日外会誌. 124(3): 246-252, 2023
特集
がん診療における層別化医療の現状と今後の展望
4.肺癌(非小細胞肺癌)における層別化医療の現状と今後の展望
千葉大学大学院医学研究院 呼吸器病態外科学 鈴木 秀海 , 吉野 一郎 |
キーワード
非小細胞肺癌, 病期分類, 手術適応, 周術期治療, 層別化医療
I.はじめに
肺癌はわが国の癌死の第1位(75,585人/2020年)であり,罹患率は大腸癌に次いで2位(126,548人/2019年)である.喫煙が危険因子であり,喫煙者は非喫煙者と比較して男性で4.4倍,女性で2.8倍に肺癌になるリスクが高くなることが知られている.肺癌の組織型はまず小細胞肺癌と非小細胞肺癌に分けることができ,非小細胞肺癌では,さらに腺癌,扁平上皮癌,大細胞癌等に分類される.この特集では非小細胞肺癌の治療について概説を述べる.
II.肺癌の診断
肺癌の治療方針は,まずTNM分類に基づく臨床病期で,手術,薬物療法,放射線併用化学療法などの大まかな治療方針を決定するため,病期診断は必須である.以前は胸腹部造影CTを中心に骨シンチグラフィや脳MRI等で病期診断が行われていたが,FDG-PET/CTの普及により,遠隔転移やリンパ節転移の評価はより正確となっている.近年ではEBUS-TBNAやEUS-FNAなど比較的低侵襲で高精度の組織診断が可能となっており,その有用性に関するエビデンスが積み重ねられている.生検検体を用いたドライバー遺伝子変異/転座検査およびPD-L1発現検査は重要な役割を担う.複数のドライバー遺伝子に対する標的治療の有効性が確認されており,他癌種を牽引する分野である.
III.非小細胞肺癌の病期別および画像や遺伝子異常に基づく治療方針の決定
非小細胞肺癌の治療は臨床病期,遺伝子異常の有無,PD-L1発現状況に従って治療方針が決定するため,それぞれの治療ストラテジーを2022年12月に改訂された肺癌診療ガイドライン2022年版に準じて要点を述べる1).
① 臨床病期Ⅰ-Ⅱ期
臨床病期Ⅰ-Ⅱ期肺癌で標準手術が可能な患者に外科切除は推奨できるかのクリニカルクエッションに対して,推奨の強さ1で外科切除を推奨すると記載されている(図1).悪性腫瘍に対する手術適応には,根治的手術と症状緩和目的の姑息的手術があるが,原発性肺癌においては姑息的手術の適応はほとんどなく,根治が期待できるかどうかが重要となる.十分な術前評価を行ったうえで,外科治療のメリット,デメリットを良く説明して同意を得る必要がある.手術適応には組織型や病期による適応と全身の機能的評価等を含めた総合的な判断が求められる.PS0-1の患者が一般的な適応となるが,PS2以上や高齢者,併存症を有する患者では慎重な評価が要求されるとともに,社会背景,家庭環境などを総合的な検討が必要な場合もある.2010年の肺癌外科手術症例18,973例の検討によると全体の5年生存率は74.7%と経年的に改善傾向であり,臨床病期0期(97.0%),ⅠA1期(91.6%),ⅠA2期(81.4%),ⅠA3期(74.8%),ⅠB期(71.5%),ⅡA期(60.2%),ⅡB期(58.1%)であった2).
1960年代にCahanらにより肺葉切除術とリンパ節郭清を行うRadical lobectomyという概念を確立し,「肺葉切除術+リンパ節郭清」が標準術式として認識された.1995年のLung Cancer Study Group(LCSG)による肺葉切除術と縮小切除術のランダム化比較試験3)では,いくつか問題は指摘されているものの,臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌を対象に縮小手術の再発率,生存率が不良であることが示され,呼吸機能の優位性も1年で消失することから,現在まで肺癌の根治術としては肺葉切除術が標準術式となってきた.しかしJapan Clinical Oncology(JCOG)から腫瘍最大径2cm以下の非小細胞肺癌のうち,胸部CTで広範囲にすりガラス濃度を呈する肺癌は病理学的に非浸潤癌であることが報告され(JCOG0201試験),この報告に基づき,充実成分最大径/腫瘍最大径比(CTR)≦0.25の末梢型肺癌に対して縮小手術を行う前方視的試験が行われ(JCOG0804/ West Japan Oncology Group (WJOG)4507L試験),2022年版では,「臨床病期ⅠA1-2期,充実成分最大径/腫瘍最大径比≦0.25の肺野末梢非小細胞肺癌に対して,縮小手術(区域切除または楔状切除)を行うよう推奨する」と追記された.
