日外会誌. 121(1): 125-127, 2020
定期学術集会特別企画記録
第119回日本外科学会定期学術集会
特別企画(7)「医療安全―患者と医師が信頼しあえる外科医療を目指して」
5.信頼される外科医療を提供するための院内での取組みの現況と課題
岐阜市民病院 外科 杉山 保幸 (2019年4月20日受付) |
キーワード
医療安全対策, インシデントレポート, M & M カンファレンス
I.はじめに
医療は時とともに高度化・専門化し,国民から求められる医療水準は高くなるばかりである.このような状況下で医療安全を適切に推進するためには,個々の医療スタッフが医療安全の必要性・重要性を自身の課題として認識することは勿論であるが,病院が組織として取組むことが不可欠である.今回,DPC特定病院群の指定を受けた医療機関(病床数:609床,職員定数:847名,医師・歯科医師数:135名)における院内での医療安全の取組みを集計・分析し,課題を検討した.
II.医療安全のための院内システム(図1)
当院の医療安全管理は,病院長直轄のもとに医療安全局が組織され,医療安全推進部の中に医療安全推進室がある.医療安全推進室内には専従の医療職員が2名置かれている.また,医療安全推進部には医療機器と医薬品の安全管理責任者,および医療相談事務員が配置されている.相談窓口での事例,院内死亡症例,報告されたインシデント等の医療安全に関する問題は医療安全推進部が毎週木曜日に開催する『早朝カンファレンス』で協議し,その結果は医療安全対策委員会に報告される.委員会では医療安全上の方策が決定され,全職員に周知する体制となっている.
重大な医療事故については,医療安全局長あるいは医療安全推進部長が直ちに病院長に上申し,病院長が招集する医療安全管理専門委員会において審議する.その過程で外部の専門家による調査,検証が必要と判断された場合は,院内事故調査委員会を設置し,原因の究明と再発防止に関する提言をまとめることとしている.
III.医療安全管理のための職員研修
医療安全の基本的な考え方や具体的な方策,最新の知見等を全病院職員に周知徹底するための研修は,医療安全推進室が企画,実施している.年に2回の医療安全関連法令講習に関しては,当日出席できないスタッフのためにビデオ録画による再講習を4~5回実施することで,2017年度の常勤医の受講率は100%となった.なお,臨床研修医や新規採用職員,看護職をはじめとする中途採用職員に対しては,別個に研修を実施して,院内の医療安全対策を周知している.
IV.インシデント報告に基づく医療安全管理の改善
当院ではインシデント報告の目的を,医療安全を確保するためのシステムの改善や教育・研修の資料にすることのみに限定している.全ての職員は,電子カルテ内の『インシデント報告システム』により,患者の救命処置等に支障の生じない範囲で遅滞なく報告するよう啓蒙している.そして,医療安全推進室は報告されたインシデントについて可能な限り迅速に詳細な情報を収集し,分析を行うとともに,ねぎらいの言葉と医療安全管理の立場からのコメントを必ず報告者に返信している.また,再発防止の観点から,病院全体としての手順やシステムの改善案を医療安全対策委員会に提出し,審議を委ねる.さらに,決定された改善策が各部門において確実に実施され,かつ医療安全対策として有効に機能しているかを常に検証・評価し,その見直しについても検討する役割が課せられている.当院での過去10年間のインシデント報告件数,医師からの報告数,およびその割合を図2に示した.病院全体としての報告数がプラトーとなっている中で,医師の報告数は経年的に増え,とりわけ電子カルテシステムを更新してインシデント報告が簡便にできるようになってからは増加が顕著であった.
V.外科での医療安全に関する取組み
個別公表が必要となった事例の経験から,外科では2016年度よりインシデントレポートの提出に積極的に取組んでおり,報告数は2015年度:11件,2016年度:27件,2017年度:39件と急速に増加した.また,院内での死亡症例は全て前述の医療安全早朝カンファレンスで,提供した医療に起因する予期せぬ死亡か否かについて検討されているが,外科でも独自にM & M(mortality & morbidity)カンファレンスを実施している.術後30日以内の死亡例(術死)は,2015年度(10月から3月までの半年間):16例,2016年度:19例,2017年度:15例であったが,その中で医療安全管理専門委員会を開催して審議したのは2例で,いずれも医療事故調査・支援センターへの報告対象ではないと結論された.さらに,ロボット支援手術等の新たな技術導入時は院内倫理審査委員会に協議を申請する取り決めになっているが,過去3年間で,手術器具関連:4件,手術手技関連:3件,その他:1件が申請され,いずれも承認を得て実施されている.一方,手術の説明と同意に関しても,院内統一のひな型を2017年7月に作成し,看護師同席を推奨しているが,14カ月間が経過した時点で,看護師が同席できたのは全身麻酔手術943例中6例のみであり,455例の脊椎麻酔・局所麻酔下での手術においては皆無であった.
VI.おわりに
医療はヒトを対象としており,対象者は生物学的個人差があるとともに常に変化する存在であることから,人的事故に繋がるリスクが潜在している.そのため,医療従事者個々のレベルでの努力と病院組織による医療事故防止に関する取組みの両面で対策を講じることが,安全・安心な外科医療の提供に寄与すると考えられる.今回の検討から,病院組織としての医療安全の取組みは精力的に行われて一定の成果が得られているが,外科として患者・家族から信頼される,安全で安心,良質な医療の提供についてはまだ解決すべき課題も多く,さらなる改善が望まれる.
利益相反:なし
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