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日外会誌. 122(6): 716-718, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「各疾患登録とNCDの課題と将来」
1.NCDにおける食道がん全国登録への期待と問題点

1) 日本食道学会 
2) 国立病院機構九州がんセンター・消化管外科 
3) がん研究会有明病院・消化器外科 
4) 千葉大学 大学院・先端応用外科
5) 大阪大学 大学院・消化器外科

藤 也寸志1)2) , 渡邊 雅之1)3) , 松原 久裕1)4) , 土岐 祐一郎1)5)

(2021年4月9日受付)



キーワード
食道がん, 臓器がん登録, NCD

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I.はじめに
National Clinical Database(NCD)において,食道がんに対する食道切除再建術は消化器外科学会の医療水準評価対象術式の一つで,術前・術後の膨大なデータベースが構築されている.その結果,2014年には,食道切除再建術に関するリスク評価モデルが発表され1),他の手術と同様に,術後30日死亡の発生率を予測するRisk Calculatorが作られた.また2013年度からは,日本消化器外科学会でNCDデータを利活用した研究課題の公募が始められ,日本食道学会(JES)として2016年度までは毎年1課題,そして2017年度からは毎年2課題が消化器外科学会に承認され,重要な研究結果が報告されている.さらに,NCDを利用した全国アンケート調査により,食道がんでは,食道外科専門医認定施設や食道外科専門医がいる施設では,リスク調整死亡率が有意に低いことが示された2).このように,2011年にスタートしたNCDにおける手術症例登録は,本邦の食道外科の発展において大きな成果を上げている.
一方,JESによる食道がん全国登録は,1976年に開始され,個人情報保護の問題での一時中断をはさんで,現在まで継続されている.本登録では,手術に加えて放射線療法・化学療法・内視鏡療法の登録も行っており,外科だけでなく内科・放射線科からも登録されている.この全国登録のデータは,毎年,冊子化して配布されるとともにホームページでも公表され,2009年以後は機関紙Esophagusに論文として発表されている3).手術以外でも,例えば食道がんの放射線治療成績について多症例の検討を行うことにより,リアルワールドでの生存率やステージングの妥当性を示すことができており4),本登録は,本邦における食道がん治療の実態や問題点の把握にきわめて多くの情報を提供している.
このような背景のもと,厚生労働省の臨床効果データベース整備事業などの支援を得られることもあって,2017年に移行を決定しシステムを構築した後,2019年から2013年の食道がん症例の登録を開始した.本稿では,この取り組みの意義を確認するとともに,移行後に明らになってきた問題点について議論したい.

II.食道がん全国登録をNCDに全面移行することの意義
多くの学術団体が行っている各種がんの全国登録をNCDに移行する意義を考えてみる.まず,臓器がん登録に基づく本邦のがん診療の実態を,NCDという共通のデータベース上で見える化し,研究開発や情報提供を推進することは重要な視点である.将来的に,本邦の多くの臓器がん登録が一つのプラットフォームで運営・管理されることの意義は大きい.それを前提として,食道がん全国登録においては,JESの会員以外からの登録が増える可能性,それによるデータの悉皆性の向上,NCDで登録されてきた手術登録データとの連携による担当者の登録の負担軽減などが考えられる.さらには,JESで行っていたデータ管理や質の維持向上も望めるかもしれない.NCD手術登録における食道切除術数と食道がん全国登録数におけるそれには乖離があった(前者がかなり多い)が,2013年から食道がん全国登録をNCDに移行したことで,その差は小さくなってきた.また,NCD移行の初期2年で,非外科治療を含む食道がんの症例数も登録施設数も増加傾向にある.以上のように,食道がん全国登録のNCDへの完全移行に伴い,従来の登録施設を含む全国の施設の協力は得られていて,メリットは大きいと思われる.

