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日外会誌. 125(5): 394-398, 2024

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特集

乳癌治療における手術の省略について考える

2.手術省略の可能性を検討した臨床試験

1) 昭和大学医学部 外科学講座乳腺外科学部門
2) 昭和大学藤が丘病院 乳腺外科

林 直輝1) , 榎戸 克年2)

内容要旨
原発乳癌に対する術前化学療法は,近年,高い完全奏功率を得られることにより,乳房および腋窩手術の手術省略や縮小といったDe-escalationが期待されるようになった.このため,乳房整容性やQOLの改善を目指すための多くの臨床試験が行われている.乳房手術の省略に関しては,これまでの臨床試験の結果から,術前化学療法で完全消失を原発巣の手術は不可避であるというのが現在のコンセンサスである.しかし,低リスク群手術不要群がいることは間違いなく,進行中の前向き臨床試験の結果が期待される.また,化学療法が不要な低リスク症例に対してはラジオ波焼灼療法や乳癌凍結療法が期待される.腋窩手術の縮小手術の可能性に関しては,診断時にリンパ節転移が陽性でも,術前化学療法で臨床的に消失と判断された場合はセンチネルリンパ節生検にTargeted axillary dissectionを併用することが期待される.手術の省略後の重要な問題点として,長期予後への影響やどのような頻度やモダリティを使用したフォローアップが必要か確立されていない.より良い整容性,低侵襲を目指す手術のDe-escalationに対しての腫瘍学的安全性を確認するエビデンスの蓄積が必要である.

キーワード
Mastectomy, breast-conserving surgery, axillary surgery, sentinel node biopsy, target axillary dissection

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I.はじめに
原発乳癌に対する術前化学療法は,元来,手術不能な局所進行性乳癌を手術可能にする手段として始まったが,現在は切除可能な乳癌に対しても乳房および腋窩のdown-stagingに重要な役割を果たしている.これにより,乳房全切除の適応であったのが部分切除可能になる症例や,より小さな部分切除が可能になることで,整容性の改善に貢献してきた.近年,抗HER2薬や免疫チェックポイント阻害剤により,完全奏功(pCR)率も著しく上昇しており,HER2陽性乳癌では70%近く,トリプルネガティブ乳癌では50~60%のpCR率を得られるようになった.また,pCRであれば予後良好であることも示唆されるようになった上に,特にHER2陽性乳癌やトリプルネガティブ乳癌に対しては,術前化学療法への治療効果により,ハイリスク群には術後治療を変更するなどのレスポンスガイドの治療が予後を改善することが明らかになり,術前化学療法の意義は益々大きくなっている.しかし,部分切除術を行っても整容性の低下が否めない症例も多く,また腋窩郭清を行うことで,リンパ浮腫のリスクやQOLの低下を認める.これらに対し,乳房整容性やQOLの改善を目指す多くの手術のDe-escalationを試みる臨床試験が行われるようになった.手術の省略,縮小のためには腫瘍学的安全性を担保する必要がある.乳房と腋窩に対する手術を分けて述べてゆく.

II.乳房手術の省略の可能性
術前化学療法で完全消失した患者に対して,乳房手術を回避するアプローチが検討されている.手術の省略には,整容性の改善,患者の心理的身体的負担の軽減,医療経済的効果,医療従事者の負担の軽減が期待される.しかし,画像所見のみによるpCRの確認はできないため,外科的切除が必要なのが現状である.
われわれは本邦で術前化学療法後にMRIとUS所見で臨床的完全消失(cCR)が予測された症例に対し,VABを行いpCRを予測する多施設前向き試験を行った1).しかし,いずれのサブタイプにおいても,画像上cCRと判断した症例に対し,マンモトーム生検を追加しても,pCRに対する陰性的中率は低く,偽陰性率は高かった.海外でも,同様の試験がいくつか行われているが,MDアンダーソンがんセンターからの一つの研究を除いて,異なる手法や対象,cCRの定義に関係なく,乳房手術を省略するには十分な精度がないことが示された(表11)7).これらの結果から,原発巣の手術は不可避であるというのが現在のコンセンサスである.しかし,手術不要群がいることは間違いなく,今後は様々な因子を考慮した上で症例を選択する必要がある.
JCOG 1806試験は薬物療法により臨床的完全奏効が得られたHER2陽性原発乳癌に対する非切除療法の有用性に関する単群検証的試験である.特にHER2陽性乳癌の小さい腫瘍の臨床的リンパ節転移陰性(cN0)症例に対しての術前化学療法でcCRが得られた低リスク群を対象にしており,患者集積は終了しており,主要評価項目である3年無遠隔転移生存割合の結果が待たれる.韓国では,術前化学療法後MRIとVABでpCRが予測された患者に対する手術省略の多施設前向き単アーム非劣性試験OPTIMIST trialが進行中である.選択基準はcT1-2N0-2M0,トリプルネガティブ,HER2陽性,または低エストロゲン受容体(<10%)の場合,NAC後MRIの,病変のサイズが≤1cmであり,病変と背景の信号強度比が≤1.6の場合,としている.

