日外会誌. 126(2): 179-181, 2025
会員のための企画
医療訴訟事例から学ぶ(143)
―DNARに関する合意があったか否かが争われた事例―
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1) 順天堂大学病院 管理学 岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1) |
キーワード
訪問看護, 在宅医療, DNAR, 看取り
【本事例から得られる教訓】
心肺停止の第一報を受けた医療スタッフが,DNARの方針で臨む患者か否か明確でなく悩んだ際には,無理をせずすぐに主治医に連絡し,医療チームとして検討すべきとの認識を改めて共有したい.
1.本事例の概要(注1)
今回は,いわゆるDNAR(Do Not Attempt Resuscitation:心停止時に心肺蘇生を実施しないこと)に関する事例である.DNARの問題については,以前にも紹介させて頂いており(注2),当該事例においては,DNAR方針で臨んだ患者について延命措置を実施すべきだったか否かが争われた.本件は逆に,救急搬送(延命措置)をした患者について,DNARに関する合意があったとして争われた事例である.延命措置をしたことで提訴される例はなかなかないと思われ,また,患者の高齢化が進み,DNARの問題は外科医にとっても関心が高いと思われることから,紹介する次第である.
平成31年3月,患者(死亡時86歳・男性)は,寝たきりの全介助状態にあり,主治医による訪問診療が開始された.患者の二男は,在宅医療を依頼した当初,患者について自宅看取り希望である旨を伝えた.
令和2年1月6日,患者は,褥瘡の対処のため訪問看護ステーション(以下,「ステーション」)を運営している株式会社と訪問看護サービス契約(以下,「本件契約」)を締結し,週に1回,状態観察,服薬管理,保清,創処置を行う事となった.同日付の訪問看護指示書では,患者は寝たきり度B2,認知症の状況Ⅳ,要介護認定の状況5と判定されていた.二男は,本件契約締結の際,患者の救急要請や心肺蘇生措置に関し具体的な要望は伝えておらず,その後も主治医や看護師らとの協議やDNARに関する書面を作成することもなかった. 令和2年5月18日のAM8:53,患者は二男の妻の父Aと同居していたが(二男の実父と二男の義理の父が同居していたことになりやや特殊な面を感じるが,判決には同居状況についてこれ以上の記載がない),Aは患者が口から泡を吹いているのを発見し,患者の反応がなかったため,看護師Bに電話をかけ報告した.看護師Bは,管理者である看護師らと相談したが,看取りについて最終確認もできておらず,患者の詳細な状況も不明であったため,救急要請すべきという結論になり,看護師Bは,AM8:59,Aに電話をかけ,救急車を呼ぶよう指示した.AM9:06,看護師Bは患者の主治医に電話をし,患者が泡を吹いて反応がないとの連絡が入ったことや,救急要請してもらった旨を報告した.主治医がなぜ救急要請をしたのか尋ねたところ,看護師Bは,最終的な意思確認ができていないからと答え,主治医は看護師Bに対し,外来診療後に患者宅に向かうため,先に患者宅に行くよう依頼した.看護師Bが患者宅に到着すると,既に救急隊が到着しており,消防法に基づく救急活動として心肺蘇生が実施されていた.
AM9:14,看護師Bは主治医に心肺蘇生が実施されている旨を伝えたところ,主治医は,家族の了承があれば心肺蘇生を止めてもらうことができるので家族に連絡するよう指示した.AM9:20,看護師Bは主治医に連絡し,家族(判決からは家族の誰が希望したかは不明である)が搬送を希望したのでC病院に搬送されることになったと報告した.
患者は救急搬送されたが,同日AM11:04に死亡した.
2.本件の争点
二男は,本件では主治医とステーション,および二男の間でDNAR指示を含む合意がなされており,看護師Bは救急要請するか否かについて主治医の判断を仰ぐため主治医に連絡すべき注意義務があったにも拘わらず,主治医に連絡せず,Aに救急要請するよう指示をしたため,注意義務違反があると主張した.
すなわち本件の主な争点は,DNARに関する合意の有無であった.
3.裁判所の判断
まず裁判所は,本件契約締結の際,家族は,ステーションに対し,患者について「在宅での看取り」を希望する旨を述べ,ステーションはこれを了承したことが認められるが,「在宅での看取り」が当然にDNARと同義,あるいはDNARを含むものとはいえないと述べた.
そして,本件契約締結の際,家族は,いかなる場合であっても心肺蘇生処置を拒否することや,いかなる場合であっても救急要請をせず,必ず主治医に先に連絡することなど,DNARやこれに関する具体的な希望までは伝えていなかったことに言及し,本件契約締結時に,主治医からステーションに対してDNARに関する指示はなく,DNAR指示に関する書面も作成されていないことを指摘等した上で,二男,主治医およびステーションの三者間で,DNAR指示を含む合意がされたとは認め難い旨を認定した.
さらに,ステーションの24時間連絡記録には,本件契約の翌日である令和2年1月7日の欄にDNARに関する記載はなく,かえって,家族が,食事について,今後摂れなくなった時に胃瘻をするかどうかまだ悩んでいる旨の記載があり,家族が,同日時点で心肺蘇生措置をしないことを決意し,ステーションとの間でその旨合意していたとは考えられないと認定した.
4.本事例から学ぶべき点
本判決の結論は妥当と考えるが,DNARについてはご存じの通り議論すべき点も多く,必ずしも円滑に協議が進まないこともあると考えられ,患者が心肺停止に陥った際にDNARの方針か否か明確でない場合もあり得ると思われる.
一般論として,人生の最終段階における医療・ケア行為の開始・不開始・中止等に関しては,医療・ケアチームによって慎重に判断すべきことが原則でもあり(注3),心肺停止の第一報を受けた医療スタッフは,迷った場合には無理をして判断せず,チームの長である主治医へ連絡することが重要と考える.DNARの指示を出すのは主治医であり,主治医しか把握していない患者情報が存在する場合もあり得るし,また,相談することで主治医から助言や指示を得られることもある(本件でも,主治医から看護師に対し,なぜ救急要請をしたのか尋ねているため,相談をしていれば何らかの助言や指示を得られた可能性も考えられよう).
在宅医療か入院患者かを問わず,DNARの問題はチームとして検討すべきこと,迷ったら主治医へ連絡するという認識を,主治医を始めとするチーム全体で改めて共有するようにしたい.
利益相反:なし
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