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日外会誌. 121(2): 164-168, 2020

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特集

臓器移植の現状と展望

3.肺移植

東北大学 加齢医学研究所呼吸器外科学分野

岡田 克典

内容要旨
肺移植は終末期肺疾患に対する有効な治療法として確立しており,今日では欧米を中心に年間4,500例を超す手術が行われ,累積症例数は成人肺移植のみで約6万5千例と報告されている.国内においても,初の生体肺葉移植および脳死肺移植が,それぞれ1998年,2000年に行われ,2018年末までに脳死肺移植実施数は447例(脳死片肺移植231例,脳死両側肺移植216例)生体肺葉移植実施数は221例(片側生体肺葉移植34例,両側生体肺葉移植187例)となった.国際登録における主な適応疾患は,特発性間質性肺炎,慢性閉塞性肺疾患(COPD),嚢胞性線維症である.一方,国内における主な適応疾患は,特発性間質性肺炎,肺動脈性肺高血圧症,リンパ脈管筋腫症などであり,近年では造血幹細胞移植後肺障害に対する肺移植も増加している.国際登録による脳死肺移植後5年生存率が約55%であるのに対し,国内における脳死および生体肺移植後の5年生存率は,2018年末時点でそれぞれ約72%,74%であり,国際登録の成績を上回っている.肺移植後の死因としては,国内外を問わず,術後急性期には移植肺機能不全と感染症が,慢性期には慢性拒絶反応を原因とする閉塞性細気管支炎症候群と感染症の頻度が高い.このことから,肺移植成績のさらなる向上のためには,虚血・再灌流傷害と慢性拒絶反応の病態解明ならびに予防・治療法の確立が特に重要であろう.

キーワード
肺移植, ドナー, 登録報告, 移植肺機能不全, 閉塞性細気管支炎症候群

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I.はじめに
1983年に世界初の長期生存となる手術が報告された肺移植は,1990年代に世界各国へ急速に普及し,今日では年間4,500例を超す肺移植手術が行われている1).国内においては,脳死をめぐる問題から本格的な臨床肺移植の開始は欧米より約15年遅れたが,1998年に最初の生体肺葉移植,2000年に最初の脳死肺移植が行われた.この後,肺移植手術数は年間10~15例程度で推移したが,2010年7月の改正臓器移植法施行に伴い脳死下臓器提供数が増加し,2018年には過去最高となる59例の脳死肺移植と,13例の生体肺移植が施行された2).本稿では,世界と国内における肺移植の現状と展望について解説する.
1.世界の脳死肺移植の現状
2018年10月に発表されたInternational Society for Heart and Lung Transplantation(ISHLT)Registry Repot1)によると,2017年6月までに登録された成人肺移植症例数は64,803例,小児肺移植例数は2,436例である.肺移植症例数は,1990年ごろから急速に増加し1990年代後半に年間1,500例程度で一時頭打ちとなったかにみえたが,欧米における脳死下臓器提供数の増加を背景に2000年代に入り再び増加に転じ,2016年には過去最高となる4,661例の肺移植手術が報告されている(図1).2016年の肺移植例を適応疾患別にみると,多いものから特発性間質性肺炎,COPD,嚢胞性線維症の順である.国際登録における成人肺移植後の5年生存率は,片肺移植:48.1%,両側肺移植:60.1%である(図2).ISHLT登録報告における肺移植後の死因の分析では,術後急性期には移植肺機能不全と感染症が,慢性期には慢性拒絶反応を主たる原因とする閉塞性細気管支炎症候群(bronchiolitis obliterans syndrome, BOS)と感染症の頻度が高いことが報告されている.肺移植の成績向上のためには,これらの合併症の克服が最重要課題であると言える.なお,今日欧米では生体肺移植はほとんど行われなくなり,生体肺移植を行っているのはほぼ日本のみとなっている.
2.国内における肺移植の現状
日本国内における臓器移植医療は,脳死をめぐる問題からその普及が欧米に比べ遅れたが,1997年10月より臓器移植法が施行され,法的に脳死臓器移植が可能となった.脳死肺移植に先立ち1998年に岡山大学で国内初の生体肺移植が行われ,2000年には国内初の脳死肺移植が東北大学ならびに大阪大学で行われた.2010年7月に改正臓器移植法が施行されると脳死下臓器提供数の増加に伴って脳死肺移植数も増加し,2018年には過去最多となる59例の脳死肺移植が行われた(図32).生体肺葉移植も一定数行われている.脳死肺移植実施施設は,2019年10月現在で,北から東北大学,獨協医科大学,東京大学,千葉大学,京都大学,大阪大学,岡山大学,福岡大学,長崎大学のそれぞれの附属病院で,計9施設である.
本邦肺移植症例登録報告によると2),肺移植適応疾患としては,脳死片肺移植で特発性間質性肺炎,リンパ脈管筋腫症など,脳死両側肺移植で,肺高血圧症,特発性間質性肺炎,気管支拡張症など,生体肺移植では造血幹細胞移植後肺障害,特発性間質性肺炎,肺高血圧症などが多い.術後の肺水腫が重篤化しやすい肺高血圧症と気道感染を伴うことが多い気管支拡張症・びまん性汎細気管支炎ではほぼ全例で両側肺移植が行われている.生体肺移植においては,標準術式である両側下葉移植の他に,片側肺葉移植,上葉温存生体肺移植,生体左右反転移植などの新術式が国内で開発され,良好な成績が報告されている3)
国内における肺移植レシピエントの術式別5年生存率を見ると,2018年末の時点で脳死片肺移植:68.3%,脳死両側肺移植:76.0%,片側生体肺葉移植:71.2%,両側生体肺葉移植:74.5%であり,国際登録の成績を大きく上回っている(図4).術後のレシピエントの活動性の状況をみると,術後6カ月以上経過しているレシピエントの解析で,mMRCグレード0または1まで回復している症例が脳死肺移植,生体肺葉移植ともに全体の約80%を占めている.国内における肺移植後の死因でも,国際登録同様に移植肺機能不全,感染症ならびに慢性拒絶反応の頻度が高い.
3.肺移植の医学的課題と展望
前述の如く,肺移植後の死因として頻度が高いものは,術後急性期には移植肺機能不全,術後1年以降ではBOSすなわち移植肺に生ずる慢性拒絶反応である.肺移植の術後成績向上のためには,これら合併症の克服が重要である.
(1)移植肺機能不全への対策
移植後急性期のprimary graft dysfunctionは肺水腫と肺血管抵抗上昇を特徴とする急性肺傷害であり,虚血・再灌流傷害に伴う肺血管内皮細胞傷害が本態であると考えられている.日本からも優れた肺保存液の開発と臨床応用などでこの分野への貢献がなされてきた4)5).このほか,人工呼吸管理法の改善や各種薬物療法などが試みられ,ある程度までは予防・治療が可能となってきたが,ドナー因子,虚血時間,レシピエント因子など様々な要因が絡み合い,今日でも一定頻度の発症は防ぐことができないのが現状である.今日,肺保存法としては,ドナー肺血管床内の血液を冷却した肺保存液でフラッシュアウトした後,ドナー肺を保存液に浸漬して輸送する方法が用いられている.この方法は簡便であるが,冷却保存後のドナー肺の状態は実際に移植後再灌流を行うまで正確には予測できない問題がある.このため,冷却保存したドナー肺を移植前に体外循環回路(ex vivo lung perfusion system:EVLP)に接続し,37℃の灌流液を用いて灌流することによりドナー肺機能を再評価してから移植する方法が欧米を中心に臨床応用されている6)
(2)慢性拒絶反応への対策
肺移植後慢性期の課題としては,BOSと感染症をいかに制御していくかが最も重要である.BOSは,移植肺における慢性拒絶反応と位置づけられており,移植後5年までに実に50%のレシピエントが罹患すると報告されている2).BOSの病態は,拒絶反応に伴うグラフト細気管支上皮細胞傷害とこれに引き続き起こる内腔への反応性線維性結合組織の増生と考えられているが,やみくもな免疫抑制療法強化は感染症と薬剤性臓器障害の発生頻度を上昇させるジレンマがある.慢性拒絶反応は,Tリンパ球を主体とするアロ免疫反応によって発生する急性拒絶反応と基本的には同様のメカニズムによって発症すると考えられてはいるものの,優れたTリンパ球活性化抑制作用を持つカリシニューリン阻害薬を中心とする現行の免疫抑制療法ではその発症を十分に予防できないのが現状である.リンパ球以外の免疫反応すなわちNK細胞や抗体を介する機序も注目されはじめ,一方で免疫反応ではなく反応性の肉芽形成を抑制しようとするアプローチにも関心が高まっている.慢性拒絶反応の病態解明と予防法・治療法の開発は今後の重要な課題である.

