日外会誌. 125(1): 1, 2024
Editorial
外科領域におけるエクソソームの可能性について
順天堂大学病院 管理学 小林 弘幸 |
近年,エクソソームに代表される細胞外小胞(EVs: Extracellular vesicles)の研究が加速度的に進展し,様々な生理機能や病因との関連が示唆されている.EVsはほぼ全ての細胞が分泌する脂質二重膜で囲まれた小型の膜小胞で,体液や細胞培養液中に数多く存在しており,動物細胞の出すEVsの中でもsmall EV(直径50〜150nm程度)を主にエクソソームと呼んでいる.EVsは,分泌細胞由来のタンパク質や脂質,核酸(mRNA,microRNA:miRNA等),代謝物質などを内包し,新たな細胞間情報伝達媒体として注目されており,生理的または病態生理的機能の解明および,診断や治療の臨床応用研究が急速に展開されている.
現在,EVsの研究はほぼ全ての領域(免疫,神経,内分泌,がん等)で行われており,特に外科領域では,エクソソームの創傷治癒の促進および,瘢痕形成の抑制効果について注目されている.10年ほど前から,皮膚のリモデリング,組織の血管新生,および毛包の再生の促進において,脂肪,骨髄,臍帯血などに由来する間葉系幹細胞(MSC)の持つ優れた治療効果やその臨床応用が研究されてきた.しかしその後の研究により,MSC由来のエクソソームには,創傷治癒の促進とケロイド形成の軽減において,MSCと同様の効果があることがわかってきた.また,幹細胞医療では保存の問題,腫瘍形成性,免疫拒絶,および倫理的問題などがあるが,エクソソームにはそのような問題がほぼないことから,研究のターゲットはMSCからエクソソームに急速に置き換わりつつある.
MSC由来のエクソソームは,血管内皮増殖因子 (VEGF),トランスフォーミング増殖因子-β1 (TGF-β1),肝細胞増殖因子 (HGF) などのサイトカインや,細胞増殖,免疫調節,細胞外マトリックス(ECM)などの蛋白産生を制御するマイクロRNAを多量に内包している.このようなエクソソームは,線維芽細胞,ケラチン形成細胞,免疫細胞,血管内皮細胞などに取り込まれ,創傷循環の改善,血管新生の促進,抗炎症効果などによって良好な創傷治癒を促進することができる.
さらに術後に問題となる瘢痕形成,特にケロイドの治療において,MSC由来のエクソソームは,創傷治癒過程における炎症と過剰な線維形成を抑制する能力があることが明らかとなってきている.創傷患部にエクソソームを経皮的に注入すると,プロコラーゲンタイプⅠとマトリックスメタロプロテアーゼ1(MMP-1)の発現が制御され,真皮コラーゲンの沈着と分解に影響を与えることが報告されている.
このように,エクソソームには創傷および瘢痕形成において,正常な生体反応に近い治癒効果をもたらす可能性がある.さらに,エクソソームはエレクトロポレーションなどによる機能分子の導入や,親細胞への遺伝子導入などの修飾により,効果を高めることも可能である.今後,エクソソームの機能解明と臨床応用への適応を拡大することにより,外科領域においても治療への応用が期待される.
利益相反:なし
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