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日外会誌. 122(6): 647-648, 2021

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(123)

―カルテ改ざんが認定された事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
白内障, チン小帯, 水晶体再建術, カルテ改ざん

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【本事例から得られる教訓】
カルテの一部の記載だけが欄外になされているなど体裁が不自然な場合,改ざんと疑われるリスクがあるため,カルテ記載の体裁には注意したい.事後の追記等の必要性から,やむを得ず欄外に書かざるを得ない場合等は,誤解を防ぐため追記した日付や経緯等も記載したい.

 
1.本事例の概要(注1)
今回は,カルテ(手書き)の改ざんが認定された事例である.医療機関の環境等によってはまだカルテ記載が手書きの場合もあり,外科医の関心も高いと思われ紹介する次第である.なお,本件は,病院側がカルテ改ざんの有無を争っているため,あくまで判決上ではカルテ改ざんと認定されたという事案であることにご留意頂きたい.
患者(男性・80歳位)は平成12年6月27日以降,右眼の加齢黄斑変性症等で本件病院に通院していたが,平成15年8月9日,右眼の白内障等と診断され,平成16年4月20日には,左眼も白内障と診断された.
平成25年5月7日,患者は両眼の加齢黄斑変性症と診断され,平成25年7月30日頃までに,加齢黄斑変性の合併症として白内障が出現しているとして手術を勧められていた(以下,平成25年の時系列については月日のみ記載する).
9月24日,本件の執刀医が担当医に就任し,11月14日に右眼,11月21日に左眼の白内障手術が実施される予定となった.
11月14日,執刀医は白内障の治療として右眼の水晶体再建術(水晶体超音波乳化吸引術(PEA)および眼内レンズ挿入術(IOL))(本件手術1)を実施した.
11月21日,白内障の治療として左眼の水晶体再建術(水晶体超音波乳化吸引術)(本件手術2)を実施したが,チン小帯が6時から12時方向に半周断裂する等したため,眼内レンズ挿入術は実施できなかった.
12月26日,執刀医は本件手術2において挿入できなかった眼内レンズを挿入するため,左眼眼内レンズ挿入術および硝子体茎離断術(本件手術3)を実施した.
本件手術3の後,患者の左眼の視力は光覚弁なし(明暗を識別できない)となり回復せず,平成29年1月6日,他院にて左失明と診断された.
2.本件の争点
主な争点の一つはカルテ改ざんの有無であった.本件では,本件手術1ないし3を実施するにあたり,手術に付随する危険性として,原告のチン小帯が弱く,これが断裂等して眼内レンズが挿入できない可能性があること等を説明する義務があったことに争いはないが,執刀医が,チン小帯の脆弱性やそれを家族に説明した旨のカルテの記載があると主張したところ,患者側は,そのような説明は受けておらず,カルテの改ざんであるとして争った.
3.裁判所の判断
裁判所は,手術記録は手術中に起きたこと,術中合併症等をありのままに記載するものであり,被告センター眼科においては,記録医が手術中に記録し,術後,手術室において執刀医が必要に応じて追記して作成されていたものと認められることから,手術記録の記載内容は,手術の経過を経時的・客観的に記録したものとして信用することができるとし,この手術記録の記載内容に反し,または整合しないカルテの記載は信用性が極めて低いとした.
そして執刀医が11月14日,11月15日,11月20日のカルテに右眼のチン小帯の脆弱性やそれを患者に説明した旨の記載があると主張した点については,水晶体超音波乳化吸引術におけるチン小帯断裂は,最も避けなければならない合併症の一つで,脆弱性があったなら手術記録に記載されるのが自然であるにも拘わらず,本件手術1の手術記録には,右眼のチン小帯の脆弱性に関する記載は全くないため,手術記録と整合しないカルテ記載は信用性が極めて低いとし,また,執刀医の主張するカルテ記載は,他の記載をした後に右上方に挿入されるような形で記載されていたりするなど体裁の不自然さもあること等も踏まえ,執刀医のカルテ改ざんを認定した.
次に,執刀医が,本件手術2に関し,11月21日のカルテには患者の左眼のチン小帯がもともと断裂していた旨の記載や,それを患者と患者の家族に説明した旨の記載がある等と主張した点については,本件手術2の手術記録には,患者のチン小帯が本件手術2の術中に,6時から12時方向に半周断裂したとの記載があり,手術記録の記載内容と整合しないカルテの記載は信用性が極めて低いとし,さらに,これらの記載が,カルテの右側に枠囲いで挿入されていたりするなど体裁の不自然さもあること等から,執刀医のカルテ改ざんを認定した.
また,執刀医は,カルテ上の11月26日の左眼眼圧36mmHgの記載の「3」の文字が,上からなぞられた形跡があることについて,初めから「36」と記載していたが,「3」の文字が「5」と誤読されるおそれがあるため,改めてなぞった旨の主張をしたが,看護記録には56mmHgとの記載が2か所あることや,カルテの記載を訂正する場合には,訂正前の記載が分かるように訂正すべきであるにも拘わらず,訂正前の記載の上からなぞり,訂正前の記載が判明しないような方法で訂正をしていること等を踏まえ,執刀医のカルテ改ざんを認定した.
4.本事例から学ぶべき点
本判決では,カルテの記載の位置や体裁が不自然であること等がカルテ改ざんの認定の材料となっているが,実務においては,事後的に誤記等が判明し追記訂正等が必要になったものの,追記等するスペースが足りず欄外に記載せざるを得ず,体裁が不自然になってしまうようなケースも考えられる.このような場合,誤解を防ぐべく,訂正した日付や経緯も記載したい.なお,誤字の訂正方法として,誤字の上からなぞるような形で行う訂正は厳に控えたい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京地裁令和3年4月30日判決(確定).

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