日外会誌. 125(3): 221-228, 2024
特集
Acute Care Surgeon―その活躍の場―
5.救急部門における活躍―迅速な外科的止血と蘇生のために―
大阪公立大学大学院医学研究科 救急医学 内田 健一郎 |
キーワード
救命救急センター, Acute Care Surgeon, Acute Care Surgery, 外傷, 診療体制
I.はじめに
本邦の外科を取り巻く現状として,臓器別細分化に並行して,低侵襲手術やロボット手術といった高難度手術の技術修得が求められるとともに,人口の高齢化に伴い,再手術や多々の併存疾病を有する高リスク患者の手術,急性腹症などの緊急手術への対応も必要である1)
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3).一方で,元首相が銃殺されるなどテロや鋭的外傷に対する危機感が高まっており,外傷診療やそれに伴う緊急手術を担える外科医の養成も期待されている.
医師人口を増やすべく医学部増設などの対策もなされているが,外科医の総数は伸びてはいない4).2024年からの働き方改革のもとでも社会からの需要に十分に応えるべく,適切な外科医の人員配置が重要かつ喫緊の課題である.
そのような中,Acute Care Surgeryという新たな外科領域が欧米を中心に確立された(図1).日本においてもその必要性や有効性が議論されてきているものの,まだまだ発展の途上であり,日本の現状や体制に則した基盤作りの段階である5)
6).本稿では,Acute Care Surgeonが活躍できる場の一つである救急部門について,救命救急センターに所属する立場から,外傷診療体制構築への効果,今後のAcute Care Surgeryの課題や展望について述べる.
II.外傷診療において救急患者搬入時から外科医が参画する有効性
重症外傷診療において,外傷診療に秀でたAcute Care Surgeonの存在が重要であることはもはや言うまでもない.低血圧で初療室に入室した患者では毎3分間の初療室滞在時間の延長は1%の死亡率増加をきたすと報告7)されているほか,腹部銃創患者においては病着後1時間以内に開腹止血に臨んだ患者においては,手術時間の10分の遅延は独立した合併症増加,予後不良因子であるとされる8).出血性ショックを伴う外傷患者の出血源の検索,輸血に対する血行動態の反応やそれに合わせた止血優先順位の決断,戦略や戦術の実施は容易ではない.外傷診療に洗練したAcute Care Surgeonが患者搬入時から立ち会って意志決定,実行していくことが重要である.ショックの患者において各損傷の臓器別外科医の到着を待つような時間は,外傷診療においてはあってはならない.
当院の3次救命救急センターへの救急車搬送台数は2014年以降コロナ禍での影響を併せても年間約800件から1,000件程度で推移しており,うち外傷患者は約60%の範囲を占める.初回迅速手術で終了した搬入時の収縮機血圧が90mmHg以下であった出血性ショックを合併した外傷患者に対する患者搬入から輸血開始までの所要時間は中央値(25%~75%四分位範囲)表記で16(8~24)分,最短で3分であった.患者搬入から止血術開始までの所要時間としては,蘇生的開胸手術を含めた外科的止血術においては32(14~47)分,最短で搬送から9分で止血術が開始されていた.血管内治療においては58(42~76)分であり,Acute Care Surgeonが初療から参画することで迅速に止血術までの意思決定と実行ができていることが伺える.2014年から現在に至り,2017年,2018年の留学期間,2020年,2021年の救命救急センターがCOVID-19重症患者収容施設となり一般救急診療を停止していた期間を除いた5年間での筆者単独の経験で,National Clinical Database (NCD)に登録されている外傷手術として主なものとしては上位から開胸心臓マッサージ術・大動脈遮断35件,腹部外傷における出血性ショックに対するダメージコントロール手術・開腹止血術46件,消化管関連手術82件,腸間膜損傷手術15件,肋骨観血的整復術20件,脾臓摘出術10件,肺非区域切除など肺関連手術11件,血管吻合術8件であった(表1).
