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日外会誌. 124(3): 226-227, 2023

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肺癌外科治療に思う

日本外科学会名誉会員,埼玉医科大学名誉教授,医療法人光風会光南病院院長 

金子 公一



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科学の進歩に伴って外科治療も大きく変化してきている.外科領域でも専門性が細分化され,それぞれの狭い領域で疾患自体の研究や治療法の詳細が科学的根拠に基づいて検討されていて,各領域で外科手術の適応や手術手技は短期間で大きく変化してきている.肺癌の外科治療についても急速な変貌を遂げている.
戦後になって気管内挿管による全身麻酔の技術が伝わり,肺の外科は明治,大正時代の局所麻酔による開胸手術から大きく変化して急速な進歩を遂げた.当初は肺結核に対する外科治療が中心であったが抗結核薬の普及で肺結核の外科治療は激減し,肺癌の増加により肺癌の外科治療が呼吸器外科の中心になって今日に至っている.
私が卒後5年間の外科研修を修了して呼吸器外科の勉強をはじめた40年ほど前は肺癌の標準手術としての肺葉切除と肺門・縦隔リンパ節郭清の考え方と手技が普及しつつある状況であった.しかしCT検査などの画像診断の精度は現在と比較してかなり不良なもので,原発巣はもとより縦隔リンパ節腫大の判断などは困難であった.CTだけでなく当時用いられていた断層撮影を斜位で行って縦隔リンパ節の腫大を判断するなどの工夫も行っていたが,開胸時に術前診断と異なることがしばしばあった.したがって手術に際しては手術手技の確認だけでなく,術中に治療方針の決定も行うことも多いため複数の選択肢を用意して手術に臨んでいた.在籍していた施設では組織型は局所進展した扁平上皮癌が多く,末梢の腺癌は少数であり,完全切除のための拡大手術が多く行われた.肋骨や横隔膜などの周囲組織や人工心肺を使用した大血管や右心房,左心房の合併切除を伴う拡大手術も多く行われ,手術時間も長く輸血も要する大手術が多い時代であった.
その一方で肺機能温存のための気管支形成術も行われるようになり,学会や研究会では吻合手技,縫合法や術後管理などについて様々な議論がなされた.当初は縫合不全や吻合部狭窄などの合併症も多く成績も不良であったが次第に成績も向上して安定した術式となってきた.
1990年になって腹腔鏡下胆嚢摘出術が急速に普及してくると呼吸器外科領域でも内視鏡手術が応用されるようになり,1992年ごろから気胸手術や肺部分切除術などが胸腔鏡手術で行われるようになった.胸腔鏡手術がそれまでの開胸手術に比べて侵襲が少ない利点がある一方で,手技の自由度が低く術中突発事態への対応の難しさなどの欠点も指摘されていた.しかし呼吸器外科医の熱意によって僅か2年後の1994年には施設限定ではあるが保険適応が認められると全国に広まり,次第に肺癌に対する肺葉切除が胸腔鏡で行われるようになっていった.胸腔鏡手術の始まった頃は専用の器具も少なく各自が道具なども工夫して手術していたが,現在では医療安全上も医療倫理上も許容されないものかもしれない.
個人的には肺癌に対する標準手術のみならず,拡大手術,気管支形成術などの手技を習得して少しずつ自信が持てるようになった卒後15年頃に今度は胸腔鏡手術の手技を学ぶことになり困惑した気持であった.1992年2月に米国で胸腔鏡手術トレーニングコースに参加して修了証書を得てから帰国し,同年4月から胸腔鏡手術を開始した.
胸腔鏡手術が開胸手術と比較して遜色ないことが臨床的にも認められてきたが,その一方で画像診断の飛躍的な進歩により末梢発生の小さな肺癌が多数発見され切除手術が行われるようになってきたことも胸腔鏡手術の普及に大きく関与していると思われる.近年はさらに新しい手技としてロボット手術も行われるようになっていて胸腔鏡手術との比較も行われており,かつての標準開胸手術はむしろ稀な術式となってきている感がある.また,2022年に発表された臨床試験の結果で末梢発生の2cm以下の非小細胞肺癌では標準術式である肺葉切除に比べて切除範囲のより少ない肺区域切除の方が長期生存の優越性が示されており1),今後はこれらの肺癌の標準術式は変わってゆくものと思われる.
肺癌治療における抗悪性腫瘍薬についても近年目覚ましい進歩を遂げている.かつて1970年代からmitomycin C (MMC),bleomycin,5-FUなどを用いてあまり効果の期待できない全身化学療法を外科医が中心となって行っていたが1984年にcisplatin (CDDP)が登場してからCDDPを含む様々な化学療法の臨床試験が行われてその延命効果が証明され化学療法の中心となってきた.その後も新規薬剤の開発は続けられてきたがいずれも細胞障害性抗癌薬でありCDDPは化学療法の中心であった.しかし分子生物学の目覚ましい進歩により2000年以降には分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬などが登場して,その有効性が認められ延命効果も高まっている.さらに最近では術後補助療法として使用することによって術後の再発率の低下が臨床試験で証明され保険適応にもなった2)3).術後補助療法としては早期肺癌(1A/1B/2A期)完全切除後のUFT投与の有効性が日本から2004年に発表されて以来本邦では使用されているが世界的には広まっていない様である4).今回の分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬による術後補助療法はどうであろうか.化学療法が手術と一体となった治療で延命治療から治癒を目指す治療へと変わってゆく可能性を感じるものである.
他臓器の外科でも最近の手術治療は肺癌と同様に大きく様変わりしているようであるが,さらに今後はAIの導入やゲノム医療も加わって外科治療は大きく変貌してゆくと思われる.しかし新しい治療に当たっては負の側面も正当に評価して過渡期であっても患者にとって不利益のないよう十分な配慮が必要なことは言うまでもない.

 
利益相反:なし

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文献
1) Saji H, Okada M, Tsuboi M, et al.: Segmentectomy versus lobectomy in small-sized peripheral non-small-cell lung cancer (JCOG0802/WJOG4607L): a multicentre, open-label, phase 3, randomised, controlled, non-inferiority trial. Lancet, 399 (10335): 1607-1617, 2022.
2) Felip E, Altorki N, Zhou C, et al.: Adjuvant atezolizumab after adjuvant chemotherapy in resected stage IB-IIIA non-small-cell lung cancer (IMpower010):a randomised, multicentre, open-label, phase 3 trial. Lancet, 398(10308): 1344-1357, 2021.
3) Wu YL, Tsuboi M, He J, et al.: Osimertinib in Resected EGFR-Mutated Non–Small-Cell Lung Cance. N Eng J Med, 383: 1711-1723, 2020.
4) Kato H, Ichinose Y, Ohta M, et al.: A Randamuzed Trial of Adjuvant Chemotherapy with Uracil-Tegafur for Adenocarcinoma of the Lung. N Eng J Med, 350: 1713-1721, 2004.

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