日外会誌. 122(5): 499-500, 2021
会員のための企画
医療訴訟事例から学ぶ(122)
―老人ホームに対し入居者とその子の面会を妨害してはならないと決定された事例―
1) 順天堂大学病院 管理学 岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1) |
キーワード
親族間の紛争, 面会妨害禁止の仮処分, アルツハイマー型認知症, 老人ホーム
【本事例から得られる教訓】
高齢患者の入院中にキーパーソン等から,他の親族と患者を面会させないで欲しい等の要求を受けても,安易に応じてはならない.医療機関は原則として患者の意向に沿って適切に判断していくべきである.
1.本事例の概要(注1)
今回は,老人ホームに入居中の両親と,面会を希望する長女との面会が実現しなかったところ,裁判所から老人ホーム等に対し,長女と両親の面会を妨害してはならないという決定が下された事例である.本件は老人ホームの事例であるが,医療機関に高齢者が入院している場合等には,同様の問題が生じる可能性があり,外科医の関心もあると思われ紹介する次第である.
父(約87歳.アルツハイマー型認知症)および母(約88歳.アルツハイマー型認知症)は,福岡県で長女(妹)の住居近隣の自宅で生活していたが,平成29年6月20日,長男(兄)が両親を連れて横浜に移動し,両親は自宅を退去した.その際,長男は長女に,事前に両親の退去について連絡をしなかった.
平成29年9月29日,長女は長男および両親を相手方として,横浜家庭裁判所に,親族間の紛争調整の調停申立てをした.しかし,長男と両親は第1回調停期日(平成29年11月8日)に出頭せず,家庭裁判所調査官が長男に対し出頭を求めたところ,調停に応じるつもりはないと回答した(そのため平成29年12月6日,調停は不成立で終了).
平成29年11月頃,長女が地域包括支援センターに問い合わせたところ,両親は施設に入所中であるが,長男から施設名を教えないように言われている旨の回答を受けた.
平成29年12月頃,長女は,横浜家庭裁判所に対し両親についてそれぞれ成年後見開始の審判を申し立てた.しかし長男は家裁調査官に対し,両親の所在を明らかにせず,また,家裁調査官が両親が入居していると想定される施設へ問い合わせをしても,入居しているか否かの回答を得られなかった.
一方,両親の所在については,両親は,平成29年6月20日に横浜に移動し長男の自宅で生活していた.
長男は包括支援センターに相談するなどして,平成29年10月14日頃から,両親は老人ホームに入居した.
平成29年11月頃,両親は横浜市の老人ホームに転居し,現在まで同施設に入居している.
その後,長女は,横浜地方裁判所に,長男および老人ホーム(の運営法人)に対し,両親との面会妨害禁止の仮処分を申立てたところ,平成30年6月27日,裁判所は,長男および老人ホームに対し,面会妨害禁止の仮処分の決定をした.
これに対し,長男が横浜地方裁判所に異議申立てを行った.
2.本件の争点
長男は,両親から懇願されたため両親を横浜に連れてきたのであり,両親は長女との面会を拒絶しているため面会妨害の事実はなく,また,両親は長女が施設に来ることに怯えている状態にある等と主張した.
3.裁判所の判断
裁判所は,両親はいずれも高齢で要介護状態にあり,アルツハイマー型認知症を患っていることからすると,子が両親の状況を確認し,必要な扶養をするために,面会交流を希望することは当然であるとし,それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど,両親の権利を不当に侵害するものでない限り,長女は両親に面会をする権利を有するとした.
長男の主張については,長男提出の証拠等を考慮しても,長女が両親と面会することが両親の権利を不当に侵害するような事情は認められないとし,長男の主張を排斥した.
そして,長男が長女に両親が入居している施設名を明らかにしないための措置をとったことや,長男は家庭裁判所調査官に対しても両親の所在を明らかにせず,調停への出頭を拒否したこと,さらに,本件(異議申立事件)審尋期日においても,長男は,長女と両親が面会することについて協力しない旨の意思を示したこと等を踏まえ,長男の意向が両親の入居している施設等の行為に影響し,長女が現在両親に面会できない状態にあるとした.また,長男の従前からの態度を考慮すると,今後も,長男の妨害行為により長女の面会交流する権利が侵害されるおそれがあるとし,長男の異議申立てを認めなかった.
4.本事例から学ぶべき点
本件において,仮処分決定に異議を申立てたのは長男のみのようであるため,老人ホームが長女と両親の面会に具体的にどのように関与していたのか詳細は明らかではない.ただ結論として,老人ホームは,裁判所から面会妨害禁止の仮処分決定を受けている.
従前から,親族の一部が高齢の親の所在を他の親族に明らかにせず(囲い込んでしまい),親族間で紛争になることは少なくないと思われるが(注2),こうした親族間の紛争については,老人ホームに限らず高齢者が入院する医療機関が舞台になる可能性もあるため,医療機関が裁判の当事者になり,不本意な決定を受けるようなことは極力避けたいところである.
例えば,高齢者の入院にあたり,子の一人がキーパーソン等になることは少なくないと思われるが,当該キーパーソンから,他の親族には入院の事実を伝えないでほしい,面会させないでほしい,等の要望を受けたりすることはないだろうか.
医療機関のスタッフも,日常的にこうした親族間の紛争に接している訳ではないため,実際にこうした事例に遭遇すると,判断に難渋することが少なくないようである.筆者も時折相談を受けることがある.
本件において裁判所は,端的に(誤解を恐れずに)言えば,両親の意思に明確に反する等の事情がない限り,子は両親に面会する権利があると述べた.子に面会する権利があるのであれば,医療機関も直ちには面会申し出を拒めないことになる.
ポイントは,やはり患者の意向であろう.とはいえ,この手のトラブルは,スタッフが常に即断できるとは限らず,また,ケースバイケースの判断が求められることもあり得る.もしこうしたトラブルに遭遇した場合には,安易に対応をすると法的手続きに巻き込まれる危険もあるため,組織として対応する,弁護士に相談する等,慎重な対応を心掛けたい.
利益相反:なし
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