さらに日本と北米で最大腫瘍径2cm以下の末梢型非小細胞肺癌に対して,肺葉切除と縮小切除を比較する第Ⅲ相試験が行われた.本邦からのJCOG0802/WJOG4607L試験では,非劣性試験として行われたにも関わらず,区域切除術が肺葉切除術に対するOSの優位性が証明され(5年生存率:肺葉切除91.1%,区域切除94.3%),OSにおける区域切除のハザード比は0.663であった4).Cancer and Leukemia Group B(CALGB)140503で行われた末梢小型病変に対する縮小手術 vs. 葉切除の比較試験(WCLC20220)でも,縮小手術群が楔状切除を多く含んでいるにもかかわらず無再発生存における非劣性が示された(5年生存率:縮小手術80.3%,肺葉切除78.9%,5年無再発生存率:縮小手術63.6%,肺葉切除64.1%).以上より「臨床病期ⅠA1-2期,充実成分最大径/腫瘍最大径比>0.5の肺野末梢非小細胞肺癌に対して,区域切除または肺葉切除を行うよう推奨する.」が推奨の強さ1で加わった.
病期Ⅰ-Ⅱ期で手術不能や手術希望のない患者に対して,放射線単独治療が局所的根治治療として選択肢となる.根治的放射線治療の方法としては,体幹部定位放射線治療(SBRT)が広く普及している現状からも,線量の集中性を高める高精度放射線治療が勧められる.粒子線治療も同様に高精度放射線治療の一つであるが,現時点では肺癌に対して保険診療としては認められておらず,先進医療として行われている状況である.
② 臨床病期Ⅲ期
ⅢA期の方針に対しては,非常に多様な病態であり,古くから議論が繰り返され,現在も特にN2臨床病期ⅢA期に対して多くの臨床研究の対象となっている.臨床病期N2に絞ってみても,bulkyやinfiltrative N2と分類される完全切除が困難な節外浸潤しているN2に対しては,化学放射線治療が標準治療となる.CTで腫大しているが完全切除が可能なリンパ節やFDG-PET検査で集積しているがあまり腫大してないdiscrete N2と呼ばれる状態では,画像診断のみならず確定診断をつけることを検討する.肺癌合同登録委員会からの報告で11,663例の肺癌切除症例に対する研究5)では,約45%の症例で臨床病期N2が過大評価されたことが示されており6),FDG-PET/CT検査に加え,EBUS-TBNA等で確定診断をつけることが推奨されている.組織学的にN2と証明された場合は,外科単独治療は推奨されておらず,集学的治療を行うべきである.手術を前提として導入療法後に手術を行う場合と,手術を先行して行う場合には,術後補助化学療法が推奨されるが,導入療法後の手術が良いのか,切除後の補助化学療法が良いのかはまだ議論のあるところである.
臨床病期T4N0-1のⅢA期症例に対して(図2)は,大規模なランダム化比較試験は行われておらず,ケースコントロール研究での考察となる.大動脈,上大静脈,左房,横隔膜,気管分岐部などの合併切除した報告では選択された患者では比較的成績は良好である.肺癌合同登録委員会からの報告では,浸潤するT4臓器による5年生存率に有意差はなく,T4N0-1で70歳未満であれば,5年生存率は50%を超えると報告されている7).PS良好,N0-1で症例選択を適切に行った上で行う手術であれば手術は選択肢として許容される範疇であると考えられる.以上より臨床病期ⅢA期は様々な集団に予後の観点から分類できる母集団であり,その治療方針の決定のためには,呼吸器外科医のみならず,内科医,放射線治療医を含めた集学的治療グループで検討を行うことが強く推奨されている(図3).
切除不能局所進行非小細胞肺癌に対するメタアナリシスの結果,CDDPを含む化学療法と放射線療法の併用群の生存率が放射線単独群の生存率に比して有意に良好であった(HR 0.87,P=0.0052,2年時点での死亡リスクを15~30%減少)8)9).以上より切除不能局所進行非小細胞肺癌で全身状態良好の患者に対して,化学放射線療法を行うよう勧められる.さらに同時化学放射線療法後にデュルバルマブによる地固め療法を検証する第Ⅲ相試験(PACIFIC試験)が報告されている.Primary endpointはPFS,OSで,それぞれPFSはHR 0.52(16.8カ月vs 5.6カ月,95%CI:0.42-0.65,P<0.001)10),OSはHR 0.68(99.73%CI:0.47-0.997,P=0.0025)11)だった.以上より同時化学放射線療法後,病勢がコントロールされている切除不能Ⅲ期非小細胞肺癌を対象としたデュルバルマブによる地固め療法を行うよう推奨されている.切除不能のⅢ期非小細胞肺癌で化学療法併用不能なものに対する放射線単独療法は1本のランダム化比較試験の結果12)のみではあるが,すでにコンセンサスとして標準的に行われており治療選択肢として推奨されている.
