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日外会誌. 123(4): 346-350, 2022

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特集

医療訴訟のここがポイント―外科医にとって今必要な知識―

8.裁判官からみた外科手術と訴訟

中央大学法科大学院 

村田 渉

内容要旨
医療訴訟は,その解決に専門的知見を要することなどから,裁判官にとってもその審理・判断が困難な事件とされ,判決率の低さと和解率の高さが際立つ事件である.また,その判決における認容率(患者側勝訴率)は,通常訴訟事件に比して著しく低いが,その原因については更に分析・検討が必要である.
医療訴訟は,その特性として,①損害の公平な分担を基本理念とすること,②医療水準を含む注意義務等は法的概念であること,③情報の偏在があることを意識する必要があることを指摘でき,裁判官からみた外科手術の特徴として,①外科手術がどのように行われたか等に関する事実自体の確定が困難な場合があること,②医師の注意義務の特定が困難であり,注意義務違反の特定が概括的・抽象的にとどまる場合があることが挙げられる.
これらを受けて,医療訴訟では,立証の困難性など医療行為の特殊性を考慮し,患者側に対し,高度な専門的知見による証明を厳格には求めておらず,事案に応じて,過失の推定などの手法により,患者側における主張立証の負担の軽減が図られている.

キーワード
損害の公平な分担, 情報の偏在, 事実確定の困難性, 過失の推定, 外形的事実からの推認

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I.はじめに
筆者は,現在は法科大学院で教鞭をとっているが,2020年12月まで裁判官として勤務し,2007年4月から2011年7月までは東京地方裁判所医療集中部で裁判長として医療訴訟(第1審)を,また2017年3月から2020年12月までは東京高等裁判所民事部で裁判長として医療訴訟(控訴審)を担当したことがあり,その後も,医療と訴訟の在り方等について興味と関心を抱いてきた.そのようなことから,医療関係者の方々に,医療訴訟における裁判官の考え方等について更なるご理解を得たいと考えた次第である.

II.医療訴訟の現状
まずは,最高裁のホームページで公表されている統計数値(地方裁判所および簡易裁判所の第一審医療訴訟の数値)によって医療訴訟(医事関係訴訟)の実情をみることとする.
1 新受件数と審理期間
医療訴訟の新受件数は,2004年の1,110件をピークとして減少傾向となったが,2010年から増加し始め,2022年には834件となっている.また,医療訴訟の既済事件の平均審理期間は,2007年には23.6月と2年以内となったが,2019年,2020年には,25.2月,26.1月と再び長期化している.民事訴訟第一審訴訟(全体)の2020年の平均審理期間は9.9月であるから,それに比べると約2.5倍の審理期間となっている.
2 終局区分別の事件割合
医療訴訟(全体)の終局区分別の事件割合は,最近では,ほぼ判決が30%台,和解が50%台で推移している(2020年は,判決が30.5%,和解が53.3%).民事第一審訴訟(全体)では,判決43.2%,和解35.3%であるのと比べると,判決率の低さと和解率の高さが際立っている.
3 認容率
医療訴訟の認容率は,2000年から2007年まで30%を超えていたが,2008年に30%を下回るようになって,その後は20%台以下となり,2020年は22.2%であった.また,この間の地裁の通常訴訟事件(欠席判決を含む)の認容率は80%台,人証調べを実施した対席事件の認容率は60%台で推移しているから,一般に,医療訴訟は認容率が著しく低いといえる.
4 診療科目別の既済事件割合
診療科目別の既済件数は,歯科を除けば,ほぼ例年,内科,外科,整形外科,産婦人科の順で多く,2020年の既済件数の割合は,内科26.9%,外科12.1%,整形外科11.3%,産婦人科5.9%,形成外科4.9%となっている.訴訟件数でいえば,外科は,内科に次いで,訴訟リスクが高い診療科目といえる.
5 小括
医療訴訟は,その解決に専門的知見を要することなどから,裁判官にとって審理・判断が困難な事件とされ,その審理期間は,通常訴訟に比して長期化傾向が顕著であり,判決率の低さと和解率の高さが際立つ事件である.その判決における認容率(患者側勝訴率)は,通常訴訟事件に比して著しく低いが,その原因については,和解率の高さとの関係等を含め,更に分析・検討が必要である.