図01図02図03図04

II.おわりに
肺移植は,最も難しい臓器移植の一つとされるが,国内の成績は,脳死肺移植,生体肺移植ともに5年生存率70%超と良好である.しかし,国内における脳死下臓器提供数は欧米諸国あるいは中国,韓国などのアジア諸国と比べても著しく少ない現状であり,臓器提供ならびに臓器移植医療に関わる社会的な環境整備をさらに進める必要がある7).また,国内外を問わず,虚血・再灌流性肺傷害,慢性拒絶反応,感染症が肺移植後の合併症として重要であり,これらの合併症克服へ向けたさらなる基礎的・臨床的研究の推進が望まれる.

 
利益相反:なし

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文献
1) ISHLT ホームページ: http://www.ishlt.org/
2) 日本肺および心肺移植研究会ホームページ: http://www2.idac.tohoku.ac.jp/dep/surg/shinpai/index.html
3) 伊達 洋至:その後20年―肺移植―.日本胸部外科学会70年のあゆみ.大北 裕編,日本胸部外科学会,東京,pp366-369, 2018.
4) Omasa M, Hasegawa S, Bando T, et al.: Application of ET-Kyoto solution in clinical lung transplantation. Ann Thorac Surg, 77: 338-339, 2004.
5) Okada Y, Matsumura Y, Date H, et al.: Clinical application of an extracellular phosphate-buffered solution (EP-TU) for lung preservation:preliminary results of a Japanese series. Surg Today, 42: 152-156, 2012.
6) Cypel M, Yeung JC, Liu M, et al.: Normothermic ex vivo lung perfusion in clinical lung transplantation. N Eng J Med, 364: 1431-1440, 2011.
7) 岡田 克典:肺移植の課題と将来展望.日本胸部外科学会70年のあゆみ.大北 裕編,日本胸部外科学会,東京,pp438-443, 2018.

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