統率していく事が出来る.集中治療医が介入することで,より良い患者管理を実現し,患者の思いを臓器提供に繋ぐことが出来るであろう.
4)病院間での連携
臓器提供は症例数が少なく,経験のある施設は限られている.経験のない施設が来るべき症例に対して準備を整えていくのは簡単ではない.今年度より臓器提供施設連携体制構築事業が開始された.提供経験のある施設とない施設とが連携して,スタッフの教育体制を構築し,提供経験のない施設における臓器提供体制の整備を支援する.また,臓器提供事例が発生した際にはその経験を共有できるような体制を整える方針である.
地域の中で,提供の経験を持つ病院のスタッフが中心となり,提供経験の少ない施設にて臓器提供が行われる際にアドバイス出来る体制を整えるのが良いのではないかと考えている.これにより提供経験が少ない中で臓器提供の話を家族にする抵抗感の軽減につなげたい.また,アドバイスする側も豊富な提供経験を持っている医療者は少ない.お互いに経験を積みながら,施設の枠を超えてより良い対応を目指していく事が出来ると期待している.また,最も大切なのは,臓器提供に繋がった症例ではなく,うまくつながらなかった症例から学ぶことではないかと考える.そのような症例について院内外のスタッフで振り返りを行い,他の症例に生かしていく事が必要であろう.
5)患者・家族支援
前述した通り,医療ケアチームと共に患者・家族ケアチームがあると医療者患者間の信頼関係が構築しやすいと考えている.患者が持つ臓器提供したいという思いを繋ぐことが出来ていない理由の一つは,家族ケアの開始が遅いことにあるのではないかと考えている.発症直後,動揺する患者家族に寄り添うところから家族ケアを開始し,患者の病状が改善せず脳死となってしまったことを一緒に悲しむ事が大切であろう.そこで患者の病状についての理解を支援し,家族が事実を受け入れることによって,その後の看取りを考える際に患者家族と共に患者の思いに向き合えるようになるのではないだろうか.重症患者を治療することと同時に患者・家族支援を開始して信頼関係を構築し,治療の成功を目指しながらも病状が悪化した際の事も念頭に置いた家族支援が必要なのだととらえている.
この取り組みによって医療者患者間の信頼関係がしっかり構築できると,病状が悪化する場合だけでなく患者の治療自体にも良い影響があると考える.患者・家族と同じ方向を向いて治療を行っている実感があると,より積極的な治療ができ患者の予後改善にもつながると感じている.重症患者対応メディエーター(仮称)という名称で急性期の重症患者家族支援をするスタッフの育成が日本臨床救急医学会で始まっている.臓器提供のための取り組みというより救急医療全般の改善につながる取り組みになると期待している.

図02図03図04

IV.おわりに
現在,救急領域ですすめられている取り組みを紹介した.救急医療現場では,臓器を待つ誰かに協力するために臓器提供をするのではなく,目の前の患者が持つ臓器提供したいという思いに応えるために取り組みをすすめている.一人一人の患者,家族の思いにチームで向き合う体制整備は,救急医療全体の改善にもつながると信じている.

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文献
1) 脳死臓器移植の文責 Available from: https://www.jotnw.or.jp/datafile/offer_brain.html
2) INTERNATIONAL REGISTRY IN ORGAN DONATION and TRANSPLANTATION www.irodat.org Preliminary Numbers 2018 Available from: http://www.irodat.org/img/database/pdf/IRODaT%20Newsletter%202019-March.pdf
3) 日本集中治療医学会,日本救急医学会,日本循環器学会:救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン ~3学会からの提言~.2014.[updated 2018 Nov 05] Available from: https://www.jsicm.org/pdf/1guidelines1410.pdf
4) 横田 裕行監修:臓器提供ハンドブック -終末期から臓器の提供まで-.へるす出版,東京,2019.
5) Park J, Yang NR, Lee YJ, et al.: A Single-Center Experience with an Intensivist-Led Brain-Dead Donor Management Program. Ann Transplant, 23: 828-835, 2018.
6) Kotloff RM, Blosser S, Fulda GJ, et al.: Management of the Potential Organ Donor in the ICU:Society of Critical Care Medicine/American College of Chest Physicians/Association of Organ Procurement Organizations Consensus Statement. Crit Care Med, 43: 1291-1325, 2015.

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