表01

III.低リスク群に対する乳房非手術の現状
単発で腫瘍の小さく,リンパ節転移のない,low-riskの選択的な患者には非手術の選択肢が出てきている.侵襲性が少なく整容性も良好である可能性があるが長期予後のデータが待たれている.

・ラジオ波焼灼療法:
先進医療制度下で実施した医師主導特定臨床研究としての多施設共同研究「RAFAELO試験(NCCH1409試験)」によりラジオ波焼灼療法(Radiofrequency ablation:RFA)が2023年12月1日より保険診療となった.適応は腫瘍の大きさが 1.5 センチメートル以下の単発,cN0の限局性早期乳癌となっている8)

・乳癌凍結療法:
液体窒素を用いてがん細胞を凍結し,死滅させる凍結療法は,米国での多施設共同前向き試験「the ICE3 試験(NCT02200705)」194例の5年観察期間において,無再発率が96.3%,整容性も患者および医師の満足度も高く良好な成績であった.国内では限られた施設で自費診療下として行われているが良好な長期予後が期待される.適応は腫瘍の大きさが1.5cm以下(良性腫瘍の方にも適用),cN0,luminal A-likeである9)

IV.腋窩手術の縮小手術の可能性
cN0症例に対してはセンチネルリンパ節生検(SNB)を行うことが標準治療になっているが,診断時リンパ節転移陽性症例に対し,術前化学療法によって腋窩転移が約35~48%で消失することが報告されているが(表210)14),術前化学療法後のSNB単独では12.6~16.0%の偽陰性率があり,安全性は不十分であることがこれまでの前向き臨床試験で示されている11) 15) 16).このため,診断時に腋窩リンパ節転移を認める患者には腋窩リンパ節郭清(ALND)が現時点の標準的な治療法である.そこで,現在,SLNB単独の高い偽陰性率を補完すべき新たな方法が臨床試験として試みられている.

・Targeted axillary dissection(TAD)
診断時リンパ節転移陽性患者に対し術前化学療法前に転移リンパ節にclipを留置し,手術時にSNLBとクリップを留置したリンパ節を摘出する方法である.Kuemmelらはドイツの前向き試験study(SenTa)試験において,術前化学療法後リンパ節転移陽性患者199症例に対し,3年無浸潤癌生存率がTAD群 91.2%,腋窩郭清群82.4%,腋窩再発率がTAD群 1.8%,腋窩郭清群1.4%と同様のアウトカムであったことを示した.しかし,ypN0がTAD群 79.0%,腋窩郭清群40.0%と有意に差があったことから,治療効果が有効なycN0症例に良い適応になることが示唆されている.本邦では,海外のTADで行われている小線源を腋窩リンパ節に留置することは適応外であるため,われわれは,US下で留置可能なUltraCorTwirl(メディコン)を使用して長期予後を確認する原発乳癌リンパ節転移陽性患者における術前化学療法後腋窩郭清省略の多施設共同研究「LEISTER試験」を進行中である.

