[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (615KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 122(6): 677-679, 2021

項目選択

定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(4)「情熱・努力を継続できる外科教育」
5.手術手技獲得とその指導による若手外科医の自己実現~Brick by Brick方式による当院の取り組み~

東京ベイ浦安市川医療センター 外科

西田 和広 , 窪田 忠夫 , 神崎 雅樹 , 望月 理玄 , 髙田 直和 , 七里 圭子 , 白壁 勝大 , 小澤 尚弥 , 加納 健史 , 村松 寛惟 , 落合 伸伍 , 溝上 賢

(2021年4月9日受付)



キーワード
教育, 外科, 手術, 自己実現, brick by brick

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
「情熱・努力を継続できる外科教育」,その答えは教える側・教えられる側が共に自己実現を達成できることに在ると考える.そもそも外科医は教育の場においてどのような自己実現を求めるべきなのだろうか.従来多くの外科医にとって,自己実現とは自らの手術手技の向上であったのかもしれない.しかしそれのみをもって自己実現としてしまうと,まだ自らが執刀し高みを目指したいのに後進に教えなければいけなくなる若手指導医には葛藤が生じることだろう.そこで教育する側の自己実現において「TraineeからTrainerへ」より広義には「PlayerからManagerへ」というパラダイムシフトが必要である.これはどういうことなのか,そして教える側・教えられる側が“お互いに”自己実現を実践していくためにはどうすれば良いのか,以下に述べることとする.

II.背景
当院は新専門医制度の基幹病院であり,卒後3〜5年目のレジデント(専攻医)に加え,卒後6〜7年目相当のフェローもTraineeとして在籍している.2012年のプログラム発足当時から,原則としてレジデント・フェローが執刀するシステムを採用しており,年次や習熟後に応じて一人当たり年間100件程度の執刀機会が与えられてきた.しかし筆者が赴任した当時,手術技術に関しては,レジデント・フェローは指導医の前立ちの下でしか執刀できない習熟度に終わっていた.その背景には,自ら手術を組み立てられないのに手術が出来たつもりになってしまうという誤認があり,それ以上のステップを求めようとしなかったためであると分析している.従って自らが指導的な立場になった時に後輩に上手く指導できず,負のフィードバックが繰り返されており,その結果としてレジデント・フェローの教育環境全体への満足度は決して高くはなかった.

III.Brick by Brickの考案(Traineeの自己実現)
そのような状況を打開すべく少しずつ多角的な介入を試みてきたのだが,奏功したものの一つに,後にBrick by Brick法と名付けることとなった方策がある.Brick by Brickとはレンガを一個一個積み上げるという意味で,この場合のBrickとは達成する目標を意味している.ここに具体例として,当時卒後5年目のレジデントが腹腔鏡下ヘルニア修復術(以下,TAPP)を習得するまでの過程を紹介する.彼はTAPPの執刀機会には恵まれなかったため,先輩レジデントの手技を術場やビデオで見て,術中や術後の指導医のコメントを聞き,執刀を任される前に充分なイメージをしていた.これが最初のBrickに相当する.現在は様々な媒体で手術動画を視聴することが可能だが,このように自分の先輩が指導されている内容をよく見聞きするのはとても有効だと考えている.なぜなら先輩が指摘されている内容はいずれ自分が指導されるはずの内容なので事前に知っておくことでクリアできるからだ.従って指導医を前立ちに執刀する次のBrickはとてもスムーズであった.臓器の感触・鉗子の手向き・抵抗感など現場でしかわからないことの確認作業のようなものである.今まではこの段階で止まってしまっていたのだが,その後のBrickでは指導医からフェローに第一助手を替え執刀することにした.そうすることで指導医の前立ちでは未然に予防されていたマイナートラブルが顕在化し,それに対するトラブルシューティングを意識できるようになったのだ.また同時期にフェローの執刀症例においてスコピストを経験するというBrickを積むことで,カメラワークを理解できるようになり真の執刀医へと近づいてく.次のBrickは後輩レジデントにカメラ操作を指導しながら執刀することとした.必然的に最後のBrickでは後輩レジデントに執刀させそれを指導できるようになった.このように到達可能な目標=Brickを設定し,達成感を得ながら手術の全体像を形作っていくことで,このPGY5は執刀件数こそ少ないもののTAPPを習得し技術認定申請を予定するまでになった. Brickを設定するにあたってのポイントは,明確でありかつ到達可能であることである.Brick設定に当たっては,先述の例のように術場での役割でも良いし,何らかの手技自体でも構わない.手術の後にTraineeと手術を振り返り,Traineeから「今回はここが課題であったので次はこうしたい」など内部発生的であれば理想的である.土台がしっかりしていないのに最初から執刀医や指導的助手としての全てを要求してしまって,一度にたくさん積み上げようとすると瓦解してしまうところもこのモデルにおいてはイメージしやすいだろう.目標達成を繰り返すことで,そのBrickを自らの血肉としながら,自己実現を実感し続ける.このサイクルを繰り返すことで自己肯定感が増大し,他人にもポジティブフィードバックが返せるようになる.ここにTraineeの自己実現が達成されることとなる.

IV.PlayerからManagerへ(Trainerとしても自己実現)
Traineeに関しては先述のように真の執刀医になる過程でTrainerの要素も内包することとなるが,これは一般的に執刀医に求められていることでもあるだろう.では純粋に教える側,Trainerの自己実現はどうだろうか.自己の技術追求モデルではあればあるほど,Playerであり続けようとすればするほど,そのままでは自己実現は難しいと言える.要するに自分の執刀機会を減らし,自分より技術が劣る者に教えるため,術中に「なんでこんなこともできないのか」と負の感情が湧いても不思議ではない.そこでパラダイムシフトが必要である.「Traineeの成長が,Trainerとしての自分のアウトカムである」,「成長させることが自分の自己実現である」と考えなければいけないのだ.手技が劣る相手に教えるからこその発見もある.例えば自分で執刀するときには技術で解決していた問題が,解剖理解に基づいた戦略を用いないと解決できなくなる場面もあり新しい発見もあるだろう.「教えることで上手になる」と言われるように,手術の奥深さ・深淵さに気づくことができれば,教えることの面白さを感じ始めるだろう.そして執刀医や第2助手,機械出しや外回りの看護師をコントロールすることで,レジデントフェローが生き生きと手術できる舞台をManagerとして整え,患者アウトカムを改善させることを目的にすれば良いのだ.根本的な考え方は,「チームメンバーを生かそうとすること」であり,そのベクトルがTraineeに向かえばそれが結果として教育と呼ばれる行為になるとも考えている.
またそもそも外科医は,なぜ手術を上手くなりたかったのだろうか.自分自身の手技向上も,自分のためではなく全ては患者のためであったはずである.従って「チームとして目の前の患者のアウトカムを改善」し,「教育を介して将来の患者のアウトカムを改善」する.これらをManagerとして認識することこそが教える側の自己実現への鍵となると考えている.

V.おわりに
情熱・努力を継続できる外科教育においては,教育を受ける側だけでなく,教育する側も自己実現をできるということが肝要である.教えるときの方策としてBrick by Brickを用いると,教えられる側は自己実現を繰り返し実感することができるようになり効果的である.教える側は自分の手術手技向上だけでなく,教えることを介しての自らの能力の向上や,教えた相手の上達やそれを介しての患者アウトカムの改善を自己実現のための目標にすべきだと考える.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。