[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (663KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 121(2): 153-154, 2020

項目選択

理想の男女共同参画を目指して

男女共同参画は労働生産性の向上―医療安全と人口減少の視点から―

女性クリニックWe! TOYAMA代表,内閣府男女共同参画会議重点方針専門調査会委員 

種部 恭子

内容要旨
男女共同参画は人口減少に耐え社会を存続させるための手段であり,その目的は労働生産性の向上である.女性医師支援ではなく,医療安全と地域医療の存続をかけて性別を問わず働き方改革に真剣に取り組み,地域住民を巻き込んだグランドデザインの実現を目指すことが必要である.

キーワード
医療安全, 働き方改革, 人口減少, 地域医療構想

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
男女共同参画は,急激な人口減少に耐え国を存続させるために,労働生産性向上を求める政策である.男女平等を追求する精神論ではない.M字カーブを解消して労働力率を上げるのみならず,男女とも個人の特性を活かして付加価値を生み出して行かないと,国自体が生き残れないのである.
医療についても同様である.医療安全への取り組みは行ってきたが,労務管理と人材確保をリスクマネジメントと認識して取り組んでこなかった.働き方改革は,多様な働き方のニーズを満たし人材確保をするためのバリアフリー化であるが,本稿では,医療安全と人口減少の視点から論じる.

II.女性6割時代の日本産科婦人科学会のパラダイムシフト
産婦人科医の減少は著しい.しかも日本産科婦人科学会に所属する20~30代の産婦人科医の6~7割は女性である(図1).この年代の産婦人科医は分娩を取り扱う医療機関で勤務しており,労働時間の平均が過労死ラインを超えている.男女や子どもの有無を問わず,働き方への不満が育児中の女性医師への攻撃にすり替えられ,軋轢を生んだ.
学術を追求してきたアカデミアに,医療安全と地域医療のあり方への関与を迫ったのが,2006年の大野病院事件である.少子化が続く地域に産科を残してほしいという自治体の希望を受け入れ,自治体病院に一人派遣された医師が,帝王切開後の出血死をめぐり業務上過失致死と医師法違反の疑いで逮捕された.2008年に無罪判決がなされたものの,この事件以降,日本産科婦人科学会は医療安全=働き方改革の追求に大きく舵を切った.
生殖補助医療(体外受精)において成功率向上という技術を求めた時代,移植する胚の数に制限はなく,妊娠率の上昇と引き換えに五つ子など多胎妊娠が増えた.多胎妊娠は母体合併症や早産未熟児の管理が必発で,産科医も新生児科医も疲弊し,担い手を減少させることになった.そこで日本産科婦人科学会は,2008年に移植する胚を原則一つに制限する見解を示し,会員に遵守を求めた1).その結果,多胎は減少し,地域の周産期医療を守ることにつながった.
2013年以降は産科医療施設の集約化・大規模化による労働環境改善を繰り返し提言し,要望書を提出している2).学会が集約化の方針を明確に打ち出すことで,自治体等からの要請に屈することなく勤務医を守る方向性を貫くことに一石を投じている.

図01

III.国民を巻き込んだ医療のグランドデザインの実現へ
女性医師のキャリアや両立への支援については,日本外科学会でも既に取り組んでこられたであろう.しかし,全員に平等な働き方改革に到達していなければ,組織内部や地域医療で摩擦が起こり,未だに「女性医師問題」として女性に矛先が向けられる.女性医師は働きたくないと言っているわけではなく,時には,可能なら滅私奉公を願うものもいる.偏見がやる気を削ぐのは勿体ない.
ただ,滅私奉公が良い訳ではない.求められる医療安全やガバナンスのレベルはこの30年で格段に上がった.オフが明確でないオンコールや主治医制による拘束は,医師を疲弊させ医療安全を犠牲にする.労働生産性は低下し,医療事故のリスクを増大させる.
米国などのように,家庭責任を問わずシフトを組み,オンとオフを明確にし,完全なオフの時間を育児・介護,研鑽・趣味,休息などに充てることができれば,オンの時間が多少長かろうと集中して働ける.オフの時間の使い方が育児であろうと何であろうと,社会生活の経験は本業のスキルを上げる.タスクシェアリングや短時間正社員という響きには「腰かけのパート」的な偏見があるが,多様な働き方の受容はチーム医療と同義であり,生産性と安全性は高くなる.
一方,医療経済は人口の縮小に耐えなければならない.地域医療構想による集約や機能分化が進まないため,厚生労働省は医師の働き方改革に罰則と2024年という期限を設けた.最近,公的病院の統廃合予測の報道がなされ,地域住民も自治体も大きく動揺した.
医療経済上,コストとアクセスと医療の質(=医療安全)は同時に成り立たない.医療安全は譲れないため,人口半減に伴いコストが賄えないならば,アクセスを手放すしかない.これが地域医療構想であるが,最も痛みを伴う地域住民への説明と理解が後回しになっている.
医師も国民も安全な医療を望んでいる.日本産科婦人科学会が胚移植の数を制限したのと同様,国民・地域住民に理解を求め,固定的性別役割や組織の利害を超えて地域医療構想および働き方改革を進めることが,まさに男女共同参画であり,人口縮小に耐え安全な医療を提供し続ける唯一の道と考える.

IV.おわりに
女性医師の問題に終始するのではなく,男女共同参画を医療安全の追求と捉え,医療のグランドデザイン実現の一部として取り組むことを切に願っている.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 公益社団法人日本産科婦人科学会.生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解(平成20年4月).
2) 公益社団法人日本産科婦人科学会.産婦人科勤務医の勤務条件改善のための提言(平成25年4月12日).

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。