III.外科医が救急部門に所属することによる外傷診療体制構築への貢献
当救命救急センターにおいて,Acute Care Surgeonが部内に所属することによる外傷診療体制の特徴や上述の効果を高める取り組みとして以下が挙げられる.
1.初療室緊急手術体制の構築
外傷患者の受け入れから外傷戦略を知るAcute Care Surgeonを常時1名は配備することにより,出血に対する外科的止血の判断が遅滞しない体制が構築可能となっている.当直外科医の判断でオンコールAcute Care Surgeonの召集,さらに増員を要す場合はキーワードでAcute Care Surgeon全員への『外傷Call』を行い,増員を図る.Acute Care Surgeonが救急部門に所属することにより,外傷の受け入れ開始時から最低人数での外科的止血を開始し,状況に応じて参集したAcute Care Surgeonによる手術加療の継続がシームレスに実施可能となっている.
2.初療室・手術室への緊急外傷止血コンテナ配備と電話1本での手術申込
外科医がいても手術が迅速に実施できなくては意味がない.当院初療室では搬入ベッドに無影灯,麻酔器を完備しており,患者の移動なく開胸開腹など緊急手術が実施できる.また隣室には別途救急用手術室を配備している環境であり,24時間いつでも手術が可能となっている.
また,手術に用いる硬性小物や一時止血に用いる物品は図2に示す通り外傷止血コンテナとしてセット化し,初療室・手術室に1セットずつ整備している.これにより,外回りの看護師や人員が手術中に頻繁に物品を取りに出入りするなどによる手術時間のタイムロスや人員の分散がなくなるのみならず,超緊急の手術申し込みの際も煩雑な電子カルテ上ではなく,手術室への電話連絡で「部屋と止血カートだけあればいい」とだけ伝えれば準備・手術実施が可能なようにシステムを整えている.
初療室における手術機器整備や迅速な連携体制の整備においても,Acute Care Surgeonが救急部門に所属することにより止血までの迅速な初動が可能であるほか,あらゆる臓器の止血に対応できる機材の選定や手術室看護師との迅速かつ簡素なコミュニケーションが可能となる効果が得られていると考える.
3.院内共通のMassive Transfusion Protocol (MTP)策定
外傷蘇生における輸血の重要性はもはや論を待たず,MTPの整備,製剤確保の重要性は既知の事実である.当院では初療室に濃厚赤血球O(+)製剤,新鮮凍結血漿AB(+)製剤を各々20単位ずつ常備している.これらの製剤は輸血部にて管理される体制とすることで,定期的に使用する訳ではない製剤の廃棄を最小限としている.2018年からはクリオプレシピテート製剤を導入している.MTPは輸血部への電話1本での発動が可能であり,濃厚赤血球:新鮮凍結血漿:濃厚血小板製剤が1:1:1でパッケージ化されて運搬されるように体制を整えている.このようなMTP体制の構築において救命救急センターに所属するAcute Care Surgeonがプロトコールを作成するのみでなく,関係各署との交渉を進めた.さらにAcute Care Surgeonが患者受入時から外傷診療に携わることで,迅速な輸血の開始,止血術の判断が可能となっている.
4.TML (Two Minutes Lesson) -科内共通言語・思考プロセス認知のためのツール-
Acute Care Surgeonと救急医,さらには大学病院でもあることから,研修医も含めた非外科医が外傷蘇生に対して共通の思考プロセスを以て協働することが重要である.このため例えば骨盤骨折の止血戦略,体幹部鋭的損傷に対する戦略決定,緊急輸血の手順など,約30項目各々を2分にまとめたスライドを使用し,毎朝の申し送り後に当科の基本的な診療方針・概念を順に供覧している(Two minutes lesson).救命救急センター所属のAcute Care Surgeonがこの場に同席することで,初療を共にする救命救急センター全スタッフとローテート研修医等が外傷の戦略や戦術決定のプロセスや診療指針を共有している.これにより,チーム内での迅速な意思疎通が可能となり,確実な戦略・戦術の実施を行うことができるようになっている.