III.医療訴訟の特性
1 損害の公平な分担を基本理念とすること
医療訴訟では,患者側が医師等に対し,担当医の注意義務違反(過失)等により損害を被ったとして,不法行為(民法709条,715条)や診療契約上の債務不履行(同法415条)に基づき損害賠償を求めるのが通常である.このような損害賠償の制度は,法律的には,「損害の公平な分担」を図ることを基本的理念として,被害者(原告)に生じた現実の損害を加害者(被告)に賠償させることを目的とするものと理解されている.
また,医療行為,特に外科手術が人の身体への侵襲を伴うものであるにもかかわらず,正当行為として違法性がないとされる理由は,それが単に医師による医療行為として行われるからではなく,医療行為としての具体的な必要性・相当性・妥当性を有していることにある.そのため,これらの必要性・相当性等が認められない医療行為が行われ,それが原因で患者に不利益な結果が発生した場合には,違法な行為として損害賠償責任が認められることになる.
2 医療水準を含む注意義務や因果関係は法的概念であること
医療訴訟は,患者に悪い結果が生じた機序を明らかにした上で,医療行為に過誤(注意義務違反)があったか,その医療行為によってその結果が生じたといえるかを明らかにするものであり,そのために専門的・医学的知見は必須である.しかし,ここで問題とされるべき注意義務や行為と結果との因果関係はいずれも法的概念であり,その有無および内容は,医学的知見を適切に踏まえる必要はあるものの,最終的には法的観点から判断されるべきものである.
すなわち,医療訴訟では,診療当時のいわゆる臨床医学の実践における「医療水準」(注1)を基準として注意義務違反(過失)の有無を判断するが,この医療水準という用語は規範的評価・法的概念であり,規範的判断として医師に要求すべきものと捉えられている(注2).したがって,裁判官において,医療機関の性格,所在地域における医療環境の特性等を考慮して,医療機関に当該治療方法(例えば,新たな治療方法等)に関する知見を有することを期待するのが相当といえるかどうかを判断し,何が医療水準であるかを決定することになる(注3).
また,注意義務違反(過失)と損害との間の因果関係についても,その立証は,一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく,結果発生の高度の蓋然性があることを証明することであり,医学的な解明等が不十分であっても,その判定は,「通常人」が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであれば足りると解されている(注4).
3 情報の偏在があること
医療訴訟においては,事実関係についても,専門的知見についても,医療側に情報(証拠)等が偏在しているのが通常であるため,患者側は,医療側から情報等の提供を受けないで,患者の状態がどのようなものであり,どのような医療行為が行われたか等の事実関係を正確に把握することはできず,注意義務違反(過失)を特定することすら困難である.
最近では,当事者間に情報の偏在・情報格差がある訴訟(現代型訴訟と呼ばれる)においては,多くの情報等を有する当事者側に,事案解明のための積極的な主張立証を行うことを求めるべきとの意見が多いが,医療訴訟においても,医療記録(カルテ)等は,改ざんが疑われるような事案を除き,証拠保全手続によることなく,患者側が任意開示を受けられることが多くなっており,事案によっては医療側から医療事故についての説明会が開かれることも少なくない.
さらには,訴訟の場においても,医療側において,医療記録等に訳文を付けて提出した上で,具体的な診療経過等を説明し,医療行為の経過・顛末等について詳細に主張立証するなど,主張立証責任の有無に関わらない積極的な訴訟活動等が行われるようになっている.

IV.裁判官からみた外科手術(注5)
1 事実確定の困難性
外科医療に関する訴訟では,外科手術がどのように行われたかを客観的に確定することが困難な場合が少なくない.外科手術がどのように行われたかは,主に手術記録や診療録(カルテ)(注6)等により認定するが,これらによっても,例えば,患部とその周辺がどのような状態であったか,手術器具はどのように操作されたか,どの程度の力がどの部位に加えられたかなど,手術が実際にどのように行われたかを的確に確定すること自体困難な場合が多い.
最近では,手術の様子やその部位等を撮影した写真や動画が保存されていることもあり,それらによって手術の状況等が分かることもあるが,それらによっても細かな部分や争点と関連する部分のすべてを客観的かつ明確に認識できるわけではなく,手術の詳細については,担当医師の陳述書や人証調べ等によって認定せざるを得ないことが少なくない.
2 注意義務特定の困難性
事実関係が客観的に明らかでなく,当事者間に争いがある場合などには,患者側が手術ミスを主張するに当たり,担当医師にどのような注意義務違反があるかを特定して主張することが困難であるとして,患者側の主張が概括的で,抽象的な主張に終始し(注7),より明確かつ具体的な主張を求める医療側との間で,争点整理が進まないことがある.
このような場合には,医療側の対応も困難となり,訴訟遅延を招くことが少なくないことから,医療側にも,このような事態を防止するために,普段から手術の客観的な状況等を保存する方法を講ずるとともに,患者側への積極的な情報提供等を行うよう求めたい.

