日外会誌. 126(2): 138-143, 2025
特集
外科医の働き方改革
3.消化器外科医の現状と課題―医師不足への対応と将来展望
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北里大学医学部 上部消化管外科学 比企 直樹 |
キーワード
消化器外科医, 医師不足, 労働環境改善, キャリアパス, 報酬体系
I.はじめに
消化器外科医は,主に腹部領域のがんや二次救急で発生する急性疾患の診療において,重要な役割を果たしている.がん治療に関しては,食道がん,胃がん,大腸がん(結腸および直腸)といった消化管腫瘍や,肝がん,胆道がん,膵がんなどの肝胆膵腫瘍が主な対象となっている.日本では,これらのがんにより年間40万人以上の新規患者が発生している.また,消化器外科医は手術を主軸にしながらも,抗がん剤治療や終末期患者に対する緩和ケアに関与することも多い.さらに,日本の統計によると,食道,胃,結腸,肝臓,膵臓などの高度な手術が年間12万件以上行われており,その多くを消化器外科専門医が担当している.また,腹膜炎を伴う消化管穿孔,腸壊死,腸閉塞,急性虫垂炎,胆嚢炎といった急性腹症への対応も求められ,地域医療の即応性のある診療を担う.
厚生労働省の「主たる診療科別にみた医療施設に従事する医師数」に関するデータによると,約20年前(2002年)と比較して,2022年の消化器・一般外科医師数は20%以上減少している.一方で,同期間に医師全体の総数は30%以上増加しており,この状況は消化器外科医の業務量が増加している中での医師数の減少を際立たせている.特に,内科系や同じ外科系の呼吸器外科,心臓血管外科,泌尿器科,産婦人科などは増加傾向にある一方で,消化器・一般外科のみが減少を続けており,業務負担の大きさから診療科の選択を避けられる傾向にあると考えられる.
この状況は,消化器外科分野における過重労働の是正やワークライフバランスの向上,専門教育の充実と支援体制の強化の必要性を示している.日本消化器外科学会の会員数もここ数十年にわたり減少傾向が続いており,かつて年間1,000名以上の新規入会者があったものの,1997年以降はその数を下回り,現在は年間400~600名程度にとどまっている.さらに,1990年以前に入会した世代の多くがすでに60歳を超えており,会員の年齢層は60代に集中している.この結果,学会会員の高齢化が進行しており,近年の新規入会者数と退会者数,また65歳以上で現場を離れる医師数を考慮すると,消化器外科医の減少は一層加速すると予測される.推計では,現在の消化器外科医の数は10年後に約4分の3に,20年後には半数程度に減少すると見込まれており,診療体制や地域医療への影響が深刻化する可能性がある.これを受けて,学会としても若手医師の積極的な参入を促進したり,退会者をつなぎとめる対策が求められている.
最近,日本消化器外科学会ワーク・イン・ライフ委員会が実施したアンケート調査によれば1),後輩に消化器外科医を勧めると答えた医師は38%にとどまり,自身の子供に勧めるとしたのはわずか14%という結果であった.この背景には,消化器外科医が昼夜を問わず「患者の命を救う」という強い使命感で働く一方で,その努力が十分に報われず,評価されにくいと感じていることが影響していると考えられる.かつて医師は,使命感・ボランティア精神に基づいて労働・仕事をしていたが,社会の価値観が変化する中で,待遇改善を求める声が高まっている.特に「働き方改革」が進む中で人員不足が放置されると,消化器外科医の偏在や不足がさらに深刻化することが懸念される.今後10年以内に地域の消化器外科診療体制の維持が難しくなる可能性が高く,具体的には必要とする消化器がん手術が適時に行えなくなり,夜間の救急対応も困難になるおそれがある.緊急度の高い消化器外科疾患の治療が迅速に行えず,がん患者の手術待機期間が長引く事態も予測される.このような消化器外科医不足への対応は喫緊の課題であり,国としても早急な改善策の策定と実行が求められる.
II.消化器外科医の医師数減少の原因
若者が消化器外科を希望しない理由が上記アンケート調査により示された1).
