[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (827KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 122(5): 462-467, 2021

項目選択

特集

大動脈弁疾患に対する外科的治療の現況

5.低侵襲手術およびSutureless valveについて

東京女子医科大学 心臓血管外科学講座

菊地 千鶴男 , 新浪 博士

内容要旨
2019年に本邦でもsutureless valveが保険収載された.経カテーテル大動脈弁置換術(TAVR)の認可は2013年であるから,約6年後の本邦登場である.従来の外科弁による大動脈弁置換術(SAVR)の手術成績が極めて良好であり,TAVRの症例数も劇的に増加している本邦において,後発のsutureless valveがどのような恩恵をもたらすのか.手術時間の短縮効果や低侵襲心臓手術(MICS)での使用における植込みのしやすさ,人工弁としての耐久性などsutureless valveが今後のstandardとなりうるか?登場から2年あまりが経ち本邦におけるsutureless valveの現状と今後の展望について報告する.

キーワード
大動脈弁, 人工弁, Sutureless, PERCEVAL, Intuity

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
最新の2017年日本胸部外科学会学術調査によれば,大動脈弁置換術(SAVR)は単独で年間約1万例施行され本邦の心臓外科領域では最も多く行われる手術である.さらにCABGや僧帽弁手術とSAVRの合併手術は約6,200例行われた.高齢者に対して行われるTAVRの症例数は約4,600例である.一方TAVRの使用が一般的でなかった2013年の同調査では単独SAVRは約1万例と2017年と変わらないが,SAVRと何らかの合併手術は約5,400例であった1).本邦における心臓手術が加速的に高齢化・複雑化している証左といえる.大動脈弁位に使用される人工弁は現在85%以上が生体弁で改良による耐久性の向上,植込みのしやすさなどが追求されてきた.このような時代を背景に本邦では2019年1月よりsutureless valveが保険収載され使用可能となった.これまで使用されてきたいわゆる外科弁との大きな違いは,心臓の弁輪に縫合糸をかけ,人工弁のカフに通し結紮する一連の手技が必要ないことと,それによる大動脈遮断時間の短縮である.弁輪への糸かけと縫合が複雑となるMICSへの応用と手術時間が長時間となる合併手術や再手術においてその効果が期待される.

II.二つのsutureless valve~製品の特徴~
Sutureless valveにはEdwards社製のIntuity Elite(以下,Intuity)とLiva Nova社製のPERCEVALの2製品がある(表1).いずれもウシ心膜弁でそれぞれの企業製生体弁をもとにsutureless valveとしてredesignされたもので,組織の固定法や抗石灰化処理などはそれぞれの社の知識と経験から最良のものが用いられている2)
Intuityの前身はEdwards社のCEP Magna弁で,本邦でも多くの心臓外科医に馴染みがあって耐久性にも一定の評価がある3).この弁の左室側に布に覆われたステンレス製のフレームが組み込まれており,このフレームをバルーンで拡張して弁下の左心室流出路に圧着固定する.弁のサイズはCEP magna弁と同様に19mmから2mmきざみで27mmまでの5種類がある.使用時Intuityでは心臓の弁輪にかけた3本のガイドスーチャーは人工弁に結紮縫合するので厳密には完全なsuturelessとは言い難い.この点でIntuityをsutureless valveと区別しrapid deployment valveと呼称することがあるが,本稿では広義のsutureless valveとして扱うこととする.
PERCEVALの前身は現在Liva Nova社がSolo-Smartとして販売しているステントレス弁である.この弁を鳥籠様の形状をした形状記憶合金製(Nitinol)の自己拡張型ステントに組み合わせたものである.清潔野で弁を折り畳んで専用のホルダーに込め,大動脈弁輪の適正な位置で展開する.その後バルーンで左室側のステント開口部を拡張する.位置を決める際に各nadirに通した糸をガイドとして使用するが,これはバルーン圧着後に抜き去ってしまうのでこの弁は完全なsuturelessといえる.ステントの形状から,弁下のみならずバルサルバ,ST-Junctionにおいても固定される.固定後であってもステント上端を鑷子2本で捻るようにすれば容易に取り出すことも可能である.弁のサイズはS,M,L,XLの4種類である.
いずれの弁も本邦において大動脈弁閉鎖不全症(AR)に対しては保険適応がないが,北米ではPERCEVALはARにも使用されている4).またPERCEVALでは先天性二尖大動脈弁のType 0には使用を控えるべきである5)