・Tailored axillary surgery(TAS)
TASのコンセプトは,明らかな転移リンパ節を摘出して,臨床的に陰性の状態に変え, 腋窩の腫瘍量を減らし,領域リンパ節照射でそれを制御できる程度にすることである.微小病変の量を減らすためのSNBもこのコンセプトに含まれる.進行中の国際的前向き試験としてのTAXIS試験(SAKK 23/16/IBCSG 57-18/ABCSG- 53/GBG 101; NCT03513614)では,手術先行症例と術前化学療法後に転移陽性も含まれている.触知したリンパ節とSNBとの組み合わせを基本として摘出し,他の画像的に疑わしいリンパ節の摘出は奨励されているが,必須ではない.TAS後にALNDを行った結果,70%で陽性リンパ節の残存が認められ,ALNDを受けていない患者は著しくステージングが低く評価されていることが示唆されている.しかし,この結果が術後全身治療の方針に影響を与えていなかった.2036年に試験終了予定であり,腫瘍学的予後とQoLの改善との関連が検証される予定となっている17)
ASCO ガイドラインでは,診断時に転移陽性でNAC後も臨床的にリンパ節陽性症例には,ALNDを推奨し,NAC後にリンパ節陰性症例には,腋窩の再ステージングのためにSLNB+TADを推奨としている.少なくとも三つのセンチネルリンパ節を摘出することと,センチネルリンパ節の転移有無にかかわらず,局所領域照射が推奨されている.しかし,エビデンスが弱く,Shared decision-makingをもって行うべきと明示されている18).また,JCOG乳腺グループにおいても腋窩リンパ節転移陽性原発性乳癌・手術先行症例に対する新たな腋窩縮小手術 Tailored axillary surgery(TAS)の安全性と有用性に関する Feasibility 試験が進行中である.

表02

V.おわりに
これまでの臨床試験の結果からは,原発巣の手術は不可避である.しかし,術前化学療法の高い治療効果の結果からは手術省略可能群が存在することは間違いない.更に,手術の省略後の重要な問題点として,長期予後への影響やどのような頻度やモダリティを使用したフォローアップが必要か確立されていない.より良い整容性,低侵襲を目指す手術のDe-escalationに対しての腫瘍学的安全性を確認するエビデンスの蓄積が必要である.

 
利益相反
講演料など:中外製薬株式会社
研究費:株式会社アズフレイヤ,サノフィ株式会社,第一三共株式会社,中外製薬株式会社
奨学(奨励)寄附金:エーザイ株式会社,コニカミノルタ株式会社,中外製薬株式会社

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文献
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2) Heil J , Kümmel S , Schaefgen B , et al.: Diagnosis of pathological complete response to neoadjuvant chemotherapyin breast cancer by minimal invasive biopsy techniques. Br J Cancer, 113: 1565-1570, 2015.
3) Narui K , Ishikawa T , Oba MS , et al.: Prediction of pathological complete response after neoadjuvant chemotherapy in breast cancer by combining magnetic resonance imaging and core needle biopsy. Surg Oncol, 35: 447-452, 2020.
4) Heil J , Schaefgen B , Sinn P , et al.: Can a pathological complete response of breast cancer after neoadjuvant chemotherapy be diagnosed by minimal invasive biopsy? Eur J Cancer, 69: 142-150, 2016.
5) Kuerer HM , Rauch GM , Krishnamurthy S , et al.: A Clinical Feasibility Trial for Identification of Exceptional Responders in Whom Breast Cancer Surgery Can Be Eliminated Following Neoadjuvant Systemic Therapy. Ann Surg, 267: 946-951, 2018.
6) Lee HB , Han W , Kim SY , et al.: Prediction of pathologic complete response using image-guided biopsy after neoadjuvant chemotherapy in breast cancer patients selected based on MRI findings:a prospective feasibility trial. Breast Cancer Res Treat, 182: 97-105, 2020.
7) Tasoulis MK , Roche N , Rusby JE , et al.: Post neoadjuvant chemotherapy vacuum assisted biopsy in breast cancer:can it determine pathologic complete response before surgery. J Clin Oncol, 36(15_suppl): 567, 2018.
8) Takayama S , Kinoshita T , Shiino S , et al.: Patients Offer Radiofrequency Ablation Therapy for Early Breast Cancer as Local Therapy (PO-RAFAELO) Study under the Patient-proposed Health Services. JMA J. 16: 505-512, 2023.
9) Fine R , Gilmore R , Dietz J , et al.: Cryoablation Without Excision for Early-stage Breast Cancer:ICE3 Trial 5-year Follow-up on Ipsilateral Breast Tumor Recurrence. ASBrS, 2024:Abst 1761458, 2024.
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