1)賃金・評価に対する不満
アンケート調査で「不満に感じる点は何か」という問いに対し,最も多かった回答は「給与」であり,全体の44.3%を占めた.この割合は,「労働時間」を不満に感じるとした11.2%を大きく上回る.また,「給与そのもの(額面の数字)に対する不満度」を尋ねた際,「全く不満である」と答えたのは28.4%にとどまった.多くの消化器外科医は労働時間そのものよりも,リスクや業務内容に見合った十分な対価が得られていないことに不満を抱いていると考えられる.
2)将来のキャリアが明確でない
消化器外科医ががん手術を一人前に執刀できるまでには10年から15年を要するため,途中でドロップアウトしてしまう医師も少なくない.このような先の見えにくい教育システムは若手にとって大きな魅力を欠いているとされる.さらに,手術を60歳を過ぎても現役で続ける医師は少なく,その後のセカンドキャリアへの不安も強い.引退後に一般外来や検査業務が可能なのか,手術の技術を活かした指導の場があるのかなど,キャリアパスの不透明さが課題である.学会としても,会員に対してより明確なキャリアの道筋を示す努力が求められている.
3)子育てやプライベートな時間が持てない
働き方改革により一定の改善がみられるものの,消化器外科医は未だに子育てやプライベートな時間を十分に確保できる職種とは見なされていない.今後も学会は,子育て支援やプライベート時間の確保に向けた広報活動を進めていく必要があり,広報委員会のもとでSNSの活用などが計画されている.
III.消化器外科医が抱える喫緊の課題と解決策
消化器外科医が直面する問題に対して,具体的な解決策を提示する必要がある2)
~
4).
1)賃金と評価の見直し
上記アンケート調査結果から,消化器外科医の多くが報酬に対して強い不満を抱いていることが明らかになっている.主な要因は,長時間の労働や手術のリスクに対する適切な報酬が支払われていないことにある.まずは,業務内容や責任に見合った報酬体系の導入が必要であり,正当な対価を提供することが重要だ.また,消化器外科の専門性を社会的に再評価し,報酬と地位の向上を図る施策が求められる.
2)明確なキャリアパスの構築
消化器外科医が一人前になるまでに10年から15年の時間を要する現状では,若手医師の途中離脱が多い.また,高齢期のキャリア選択肢が限られており,引退後のセカンドキャリアに対する不透明感が強い.これを解決するためには,消化器外科医のキャリアを明確化し,教育システムの透明性を高める必要がある.さらに,手術後の経験を活かした指導や教育の場を設けることも重要であり,学会や関連機関が中心となってキャリア支援プログラムの充実が求められる.
3)プライベートと仕事のバランスの改善
働き方改革の取り組みにより消化器外科医の労働環境は改善されつつあるが,依然としてプライベートな時間を確保するのが難しいとの声が多い.これに対し,育児支援や柔軟な勤務形態の導入,職場環境の整備が求められる.また,SNSや広報活動を通じて,消化器外科医の仕事と家庭の両立を支援する取り組みを周知し,社会的な理解を深めることも重要な課題である.
IV.外来業務の縮小
消化器外科医にとって,手術は最も重要なやりがいであり,外来業務を最小限に抑えることで,自身が追求したい手術技術の向上や自己研鑽,さらには研究活動に集中する時間を確保することができる.必要な外来フォローアップに限定し,不要な外来診療を整理することで,時間を有効に活用し,若手医師に対してより魅力的な消化器外科医像を示していくことが学会としても重要な取り組みである.
V.学会・研究会の見直し
学会や研究会は学びや意見交換の場として重要な役割を果たしている.一方で,内容が重複した研究会の乱立や,過剰な参加が若手医師にとって大きな負担となっている現状もある.これらを義務として強制することは,消化器外科を選ぶ医師にとって魅力を減じる要因となりかねない.学会や研究会の数を必要最小限に抑え,過剰な参加を抑制する施策が必要である.
VI.インセンティブの導入
消化器外科医の待遇改善には,日本消化器外科学会や個々の医師の努力だけでは限界がある.チーム医療の推進によって,消化器外科医が交代で患者対応にあたる体制が構築されつつある.しかし,消化器外科医の最大の課題は,労働環境の改善と適切な待遇の確保である.実際,一部の医療機関では,消化器外科医が規定を超えた残業を余儀なくされ,その残業代も十分に支払われていないという問題がある.2024年から始まった「医師の働き方改革」では,医師の労働時間を規定内に収め,健康を守るとともに医療の質を維持することが目的とされている.特に消化器外科医は緊急性の高い症例や長時間に及ぶ手術を担当するため,他の診療科に比べて負担が重い.このため,各医療機関においても,消化器外科医に対する正当な報酬と休養を確保する体制の構築が求められている.
