日外会誌. 125(1): 43-48, 2024
特集
学会活動,診療・研究にSNS等のツールをどう活用するか
6.動画サイトを利用した手術手技の向上
金沢大学 消化管外科 稲木 紀幸 |
キーワード
手術動画, 動画サイト, YouTube, 外科教育, Off-the-job training
I.はじめに
20世紀後半から21世紀初頭にかけて,映像技術やインターネットの発展に伴い,高解像度の動画の撮影,編集,共有が容易になり,手術の詳細なプロセスを視覚的に捉え,共有することができるようになった.これに伴い,外科教育の姿も変化してきた.従来,手術手技は師匠と弟子の間で「見て覚える」という形式で伝えられていたが,動画技術の普及により,より多くの医師が同じ手技を学ぶことが可能となった.本章では,手術手技の向上のために利用されてきた動画の歴史から,手術動画サイトの現状,その効果や課題について述べる.
II.手術動画の歴史
1980年代後半から1990年代にかけて,手術の動画はVHSテープなどの形式で主に教育目的で利用されていた.1990年代後半から2000年代初頭にかけて,DVD技術の普及に伴い,手術の教育やデモンストレーション用の動画がDVD形式で提供されるようになった.DVDはVHSに比べて高い画質,再生の便利さ,データの耐久性などの利点があり,多くの医療機関や教育機関で利用されるようになった.メディアの大きさ,軽さの点からも携帯性に長け,気軽に多く配布できるようになったと言える.
2000年代初頭,インターネットの普及とブロードバンド接続の高速化により,オンラインでの動画共有が現実的になった.物理的なメディア(DVD)からデジタル配信への移行が進む中で,多くの内容がオンラインでアクセス可能となった.しかしながら,詳細な外科手術をオンライン上で配信するには,情報量が多くなるため,圧縮した動画に質を落とす必要が生じ,十分な教育コンテンツとまでは今一つという状況であった.
2005年のYouTubeの登場以降,一般的な動画共有プラットフォームが急速に普及してくると,医師や医療機関もYouTubeからさまざまなコンテンツを公開し始め,DVDのような物理的なメディアの必要性が低下してきた.一方で,個人情報の公開に配慮が必要であり,人体解剖という一般の視聴者には視覚的にセンシティブな手術動画ということになると,YouTubeで公開するということは当然憚られることになる.
2010年代に入ると,WebSurg(図1)やVuMedi(図2)など,手術や医学に特化した動画共有サイトが出現し,これらのサイトは,医師や医学生をターゲットとした高品質なコンテンツを提供するようになった.これらの専門的な動画サイトは会員登録制であり,医師が自身の身分詳細を登録した上で,サイトにログインをして動画を視聴する形式であるため,より専門的な内容と手術動画が閲覧できるようになった.手術動画を動画サイトからストリーミングすることはもちろん,近年では会員それぞれの動画をサイトにアップして会員同士で手術の供覧ができるしくみを採用しているサイトも多くなった.
2010年代後半から,仮想現実(VR)や拡張現実(AR)技術が医療教育に導入され始め,動画と組み合わせたリアルタイムのシミュレーション学習も可能となってきている.
III.手術動画サイトの現状
まずは多様性が増加してきたことがいえる.多くの医師,病院,教育機関が手術動画をオンラインで共有できることにより,さまざまな手技,方法,専門の手術が網羅されてきている.WebSurg, AIS channel, Upstreamなど,医学や手術に特化した専門的なプラットフォームが非常に多く成長し,その利用者数やコンテンツの数は増加傾向にある.その他,医学系SNSサイト,医療系企業のオリジナルサイトなども多くあり,外科医はこれら複数のサイトに登録してコンテンツを享受している.PubMedでキーワードを“YouTube”と“Surgical video”の2語で検索すると,近年論文数が顕著に増加していることがわかる(図3).
動画の品質においては,4Kといった高解像度の手術映像が標準的に記録されており,その圧縮映像も詳細な解剖を理解するに足る品質となっている.インターネット環境の発展により,高解像度の動画を遅延や乱れなく視聴できるようになった.360度カメラを用いたVR対応の手術動画など,技術の進化に伴い,これらの高品質でリアルな手術動画も公開されている.
新型コロナ感染症のパンデミック下で普及したweb会議システムは,手術動画の共有をインタラクティブに行える機能を有している.そこに,コメント機能やQ&Aセクションが備わっていることにより,外科医同士,または指導医と修練医との間での意見交換や質疑応答が容易に行えるようになっている.ビデオ配信と同時に指導を受けられる効果が期待されている1).学会などでは,手術動画を教育カリキュラムやトレーニングプログラムの一部として組み込む取り組みが進められている.医療技術や手術手技は日々進化しているため,動画サイトもその内容を定期的に更新し,最新の情報を提供することが求められている.