③ 周術期の層別化治療
外科治療の対象となるⅠ-Ⅲ期非小細胞肺癌に対しては,外科切除に加えて,周術期に化学療法または放射線療法を追加することで,治療成績のさらなる改善を目指す試みが行われてきた(図4).Ⅰ-Ⅲ期を対象にテガフール・ウラシル配合剤(UFT)の効果を検証した四つの臨床試験を加えて行われたメタアナリシスの結果,全体で5%の5年生存率の改善を認め,UFTの有効性が確認された13).組織型別にみると,腺癌がHR 0.69,扁平上皮癌がHR 0.82であった.以上より病変全体径>2cmの術後病理病期ⅠA/ⅠB/ⅡA期(第8版)の完全切除,腺癌症例(推奨の強さ1),非腺癌(推奨の強さ2)に対してUFT療法を行うよう勧められるとなった.本邦発のエビデンスであり,ガイドラインにも記載されているが,国際的な流れや今後の承認されてくる治療次第でどうなっていくのか注視が必要である.また2cm以下のⅠA1-2期に関しては再発率が低く,化学療法や放射線治療の毒性を考慮して経過観察となっている.
さらに完全切除されたⅠB-ⅢA期(第7版)肺癌に対して,シスプラチン併用化学療法後にアテゾリズマブ(1年間投与)と支持療法を比較したIMpower010試験が行われた14).主要評価項目はDFSであり,ヒエラルキー解析により階層的に解析された特徴的な試験である.この結果を受けて,術後病理病期ⅡB-ⅢA期と一部のⅢB期(T3N2M0)(第8版)の完全切除例,PD-L1 TC 50%以上例に対して,シスプラチン併用化学療法後にアテゾリズマブ単剤療法を行うよう提案する(推奨の強さ2)となった.PD-L1 TC 1~49%に対しては,根拠不十分で奨度決定不能となったが,保険承認されているため,患者への説明は行ったうえで判断することになる.また完全切除後のⅠB-ⅢA期(第7版)EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺癌に術後補助化学療法後にオシメルチニブ(3年間内服)とプラセボを比較したADAURA試験が行われた15).主要評価項目であるⅡ-ⅢA期におけるDFSは有意な延長が示され,特に脳転移を含む中枢神経系イベントの発症率を低下させることが報告された.しかし今回のガイドライン改訂時点では,諸所の事情により推奨度決定不能と記載された.PD-L1陽性かつEGFR変異陽性の場合にIMpower010試験かADAURA試験のどちらを優先して考えるべきかなど課題も多いが,治療効果の高い補助療法が承認され,さらなる治療成績改善に期待が持たれる.また術前導入療法として,化学療法に対して,ニボルマブを追加した治療効果を検証するCheckmate816試験16)では,event free survivalを有意に延長し,化学療法2.2%に対して,ニボルマブ上乗せ群では24.0%のpathological complete responseを示しており,術前導入療法としても免疫チェックポイント治療の導入が期待されている.
④ 臨床病期Ⅳ期
病変が局所に限局しているものの切除困難な隣接臓器浸潤を認めるⅢB期とN3のⅢC期,他臓器遠隔転移や播種,悪性胸水を認めるⅣ期に関しては手術適応外である.Ⅳ期非小細胞肺癌では全身治療が原則である.治療方針の決定に際して,まず腫瘍におけるドライバー遺伝子変異/転座の有無を確認し,陽性であった場合には各ドライバー遺伝子に対する標的療法を適切なタイミングで検討することが重要である.現在8遺伝子(EGFR遺伝子変異,ALK融合遺伝子,ROS1融合遺伝子,BRAF遺伝子変異,MET遺伝子変異,RET融合遺伝子,NTRK融合遺伝子,KRAS遺伝子変異)がこれに該当する.一方ドライバー遺伝子変異/転座が陰性であった場合には,免疫チェックポイント阻害薬の投与を避けるべき症例を除いて免疫チェックポイント阻害薬を含む治療を検討する(図5).どのような順番でⅣ期非小細胞肺癌を治療すべきかに関しては肺癌診療ガイドライン2022年版に樹形図が示されており1),そちらを参照して頂けると幸いである.
IV.おわりに
非小細胞肺癌の治療には,まず正確な確定診断,病期診断が重要である.早期肺癌に対しては,外科切除が原則であり,標準術式は60年以上肺葉切除とリンパ節郭清であった.しかし複数の臨床試験結果から縮小手術の需要は増えていく流れである.今年新規に承認された二つの術後補助療法が実臨床でどのような効果をもたらすのか楽しみであり,術前導入療法も注目されている.適切な層別化治療を実践するためには,複数の診療科に跨った多職種カンファレンスが必須となっており,医療側と患者側との共同意思決定がますます重要な時代となった.
利益相反:なし
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