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日外会誌. 122(6): 722-724, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「各疾患登録とNCDの課題と将来」
3.NCD膵癌登録の課題と将来

1) 東北大学 消化器外科学
2) 近畿大学 外科
3) 日本膵臓学会 

海野 倫明1)3) , 水間 正道1)3) , 竹山 宜典2)3)

(2021年4月9日受付)



キーワード
臓器がん登録, 膵癌登録, NCD, オプトアウト, 予後調査

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I.はじめに
日本膵臓学会は,その前身である日本膵臓病研究会が1969年に設立されたのに端を発し1985年に日本膵臓学会へと改組された.さらに任意団体であった日本膵臓学会は2020年には一般社団法人日本膵臓学会になり現在に至っている.
治療成績が極めて不良である膵癌を共通の基盤の上に立って論じるため,1978年に膵癌取扱い規約作成小委員会が発足し,1980年に膵癌取扱い規約第1版が発刊された.その後,リンパ説の群別と分類を加えた第2版が1981年に発刊され,この規約に基づいた膵癌登録が開始された.
当初の膵癌登録は電子化されておらず,パンチカードを用いたものであったが,1999年にはFileMakerによる電子データベース化がなされ,日本膵臓学会評議員の所属施設のデータが登録された.2004年には膵癌登録20年を総括する論文1)が,2012年には登録30年の論文2)が出版されるなど,日本の膵癌の現状を知る上で貴重なデータをもたらして来た.
その一方で,これらのデータは膵癌の専門施設の治療成績であり,実際の日本の膵癌診療との相違が懸念されることから,より悉皆性を高めることが求められていた.また社会においても2005年に個人情報保護法が施行され,個人情報の管理が厳密になったこと,データの保守・管理を万全にすることが求められることになった.以上のことから,当時,運用を開始したNational Clinical Database(NCD)を用いた新たな膵癌登録が,臓器別がん登録の先頭を切って2012年から開始された.当初は,従来の膵癌登録とNCDを用いた膵癌登録ではデータが大きく異なるのではないか,という懸念があったため,FileMakerを用いた従来法とNCD登録の二本立てで開始された.2012年〜2013年の2年間の両者のデータを比較したところ,登録数ではNCDデータは従来法の約1.7倍であり,術式別割合,ステージ,癌遺残度など,両者は,ほぼ同一の傾向を示していた3).この結果により2016年からNCDデータ登録に一本化することになった.

II.NCD膵癌登録の現
2012年に開始し2016年から一本化されたNCD膵癌登録の登録数は順調に増加し,2019年には8,630件/年となった(表1).日本における膵癌の罹患者数は約35,000人と推定されるので,約1/4が登録されていることになる.
NCDは,そもそも日本の手術データベースとして設立されたもので,そのデータは外科系専門医や認定施設の取得・更新に自動的に用いられる.外科医にとってNCDに手術データを入力し管理することは,専門医の取得や更新に際しインセンティブとして働く.このように,NCD登録は外科医にとって慣れ親しんだ作業であり,手術症例の登録にあわせて膵癌登録を行う外科医が多いものと推察される.
その一方で,NCD膵癌登録は非手術症例が登録されない,という大きな課題を抱えている.表1のように内科施設からの登録は全体の2~4%と極めて少ない.内科医にとって膵癌登録はインセンティブが無く,またNCDは内科医にとって敷居が高い,と感じていると聞く.これを改善するために日本膵臓学会では認定指導医制度において,認定指導施設では年間平均ほぼ20例以上の膵癌を登録すること,という認定条件を作成した.これにより内科系医師からの非手術症例の登録が増加することを期待している.
臓器がん登録において予後調査・登録を行い,生存率を算出することは最も重要である.膵癌登録は2017年からNCDを用いた予後調査システムを構築した.最初は周知不足もあり予後調査入力は進まなかったが,NCD事務局からユーザーに直接メールで依頼するなどの工夫により徐々に入力率は高くなり,最終的には約85%の症例の予後が判明した.2012年〜2015年に登録された膵切除約13,300例の2年生存率は59%,5年生存率は31%,非切除症例約4,400例の2年生存率は15%,5年生存率は1%という数値が算出されている.切除症例・非切除症例とも,その予後は以前のものに比べて格段に向上している.
今後,この予後データを用いて多くのプロジェクト研究が遂行される予定である.日本消化器外科学会との共同研究として「膵癌に対する膵頭十二指腸切除術の術後合併症の予後に与える影響に関する後ろ向き調査研究」が,日本膵臓学会単独では,「膵癌登録NCD実装後7年の総括的年次統計」,「胆道ドレナージと膵癌の治療成績の研究」が予定されている.

表01

III.NCD膵癌登録の課題と将来展望
膵癌の治療は,外科切除のみであった20年前と比較すると,Gemcitabine,S-1,FOLFININOX,Nab-paclitaxelなどの新薬の登場により薬物療法は大きく進化した.手術症例であっても術前・術後の補助化学療法が通常行われ,また逆に切除不能症例であっても化学療法が著効しコンバージョン手術を行う症例は少なくないことが明らかとなりつつある.このように,集学的治療が一般化し,また切除不能と切除可能の境界が曖昧になっている現状から,外科治療,放射線治療,化学療法,および今後登場してくる可能性が高い免疫療法など,様々なmodalityのすべてを登録できるシステムが望まれている.
また,現状の膵癌登録の際の患者同意は,オプトアウトによる同意撤回とし個別の同意取得は行っていなかったが,近年の遺伝子パネル検査の普及により,体細胞変異(somatic mutation)のみならずBRCA1, BRCA2遺伝子などの生殖細胞系列変異(germ-line mutation)が判明する時代が訪れた.生殖細胞系列変異は究極の個人情報であり,患者個人からの同意取得(オプトイン)が必要となるほか,最高レベルのデータ管理と漏洩対策が求められる.今後,個別化医療時代に対応する遺伝子情報も加味した膵癌登録データベースを構築するためには,オプトアウトではなくオプトインとし,患者個人から同意を取得することが望まれる.

IV.おわりに
NCD膵癌登録の現状と将来展望について概説した.将来の膵癌登録は,日本全国の全症例が登録されるような悉皆性と,各症例の正確なデータが入力されるようデータの粒度,この両者を向上させ,さらに個別化医療に対応した新時代のデータベース構築が要求されている.このようなデータベースにより多くの市民に正しい診断と治療が行われ,その結果,癌の治療成績向上という国民への最大の恩恵がもたらされるものと信じている.そのためにも多くの医師が手弁当でデータ入力を行っている現状から,医療クラークなどの入力補助者の雇用や,堅牢なデータ管理システムの構築への援助,一般社団法人NCDに対する財政面の支援など,国をあげたバックアップ体制を強く希望する.

 
利益相反:なし

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文献
1) Matsuno S , Egawa S , Fukuyama S , et al.: Pancreatic Cancer Registry in Japan. Pancreas, 28:219–230, 2004.
2) Egawa S , Toma H , Ohigashi H , et al.: Japan Pancreatic Cancer Registry; 30th Year Anniversary. Pancreas, 41:985–992, 2012.
3) 水間 正道 , 海野 倫明 , 五十嵐 久人 ,他:【外科医とがん登録-NCDから見えてきたわが国のがん治療の実態】膵がん登録.日外会誌,120(6): 676–680, 2019.

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