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日外会誌. 121(1): 96-98, 2020

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定期学術集会特別企画記録

第119回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「外科医にとっての働き方改革とは」
 3.サステナブルに価値の高い仕事をするために~2年間の労働環境改革からわかったこと

株式会社電通執行役員 

大内 智重子

(2019年4月20日受付)



キーワード
労働環境改革, 時間外労働, サステナブル, コンディショニング

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I.はじめに
医師の過重労働防止のため2020年5月より時間外労働上限規制が施行されることとなりました.この課題にいかに対応するか頭を悩ませている医師,関係者も多いことと思います.私共電通は2017年から経営トップ主導で,全社を挙げ労働環境改革に取り組んでおります.まだまだ途上ではあるものの,2018年の労働時間は2016年対比で86.7%とほぼ目標を達成することができました.過重労働対策というと「時間」にばかり目が向きがちですが,「時間」はあくまでも表に見えている最もわかりやすい指標の一つです.過重労働につながる要因を明らかにし,それらを産み出す本質課題の解決に取り組まない限り過重労働防止の実現,ましてや新しい働き方が日常となる「定着」には至りません.これらは業種/職種を超え日本社会全体の問題でもあります.医師の皆様と私共は業務は全く違うが抱えている「課題の本質」は近似ではないか,という感触を持っています.
私共の取り組んできた事例が少しでも皆様のご参考になることを祈念しております.

II.トレードオフと思われていた課題へのチャレンジ
電通の企業カルチャーを一言で言うと,「お取引先の期待に応え良い仕事をしたい」という意識が高く,「無理をしてでも多くの仕事をすることが自らの成長,キャリア,収入にもつながる」.故に「時間をかけることを厭わない」となりがちでした.過重労働解消の観点からも,そして個々人の,ひいては企業の成長という観点からもこうした意識を変えていく必要がありました.本来称賛されるべきモチベーションの高さを阻害することなく,コンプライアンスを遵守し,効率的に質の高い創造的な仕事をし,企業としても成長する.これら一見トレードオフと思われていたことをいかに実現するか,が私共の大きな課題でした.

III.16のプロジェクトを推進
根本的に課題解決をするためには「ビジネスモデル」「キャリアパス」「人事制度」「休み方」「企業カルチャー」の変革が必要と考え,16のプロジェクトを実施しました.
初期段階は「制度を正確に理解する」,ならびに「自分たちの仕事を可視化する」を最重視しました.当時は制度を十分に理解していない社員,そしてマネジメント職もいました.知らないものは守れない,対策を講じられません.社内テストも実施し,全員が完全に理解するよう努めました.法制度の改正の度に今後も徹底してゆく必要がある「基本」です.
仕事の可視化については全社員の協力を仰ぎ,かつてない規模の定量/定性調査を実施しました.どの様な仕事に何時間費やしているか.それは本当に必要なのか.代替不可能なのか.この調査から今まで漠然と感じていた無駄,思いもしなかった無駄が発見され,多くの施策が誕生しました.年に1回定点観測し推移を確認しています.
その他,月に1回インプットのための休暇を付与する「インプット休暇制度」,優れた仕事のやり方やヒントを共有する「ナレッジシェア」など様々な施策を展開しております.
また,これら多くの新しい施策に社員が前向きにコミットできるよう,プロセス段階で社員からの意見を募ったり,施策内容のみならず「目的」をきちんと伝える「インナーコミュニケーション」を重視し全社運動化を目指しています.経営と現場はややもすると対立関係になりがちですが,共に成長を目指す同志です.相互の信頼関係を築くことが非常に重要です.

IV.プロとして自分のコンディションをマネージするために
16のプロジェクトの一つに,「バイタリティ・デザイン・プロジェクト」があります.
仕事の依頼が絶えない多忙な社員ほど,「睡眠」「食事」をないがしろにする傾向がありました.「無理は効くもの」という過信が蔓延していたのです.しかし,過度な無理はフィジカル面メンタル面の問題に繋がり,仕事のクオリティを下げ,結局は活躍の時期を短命にします.やりがいと達成感を感じながらサステナブルに活躍してもらう鍵は何か.それは「バイタリティ」だと考えました.バイタリティ溢れる状態とは,心も身体も健康で,前向きに物事を考え,チャレンジする意欲がある,そんなイキイキした状態です.あたかもトップアスリートのように「プロとして自分のコンディションを常にマネージし,ベストな状態で仕事に臨む」を目指そう,という意識改革とスキル提供を行うプロジェクトです.
全国1万人に行った調査から,バイタリティを高める要素は「睡眠」「運動」「食事」「姿勢」「雑談」であることがわかり,各種アクティビティや科学的根拠を紹介するセミナー等を定期開催しています.
また,自分への「気づき」を得る目的で「1日1問 計10問でバイタリティを測定」できる独自システム「バイタリティノート」を開発・導入しました.蓄積したデータから自分の傾向や変化要因がわかり「コンディショニング」スキルを磨くことができます.また,個人の集合体である「組織」のバイタリティも観測でき組織マネジメントにも活用できます(個人との紐づけは不可).
これらは,一人一人の「ベスト」は違う,という思想に基づいています.

V.おわりに
2年間を経てまだ道半ば.やるべきことは多々あり,やっとスタート地点に立てたという思いです.意識変化を促すことが最も難易度が高いと感じていますが,きちんと定着させ新たな電通ウェイを確立するまで粘り強く継続してゆく所存です.
1年は思ったよりもずっと短いはず.
世界に誇る日本の医療環境と医師の新しい働き方の両立を実現するのは容易なことではないでしょう.しかし経営層が,ロールモデルとなっている医師の皆様が率先して改革をリードすることにより必ず成し遂げられるものと信じております.変える勇気を持ち,リーダーシップを発揮し,最後までやり切っていただきたいと思います.良いコンディションの医師に診てもらうことは患者誰しもが願うこと.一方で患者側も変わるべきことが多々ある,と今回のセッションで痛感しました.そうした啓発も今後は必要かもしれません.
末筆ながらこのような機会を提供してくださった日本外科学会の皆様に心より感謝申し上げます.今後の更なるご活躍,ご発展を心よりお祈り申しあげます.

 
利益相反
役員・顧問職:株式会社電通パブリックリレーションズ取締役,一般社団法人日本女子サッカーリーグ理事
講演料など:働き方改革 EXPO講演,宣伝会議 講演

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