V.最高裁判例の示唆するもの
医療訴訟では,前記のとおり,担当医師に過失があること,これと損害との間に因果関係があることは,原告患者側に主張立証責任があるが,患者側に高度な専門的知見による証明を厳格に求めているわけでなく,立証の困難性など医療行為の特殊性を考慮し,事案に応じ,過失の推定,事実上の推定,「通常人」を基準とする経験則を用いるなどして,患者側の主張立証の負担軽減を図っている1)
例えば,(ⅰ)最判平成11年3月23日(判タ1003号158頁)は,顔面けいれんの根治術である脳神経減圧手術(本件手術)を受けてまもなく脳内血腫を生じ,その結果死亡したことに関し,脳内血腫が担当医の手術器具の操作を誤った過失により生じたかが問題となった事案について,原審が,証拠がないなどとして,血腫の原因が本件手術にあることを否定したのに対し,手術の操作上の誤りを直接認定する証拠がなくとも,患者の健康状態,本件手術の内容と操作部位,本件手術と病変との時間的近接性,神経減圧術から起こり得る術後合併症の内容と患者の症状,血腫等の病変部位等の事実から,患者に発生した血種の原因が本件手術にあると推認できるとし,また,(ⅱ)最判平成21年3月27日(集民230号285頁,判タ1294号70頁,判時2038号12頁)は,全身麻酔と局所麻酔の併用による手術を受けた65歳の患者が術中に麻酔の影響により血圧が急激に低下し,引き続き生じた心停止が原因となって死亡したことに関し,麻酔薬の過剰投与等の過失があったかが問題となった事案について,患者が麻酔の影響による心停止が原因となって死亡したことが認められる場合には,担当麻酔医の過失が推定され,患者側においてどのように麻酔薬の投与量を調整すべきかを主張立証する必要はなく,医療側において,その投与量を適切に調整しても患者の死亡という結果を避けられなかったというような事情がうかがわれること(すなわち,そのような事情があること)を立証しない限り,麻酔医には患者の年齢や全身状態に即して各麻酔薬の投与量を調整すべき注意義務を怠った過失があると認められ,かつ,この過失と患者の死亡との間に相当因果関係があるといえるとしている(注8)2)

VI.おわりに
医療訴訟の適切な解決のためには,もとより医学的知見は必須であるが,医療訴訟の特性として,①損害の公平な分担を基本理念とすること,②医療水準を含む注意義務等は法的概念であること,③情報の偏在があることなども意識して審理・判断する必要があり,裁判官からみた外科手術の特徴として,①外科手術がどのように行われたかの事実の確定や②担当医の注意義務の特定が困難な場合があることが指摘される.
これらを受けて,医療訴訟では,基本的に患者側に主張立証責任があるが,患者側に高度な専門的知見による証明を厳格に求めているわけでなく,立証の困難性など医療行為の特殊性を考慮し,事案に応じ,過失の推定を用いるなどして,患者側の主張立証の負担軽減が図られていることにも留意しておきたい.

補足説明
注1:最判昭和57年3月30日判時1039号66頁.
注2:最判平成7年6月9日民集49巻6号1499頁.
注3:最判平成8年1月23日民集50巻1号1頁.
注4:最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁.
注5:外科手術に関する過失といえば,通常は「手技上の過失」(いわゆる「手技ミス」)を指すが,このほかにも,術式選択の過失,手術の実施時期に関する過失,手術後の経過観察・術後管理の過失などが含まれる.
注6:診療録や手術記録等は,診療経過について争いがある事案などでは,その記載が医療側の主張を裏付ける最良の証拠となり,医師が自らを守るための重要なツールであることを忘れるべきではない.
注7:なお,最判昭和32年5月10日民集11巻5号715頁,最判昭和32年5月10日民集11巻5号715頁は,いずれも択一的・概括的な事実認定により医師の過失を認めた原判決を相当としており,事案等によっては,択一的・概括的な主張が許容されることに注意を要する.
注8:園尾隆司裁判官(当時)は,医療訴訟に関する最高裁の8件の破棄判決の分析し,それらの判決には,因果関係や過失の特定すら難しい事件について,医療行為の経緯,症状発生の経緯,医療行為と症状の変遷の経緯,当該症状に対して通常行われる医療行為の内容などの確定可能な外形的事実を総合することにより,医療側で特別の事情の存在について主張立証しない限り,外形的事実の存在自体から,医療側の措置と患者側の結果発生との間に因果関係があり,かつ,医療側に過失があると推認してよいとの共通の理論がみられるとする.

 
利益相反:なし

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文献
1) 福田 剛久:医療訴訟.門口正人編著,裁判官の視点 民事裁判と専門訴訟,商事法務,東京,pp213-263,2018.大島眞一:Q&A医療訴訟.判例タイムズ社,東京,pp32-40,2015.
2) 園尾 隆司:医療過誤訴訟における主張・立証責任の転換と外形理論.青山善充,伊藤 眞,高橋宏志,他編著,民事訴訟法理論の新たな構築(下巻),有斐閣,東京,pp213-235,2001.

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