IV.手術動画サイトの教育的効果
即時性とオンデマンド効果:手術動画サイトの利点や効果は多岐にわたる.会員登録すれば,無制限のアクセスが可能となり,オンラインの動画サイトを使用することで,いつでも,どこからでも手術の映像を参照することが可能である.また,世界のさまざまな地域や医療機関,専門家からの手術動画がアップロードされているため,多岐にわたる手法や技術を学ぶことができる.
テキストや静止画よりも動画という性質を活かし,実際の手術の流れや手技を直感的に理解するのに役立つのはもちろん,世界中の専門家の手術手技を見ることができるため,最新の方法や技術,または特定の疾患や症例に対する特別な手法を学ぶことができる.On-the-job trainingは,手術症例スケジュールに左右されるが,多様性の多い手術動画コンテンツがあれば,現場の手術スケジュールが教育的に網羅されていなくても,それをOff-the-job trainingとして補完可能である2).手術動画サイトを活用した有効性を報告する論文は多く存在している3)
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9).その一方で,YouTube ビデオ学習の品質を評価したところ,いくつかの重要な教育基準がまだ欠けており,改善の余地があることを指摘する報告10)もあり,controversialであることも念頭に置く必要がある.
過去には,エキスパート手術を学ぶために,現地の手術見学へ赴く必要があったが,手術動画コンテンツを利用すれば,実際の手術やトレーニングセッションに参加することなく,無料または低コストで手術手技を学ぶことができる.働き方改革が謳われる昨今,コストのみならず,時間の有効活用にも貢献される.新しい医療器具や技術導入が速やかに手術動画として共有されれば,医師は新しい技術の導入を迅速に知ることができる.近年普及がめざましいロボット支援手術の導入プロセスの中にも,動画が活用されうる.
さらなる手術動画の効果として言われているのが患者教育の面である.手術を受ける予定の患者が,手術の手順やその他の情報を理解するための資料として動画を参照することが行われている11).
V.手術動画サイトの課題
手術動画サイトには多くの利点がある一方で,課題や懸念点が存在する.
1.品質のばらつき
手術動画の質は,アップロードする医師や機関によって大きく異なる可能性がある.一部の動画は,技術的または教育的に不適切な内容を含むことがある.
2.誤情報の拡散
間違った手術手技や情報が共有されると,それを参考にした医師や学生に誤った知識や技術が伝わる恐れがある.
3.プライバシーと患者の権利
手術動画の公開に際して,患者の同意を得ることは必須だが,十分な同意が得られていないケースも考えられ,患者のプライバシーや権利の侵害につながる可能性が懸念される.
4.著作権の問題
特定の手術手技や方法が著作権や特許に関わる場合,無許可での動画公開は法的な問題を引き起こす可能性があり,注意が必要である.
5.アクセス制限
一部の動画サイトは,専門家や特定の団体のみにアクセスを制限しているため,一般の医師や学生が必要な情報にアクセスできない場合がある.
6.技術的障壁
高解像度の動画やVR対応の動画は,高性能な機器や高速なインターネット接続を必要とすることがある.これが,一部の地域や機関でのアクセスを制限する要因となることがある.
7.継続的な更新の必要性
医療の技術や手法は日々進化しているため,手術動画も常に最新の情報を反映させる必要があるが,継続的な更新が行われない場合,古い情報が残り続ける問題がある.
8.評価やフィードバックの不足
多くの手術動画サイトでは,動画の品質や内容を評価する明確な基準やフィードバックシステムが不足している場合がある.これにより,ユーザーが良質な情報を判断しにくくなる可能性がある.
VI.課題の解決と将来展望
手術動画サイトの課題を克服し,より高い教育的効果を得るための以下の展望が挙げられる.
1.質の確保と監査
動画の質を確保するために,専門家による監査やレビューシステムを導入することが考えられる.信頼性の高い組織や団体が,動画の内容やその情報の正確性を検証することで,利用者は安心して学習を進めることができる.
2.対話型学習ツールの導入
動画を見ながら,学習者がリアルタイムで質問を投稿できる対話型の学習ツールを提供することで,より深い理解を促進できる.
これらの展望を追求することで,手術動画サイトは医療教育の質をさらに向上させ,多くの外科医や医学生にとっての貴重なリソースとなるだろう.
VII.おわりに
手術動画サイトは,医療の進歩と共に,医学教育の重要なツールとして急速に成長してきた.ビジュアルラーニングの効果を最大限に活用し,実際の手術シーンを再現することで,臨床現場での準備やスキルの向上に大きく貢献している.現代の技術を駆使し,ユーザーのニーズに応じて進化し続ける手術動画サイトは,今後も医療分野の教育と研修の進化において欠かせない存在となる.その効果を最大化し,広大な医学コミュニティに真の価値を提供するためには,質の確保,ユーザー体験の向上,そして常に更新される医学知識への対応が求められる.これを乗り越え,持続的な進化を遂げることで,手術動画サイトは次世代の外科医の学びと成長をサポートし続けることができるだろう.
医療技術の進歩と教育の両方に寄与するこのようなプラットフォームの存在は,社会全体の健康と福祉の向上に寄与するものであり,その重要性と価値は大きい.
利益相反:なし
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