III.NCDへ全面移行して分かってきた問題点
【問題点1】前向き登録例の予後データ取得に関するものである.この場合,5年後の予後を再びNCDに入力する必要があるため,各施設の協力が必須となり,悉皆性に問題が生じる可能性がある.また,個人情報保護の観点から,各施設による予後調査では精緻性にも問題がでてくる.予後データも収集する全国がん登録推進法5)では,全国がん登録の予後情報を直接NCDへ連結させることはできず,5年後に各施設へフィードバックされてもNCDへの情報提供は許されず,施設内の保存期間も5年と決められているなど,臓器がん登録側から考えると大きな問題が存在している.本年の全国がん登録推進法の改正が注目される.
【問題点2】臓器がん登録は施設の自発的協力によって成り立つ事業であり,担当者の負担や予算・人的資源等を考慮すると持続可能性に問題がある.施設の負担を小さくするために,施設のデータベースをNCDにアップロードするシステム構築などの工夫が求められる.
【問題点3】NCD上での臓器がん登録に関わる維持管理・レジストリデータ解析・データを利用した研究実施等の費用の問題がある.NCDへのシステム実装費用に加えて,それらの費用を継続的に支払い続けるのは,多くのがん種別学術団体の規模では大きな困難が予想される.また,データの利用や帰属に関する取り決めが後付けで行われる感があり,各学術団体との共通認識の形成が望まれる.
【問題点4】JES内では,データの所有権やその解析の自由度などについても,問題が提起されている.データの知的所有権や利活用の権利は学会側にあるが,データのNCD外への持ち出しは,安全性の管理などの問題として認められない.学会側として求めたい自由な研究体制についても,費用面での制限も含めて問題がある.
【問題点5】技術的なことかもしれないが,JESで保有している過去の登録データと新しいNCDデータの統合解析が可能かという問題もある.もし将来,JESとしてNCDへの登録を中止した時に,既登録データを学会側には提供できないという制限のために,学会側にも2重でデータを保存しておきたいという希望も出されている.この解決方法を図っていく必要がある.
【問題点6】食道がんは,その治療において非外科治療の比重が高いがん種であり6),非外科治療例の登録が本邦の食道がん治療に関するデータの悉皆性の最大の問題となる.2019年度の登録では,非手術例の登録数は前年に比べて87%に減少した.しかも,この登録の大部分は外科からの登録と考えられ,内視鏡科・消化器内科・放射線科等からの登録推進が強く求められる.

IV.おわりに
「NCDによる臓器がん登録」構想は,日本のがん医療において大きな意義を持つ.その意義を外科医に明確に認識(実感)させることが成功の必要条件であろう.JESとしては,常にその意義を認識しながら,他学術団体と歩調を合わせ,時代に即した対応をしていく柔軟性を持つべきであると考えている.

 
利益相反:なし

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文献
1) Takeuchi H , Miyata H , Gotoh M , et al.: A risk model for esophagectomy using data of 5354 patients included in a Japanese nationwide web-based database. Ann Surg, 260: 259-266, 2014.
2) Toh Y , Yamamoto H , Miyata H , et al.: Significance of the board-certified surgeon systems and clinical practice guideline adherence to surgical treatment of esophageal cancer in Japan -A questionnaire survey of departments registered in the National Clinical Database-. Esophagus, 16: 362-370, 2019.
3) Watanabe M , Tachimori Y , Oyama T , et al.: Comprehensive registry of esophageal cancer in Japan, 2013. Esophagus, 18:1-24, 2021.
4) Toh Y , Numasaki H , Tachimori Y , et al.: Current status of radiotherapy for patients with thoracic esophageal cancer in Japan, based on the Comprehensive Registry of Esophageal Cancer in Japan from 2009 to 2011 by the Japan Esophageal Society. Esophagus, 17: 25-32, 2020.
5) 厚生労働省:がん登録等の推進に関する法律(平成25年法律第111号) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/gan/gan_toroku.html(アクセス日:2021年4月17日)
6) 日本食道学会編:食道癌診療ガイドライン(2017年版).金原出版,東京,2017.

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