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日外会誌. 125(1): 69-70, 2024

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(136)

―診療に関与していない医師のカルテ閲覧等が違法とされた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
丹毒, 電子カルテ, 個人情報, プライバシー侵害

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【本事例から得られる教訓】
医師は,診療に関与していなければ,たとえ患者の親族の依頼があったとしても原則としてその患者のカルテを閲覧することはできない.訴訟になると違法と判断される可能性もあるため十分に留意したい.

1.本事例の概要(注1)
今回は,患者の長女からの依頼により,患者の診療に関与していない医師が患者のカルテを閲覧したこと等が違法とされた事例である.患者の親族から本人の病状等について尋ねられることは外科医としても珍しいことではないと思われることから,紹介させて頂く次第である.
患者(女性・年齢は不詳)は,顔が腫れたことから,平成29年12月25日,本件病院(以下,「病院」)を受診し,左顔面丹毒と診断され,血液検査の結果をみて入院の要否を判断されることになった.
患者は翌日の12月26日,入院の準備をして病院を受診したが,入院の必要はなく通院治療で足りると判断された.患者の夫は,同日に患者が受診する前に患者の子であるAに電話をし,患者が入院になるかもしれない旨を告げていたが,患者は受診後,Aに電話し,検査の結果入院する必要はなくなった旨を説明した.
B医師(小児科:本件病院に勤務)は,娘のバレエ教室つながりにより,Aといわゆるママ友の関係であったが,平成29年12月27日のバレエの発表会でAに会った際に,患者の病状を確認してもらいたい旨の依頼を受けた.
平成29年12月28日,B医師は病院に出勤した際に,付与されているIDを用いて患者のカルテを閲覧し,患者の病状や診療経過等を確認した.そしてLINEでAに対し,患者は入院していなかったことや血液検査がよくなっていたから安心してほしい旨を伝えるとともに,「個人情報の問題があるから,お母さまにはみたこといわないでねー.」等のメッセージを送信した.AはB医師に対し「安心したわー.ありがとう.」等と返信した.
ところでAは,平成30年頃にはその夫との間で離婚について話合いをするようになっていたところ,夫との間で子の監護について揉めるようになり,家庭裁判所に子の監護者指定や子の引渡しを命じる審判の申立て等(以下,「家事事件」)を行った.B医師は,家事事件において,監護者はAの夫が望ましい旨の陳述書を作成し,Aの夫は当該陳述書を裁判所に提出した.Aはそのころに患者に対し,B医師のカルテ閲覧等について告げ,患者はこれを知るに至った.患者はB医師が正当な理由なく患者のカルテを閲覧したことやその内容をAに伝えたことは患者のプライバシー侵害(不法行為)に当たるとして,損害賠償を求め訴訟提起した.

2.本件の争点
B医師が患者のカルテを閲覧した行為およびその内容をAに伝えた行為がプライバシー侵害にあたるか.

3.裁判所の判断
裁判所は,医療情報は医師と患者との信頼関係に基づく治療行為等に関する情報で,私事性の高い情報と言えること等から,患者は自らの医療情報が保護されることにつき合理的な期待を有しているとし,B医師は付与されたIDを明らかに目的外使用しているとした.そしてカルテの閲覧行為は,Aの依頼によりAの心情に配慮するものにすぎず客観的に必要性に欠ける行為であるとして,B医師のカルテ閲覧行為は,付与された権限をいわば濫用して私事性の高い医療情報を閲覧するもので,患者の医療情報の保護に対する合理的な期待を裏切るもので,不法行為(プライバシー侵害)が成立するとした.
次に,B医師が閲覧した医療情報をAに提供した行為について検討され,B医師の閲覧した情報は私事性の高い情報で,正当な理由なく第三者に開示されないという利益が保護されている情報であるとして,B医師の情報提供行為は患者のプライバシーを違法に侵害するものであると認定した.
なお,裁判所は,B医師の行為はAからの働きかけにより行われたものであるが,だからといってB医師の各行為は何ら正当化されないとした.ただし,本件情報提供の相手は患者の子のAだけであったことや,患者がAに対し病状を伝えることを殊更に避けていたという事情も見当たらないこと等を踏まえ,損害額(慰謝料)は5万円とされた.

4.本事例から学ぶべき点
医療情報が待合室において第三者に聞こえてしまったことによるプライバシー侵害については,各医療機関で注意喚起していただきたい内容として以前に紹介させていただいたところであるが(注2),今回の裁判例についても,気を緩めるとどの医療機関においても生じかねない事例ではないかとも思われたことから,紹介させて頂いた.
本件のB医師には悪気はなかったであろうし,患者とAが親子であるということ等の事情もあったからこそ,Aからの依頼に応じてしまったものと思われる.そして,私見であるが,本件の経緯を見る限り,B医師とAの間の人間関係にもつれが生じたようであり,それをきっかけに訴訟へと発展したような節も窺われる.
しかし,もちろん親からみれば子であっても第三者に該当することは明白であるし,人間関係が良好であればトラブルにはならないという考え方が許されるものでもない.別の言い方をするならば,医師が患者の親族と親しい関係にあったり,私生活でも親密な関係にあったりする場合には,個人情報の落とし穴が潜んでいるとも言えるため,気を引き締めたい.
なお,本件では,賠償額は高額ではないとは言え,病院も監督者責任を問われ,病院にも不法行為責任が肯定されている.各医療機関において,電子カルテの閲覧やID使用等に関する運用について,今一度確認しておく良い機会ではないかと思われる.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 大阪地裁 令和4年1月27日判決.
注2) 岩井 完 , 山本 宗孝 , 浅田 眞弓 ,他:―待合室で患者に診療経過を伝えたことがプライバシー侵害とされた事例―.日外会誌,124(4):365-366,2023.

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