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日外会誌. 122(6): 585, 2021

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Editorial

Acute Care Surgery―新型コロナウイルス流行の逆境を力に―

大阪市立大学大学院 医学研究科救急医学

溝端 康光



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中国武漢市で2019年12月に初めて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が発症した後,その流行はまたたく間に世界中に広がった.日本国内では2020年1月16日に1例目の陽性者が確認され,その後,4月の第1波,8月の第2波,年末の第3波と流行は勢いを増し,5月の本原稿執筆時は第4波の真っただ中にある.
このような流行拡大のなか,わが国の医療体制,特に救急医療体制は大きな影響を受けた.診療スタッフおよびコロナ病床の確保のため,多くの医療機関が病棟の閉鎖,手術枠の縮小,救急患者の受け入れ制限を余儀なくされた.全国的な影響については,今後の調査で明らかにされると思われるが,大阪府では多くの二次救急医療機関や救命救急センターで患者受入制限が生じ,緊急事態宣言等により救急搬送件数が前年比で約11%減少したにもかかわらず,搬送困難症例は約25%も増加した.
Acute Care Surgery(ACS)は外傷外科,救急外科,集中治療を対象領域とする外科分野である.腹部外傷による出血性ショックや,消化管穿孔による敗血症性ショック等,緊急手術を要する重症患者を対象とすることから,COVID-19流行により最も影響を受けた外科領域であろう.例えば,流行下においてはすべての救急搬送患者をCOVID-19疑いとして対応せざるを得ないため,診療スタッフや医療資機材,血液製剤のベッドサイドへの提供に困難が生じた.また,患者を容易には移動させられないため,迅速な初期診療,蘇生処置,緊急手術等が従来どおりには実施できなくなった.COVID-19流行がACS診療に及ぼした影響について幅広い検証が必要であろう.
一方で,患者の院内移動に大きな制限が生じたことは,救急初療室での高度な蘇生処置や緊急手術の実現にむけ,強い後押しになったとも考えられる.当院では,COVID-19下での外傷初期診療のシミュレーションを繰り返すなかで,CT装置への救急患者の直接搬入,X線透視下でのREBOA(Resuscitative Endovascular Balloon Occlusion of the Aorta)導入やECMO(Extracorporeal Membrane Oxygenation)カテーテルの挿入,初療室での緊急IVRの実施,緊急開胸・開腹のための器材追加補充など,医師・看護師・診療放射線技師・臨床工学技士らが協力しあい,ACS診療のKAIZENが実現できた.大きな反対もなく診療のKAIZENが行えた背景に,医療安全と並ぶ院内感染対策という強い後ろ盾があったことは間違いない.
ダーウィンの「種の起源」によれば,環境に翻弄されるなかで自然淘汰を生き抜いたものがより生存力の高い種へと進化するとのことである.今回のCOVID-19流行という逆境を,より良いACS実現のための力としたいものである.

 
利益相反:なし

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