日外会誌. 123(3): 279-282, 2022
手術のtips and pitfalls
基本となる手術手技,サイジング,断端形成,末梢吻合法
綾瀬循環器病院 心臓血管外科 山﨑 琢磨 |
キーワード
Frozen elephant trunk, Total arch replacement, Acute aortic dissection, Spinal cord injury, Aortic balloon occlusion
I.はじめに
急性A型大動脈解離の最も一般的に行われている手術は救命目的の上行大動脈置換術である.しかしこのアプローチ法では弓部大動脈以遠の遺残解離により再手術が必要となる可能性が残される.一方遠位測吻合より末梢にステントグラフトを留置するFrozen elephant trunk(FET:J Graft FROZENIX, Lifeline, Tokyo)を用いたtotal arch replacement(TAR)は遠位側の解離性大動脈瘤の拡張を防ぎ,良好なリモデリングを期待できるため,特に若年者では積極的に選択すべき手術法と考えられる.ただし,TAR-FETは脊髄障害の発症リスク上昇と関係があるとの報告が散見されるため,適応は慎重にならざるを得ない.以前の研究では脊髄障害は循環停止時間との正の相関がある1)と報告されており,著者は脊髄虚血時間をできるだけ短くすることが重要な脊髄障害予防の方法と考え,その手術戦略を提唱してきた2).また,上行置換と比較してFETが不利であることとして,stent graft induced new entry(SINE)の問題や拡大手術ゆえの術後出血などが考えられる.それらを踏まえてTAR-FETには様々な手術手技の工夫が必要である.
手術のポイントは,① 左鎖骨下動脈を介した動脈灌流を維持すること.② FET留置後に大動脈閉塞バルーン(TMPロックバルーンカテーテル,Tokai Medical Products社,Aichi)を使用して逆行性下半身送血を行うこと(Aortic balloon occlusion technique).③ 経食道心エコーガイド下にFETを展開し塞栓因子となるデブリスを逆行性にフラッシュアウトすること.④ サイザーで真腔径を実測しジャストサイズ+1~2mmまでのFET径を選択すること.⑤ Th8を超えないレベルで,下行大動脈のストレートゾーンにパラレルにFETが留置されるように十分な長さのデバイスを選択すること.⑥ 吻合部出血を予防するために断端形成と遠位側吻合に工夫をすることなどが挙げられる.
最近では術式をよりシンプルにすべくFenestrated Open Stent Technique(ステントグラフトの人工血管を一部開窓し,分枝への灌流を確保する方法)を用いて頸部分枝再建の簡略化を行っている3)が,involving aneurysm typeやエントリーが頸部分枝周囲に存在する急性A型大動脈解離では,開窓部分からのエンドリーク等により偽腔血流が残存する可能性がある.そのため術前のCTでその可能性が高いと判断した場合は,左鎖骨下動脈を起始部で結紮し非解剖学的に再建する従来通りの術式が適していることもある.しかしいずれの術式を選択するにしても,合併症を予防するための基本的手術手技のポイントは同じであると考えられる.このAortic balloon occlusion techniqueを用いて著者が経験した急性A型大動脈解離に対するTAR-FET70例のうち,術後脊髄障害は1例も認めていないため,その基本的手術手技について解説する.
利益相反:なし
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