1)緊急手術に対するインセンティブ
休日・深夜・時間外の緊急手術には保険診療上で加算が適用されているが,条件を満たせば「休日・深夜・時間外加算1」を取得でき,病院の大きな収入源となる.この加算1の取得条件には,当該加算を算定する全ての診療科において,(1)または(2)のいずれかおよび(3)を実施していることが求められる.
(1)交代勤務制を導入しており,・・・・
(2)チーム制を導入しており・・・・
(3)医師が時間外,休日又は深夜の手術等を行った場合の手当等を支給しており,・・・また,休日等において,当該診療科に1名以上の緊急呼出し当番を担う医師を置いていること.(中略)
しかし現状では,この加算が病院の収入増や赤字補填に用いられ,緊急手術に従事する消化器外科医へのインセンティブに十分反映されていないことが多い.深夜に呼び出されて行う緊急手術という高負荷の労働に対し,正当な対価が支払われていない現状を受け,日本消化器外科学会は,緊急声明を通じて診療機関・病院へ改善の必要性を訴えている.
2)予定手術に対するインセンティブ
消化器外科における予定手術は,食道がん,胃がん,大腸がんなど,生命に直結する疾患が多く,他の診療科と比較して医師の負担が非常に大きい.手術の高度化および長時間化に伴い,医師への負担が増加し,術後管理も患者の高齢化や併存疾患の増加により複雑化している.診療報酬の改定によって高難度手術の評価は引き上げられたが,その収益は主に病院に留まり,現場で働く消化器外科医の待遇改善には十分に反映されていないのが現状である.
消化器外科医の育成には長い時間と厳しい訓練が必要であるにもかかわらず,それに見合うインセンティブを提供している医療機関は限られている.欧米では命に直結する技術に対して適正な報酬が市場原理によって決定されるが,日本では画一的な評価が一般的であり,消化器外科医は使命感だけで支えられている面が強い.この状況を放置すれば,待遇の低さにより消化器外科を志す医学生や研修医は減少し続けるだろう.
VII.基本給与の向上
医師全体の平均収入は高く見えるが,特に勤務医や大学病院の医師の給与は,開業医や自由診療に従事する医師に比べて低い場合が多い.消化器外科医の給与も画一的な評価が主であり,業務負担の大きさに見合った報酬が支払われていない現状が続いている.
VIII.集約化と役割分担
消化器外科医は,手術から化学療法,救急医療,緩和医療まで幅広く対応できるという印象があるが,実際には各分野が専門化されており,一人の医師がすべてを担うのは困難である.特に「消化器がんに対する高度な手術」は高度な専門性が求められ,複数の専門スタッフの協力が必要とされる.各臓器における高度な手術が一定の症例数を有する病院で行われる場合,術後30日以内の死亡率が低下するというデータも示されている.これらの手術を集中化することで,効率的かつ安全な施術が可能となる.また,その他の手術についても地域格差を解消し,均等化を図ることが重要な課題である.地域における消化器外科医の分布の偏りと関係するこの問題は,日本消化器外科学会としても積極的に取り組むべき課題として認識されている.
IX.おわりに
本稿では,消化器外科医の医師数減少に伴う現状と課題について述べ,若者が消化器外科を選ばない要因や,業務負担の大きさに対する不満,将来のキャリアパスの不透明さ,労働環境の改善が求められる点などを明らかにした.さらに,具体的な解決策として報酬や評価の見直し,キャリア支援,働き方改革を推進する取り組みについても示した.これらの施策は,消化器外科医の働きがいを高め,若手医師の積極的な参入を促すとともに,診療体制を維持するために必要不可欠である.また,医療機関においても,消化器外科医の労働環境の改善に向けた具体的な対策が求められている.今後も,国や学会,関連機関が連携し,消化器外科医がその専門性を最大限に発揮できる環境を整備することが重要である.
利益相反:なし
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