5.多職種を交えたシミュレーショントレーニングと非外科医への外科的判断・手技の指導
当科では実際の症例ベースで具体的なケースを5つ想定し,多職種でのシミュレーショントレーニングを可能な限り連日繰り返し施行している(図3,図4).これにより,TMLで共有した戦略・戦術を実臨床に直結した実際の準備や手技,動線の確認・修正が可能となる.Acute Care Surgeonが常に救急部に配備され,これらシミュレーションにも参画することで,具体的な手技や実際の器材の整備,展開までシミュレーションが可能となっている.また,単純な創の縫合をはじめ,開胸や開腹の際の助手など,非外科医に対する詳細な外科的判断や手技の指導が伝わることもチーム全体における有用性の一つであると考える.
6.他科・他部門との連携
外傷患者の搬入は,救急隊からの入電があった時点で救命救急センター内のスタッフのみならず,麻酔科,手術室看護師,放射線技師にも共有される.Acute Care Surgeonが初療に加わることで,手術室や麻酔科への情報伝達や手術までの準備も当然迅速となるほか,各職種が患者到着前に初療室に参集し,ブリーフィングの時点から受け入れ体制や患者情報を共有することにより,迅速な戦略・戦術決定,実施が可能となっている.
IV.内因性救急疾患において救急患者搬入時から外科医が参画する有効性
内因性疾患において救命救急センターに所属するAcute Care Surgeonがどのように役に立っているかを考えた場合,第一には,定期手術に従事している臓器別外科医との分業により,診断や必要時の外科的治療が遅滞なくできる点である.これにより患者側観点からは不必要な待機時間や苦痛の長時間暴露を避け,敗血症や出血性ショックなど手術のみに限らない周術期の蘇生に必要な診断や治療が迅速に受けられる.また外科機能分化という観点からは,臓器別外科に求められる高難度定期手術に対応する外科医の労働時間の延長を被ることなく,地域の緊急手術依頼のニーズにも応えていく環境が構築できる.
外傷に限らず,急性腹症などの初期診療,診断から外科医が携わることについては,ACS教育においては珍しいことではない.筆者が従事した,欧州で最もACSが発展している国の一つであるFinlandのHelsinki Universityでは,ACSプログラムの一環として外科医が初期診断から診療に携わる教育が確立しており,若手外科医の診断能力向上トレーニングの一環とするシステムとなっている9).
二つ目に,敗血症や閉塞性ショックを含め,ショック患者への早期の外科的判断,対応が可能であることである.具体的に筆者の経験する事例として,大動脈解離や心筋梗塞に合併した心タンポナーデの解除のための迅速な剣状突起下心嚢ドレナージ,心室細動などでVeno-Arterial Extracorporeal Membrane Oxygenation (ECMO)のカニュレーションが困難な際のカットダウン,非閉塞性腸間膜虚血,下部消化管穿孔や重症軟部組織感染症による敗血症性ショック,重症熱傷への初期対応や迅速な外科的対応が待機時間なく可能であることは,患者にとっても非常に大きな意義があると考える.
また,Acute Care Surgeonが救命救急センターに所属することで,定型的な気管切開術や,ECMO離脱の際の血管形成,下肢血流障害の際の下肢送血など,集中治療の中で患者に必要な手技がセンター内で完遂でき,他科との日程調整などを最小限としえる.救急医,集中治療医とのセンター内での連携やチーム医療においてAcute Care Surgeonの存在が重要となっている.
V.外科医としてのトレーニングと技能維持
筆者は名古屋第二赤十字病院(現日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院)での初期臨床研修修了後,同院心臓血管外科で6年間の修練を行った.年間約350件の開心術やステントグラフト,下肢血管内治療の修練を積んだ.同院も3次救命救急センターを有しており,自身の経験した外傷症例や,進むべき路について多くの諸先輩方の御助言を賜った結果,現在大阪公立大学にて外傷診療・ACSに従事するに至っている.
銃創を含めた鋭的外傷への対応能力向上や外傷診療の原則原理を追求し,またACSの修練を集中的に学びたく2017年から2018年にかけてフィンランド・ヘルシンキ,南アフリカ共和国・ヨハネスブルグ,米国・マイアミの外傷センターにて修練を積んだ.
現在所属する大阪公立大学は,ISS>16以上の外傷症例が年間約100件程度搬送され,2018年以降,NCDに登録される年間の手術件数としては外傷関連手術がコロナ禍を除き80~100件,内因性救急外科症例が約120~140件あり,特に救急外科領域において年々依頼手術件数は増加している.
日本において,救命救急センターに所属しながら外科診療を続けるにあたり,いくつかの課題も抽出される.外科医に求められる手術技能としては,ACSでは定期的な予定手術が組まれるわけではないため,近年のACS領域での内視鏡手術修練なども考えると,若手外科医の手術総経験,修練や技能維持のためには各臓器別外科との連携や修練プログラムの共有が必須であると考える.
また,学術面としても例えば腫瘍関連救急疾患である場合,ACSのエビデンス,腫瘍外科としてのエビデンスを集約して治療に臨む必要があり,これらの最新の知識や知見の共有や定期的なアップデートが双方に求められる.いかにこれらの協働を図っていくべきか,これからAcute Care Surgeonを志す外科医のためにしっかりとした座組みを整えることが重要である.
VI.Acute Care Surgeryが発展していくために
ACSが既に定着している米国においては,従来から外傷センターで外科医が外科の一部門として外傷診療に携わっていた中で,内因性にも対象を拡大することでACSが誕生し,発展してきた10).
一方日本では,外傷診療やその教育は,救急医学あるいは救急部門で主に取り組まれてきた背景もあり,外傷診療における外科医の関わり方の背景が異なる.外傷蘇生に必要な止血戦略や戦術には紛れもなく外科医の力が必要である.日本外科学会は2019年よりテロや多数傷病者に即応できる外科医を育成すべく外傷外科医等育成事業を発足させており,外傷診療における外科医の必要性を普及させつつ,戦略的思考や診療技能向上に努めている11).重症外傷は多くが3次救命救急センターに搬送される一方で,急性腹症を含めた内因性救急外科に関しては,基本的には主に2次救急医療機関に搬送され治療を行われていることが多いと思われる12).現状多くの症例数を有し,ACSを支えているのが2次医療機関であると同時に,高齢化や多疾患併存患者が多くなることで周術期管理にもいっそう難渋することも想定される.重症度によっては近隣2次医療機関に過剰な負担とならぬよう高次医療機関が緻密な連携を図り,人材交流や症例の提携・協働を進めていく必要がある.
また,ACSの機能分化が重要とAcute Care Surgeonだけが主張しても,手術室が空いていない,あるいは手術直介の看護師がいない,などとなっていては有効に機能しない.消防や地域医療機関からの需要に応じる形で傷病者収容や手術を担い,また臓器別外科の協働のためにも,特に麻酔科,手術室との普段からの連携構築や緊急手術への理解を深めつつ,システムや環境整備をしていくことが重要である.
VII.おわりに
重症外傷や敗血症など,ACSの診療領域では基本的に患者は生理学的異常を伴っており,第一に生理学的視点からの蘇生を主眼とした対応が求められる.この理由からも,Acute Care Surgeonが救急部門に所属して蘇生初期から迅速な外科的判断と実行ができる点で非常に有用であり,その貢献度は高いと考える.
一方で臓器別外科が日常業務として行う待機手術は根治性,解剖学的視点という異なる戦略的・戦術的対応が求められる.今後は双方の専門性,強みを患者に提供できる外科教育のシステム作りが,外科医の機能分化という意味で重要であると考える.
利益相反:なし
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