表01

III.これまでの外科弁との違い~圧倒的に短縮される大動脈遮断時間~
基本手技としては人工心肺を使用して大動脈遮断とし,心筋保護下に心停止とし,上行大動脈を切開して大動脈弁,弁輪の石灰化をきれいに切除する.さらに専用のサイザーを用いて弁サイズを決定する.ここまでは従来の外科弁と同様に行う.このあと,Intuityでは心臓弁輪のnadirに等間隔に3本の単結節糸をかけ弁を留置し,バルーンによる拡張の後,これを結紮して固定する.PERCEVALでは助手が適正なサイズの弁を折り畳む.Nadirにかけた糸をアイレットと呼ばれるループに通し,これをガイドに弁の位置決めを行う.適正な位置に弁を固定して弁を留置しその後バルーンで後拡張する.Nadirにかけたガイド糸は固定後に抜去する.PERCEVALは縫合カフの無いstentlessであるため従来の外科弁と比して同じサイズでも大きな弁口面積を有する.
いずれのsutureless valveも開始にはMICS手術の施設認定を取得していることを前提条件としており,留置後の評価のために経食道心エコーに高いスキルが求められる.また使用開始時にはIntuityは2例,PERCEVALは5例のProctorshipによる手術指導が必要である.10例ほど症例を経験し留置のコツを掴めば,弁の切除と石灰化の除去にもよるが,大動脈切開から弁置換術,大動脈閉鎖までを30分ほどで施行可能となる.

IV.当科における使用経験
当科では2019年4月より2020年末までにsutureless valveをちょうど100例に使用した.内訳はIntuity 25例,PERCEVAL 75例であった(表2).平均年齢は75歳,女性の比率は46%で,単弁置換は36例であった.合併手術は64例で表3のとおりで多岐に及んだ.PERCEVALの初期の症例で3例の弁の入れ直しを経験した.1例はステントが左冠動脈の直前にきてしまい,取り出したのちに20度程度回転させて入れ直した.他の2例はいずれも大動脈遮断解除後に経食道心エコー評価で人工弁周囲逆流を認め,再遮断後に入れ直しを行った.従来の外科弁への移行は経験していない.
単独SAVRに限れば平均大動脈遮断時間はIntuityで46分,PERCEVALで41分であった.Proctorの指導下に行った初めの10例を除くとPERCEVALでは38分となり最短は26分であった.TAVRの適応から除外された透析患者など困難な背景を持つ症例が多く含まれたが,術後の心エコー検査では人工弁周囲逆流は両弁とも1例ずつで極めて軽度であり,人工弁の有効弁口面積も十分な値を示した.Intuityで3例の房室ブロックを生じたがPERCEVALでは認めなかった(表4).

表02表03表04

V.TAVRとの比較
TAVRとsutureless valveの周術期成績を比較検討した論文はすでにいくつか報告されており,いずれも両者の短期成績は良好で有意差がないと結ばれている6).歴史が浅いため両者の長期遠隔成績を比較した論文はない.
TAVRは本邦では2013年10月から使用されている.2020年末までに実施施設は186施設となった.Hybrid手術室の機器の整備やHeart Teamの熟成が多くの施設で完了し,そして何より多くの術者のlearning curveもplateauに達していよう.製品も改良が重ねられ低プロファイル化し合併症が減少,留置のしやすさや安定性も向上している.循環器内科が主導する施設も多く,低侵襲という点においては人工心肺下に大動脈遮断を要しないという時点で別次元のものと考える.
最新の2020年弁膜症治療のガイドラインによれば本邦ではTAVRの推奨は80歳以上の高齢者とされる.これは現在では10年以上の長期耐久性が未だ不明であることが理由である7).当科でも概ねガイドラインと同様の考えで,80歳以上のASに対する単独AVRはTAVRを,70歳以上で合併手術を要する場合はsutureless valveを選択している.TAVRは石灰硬化した大動脈弁をバルーンで裂開するのに対し,直視下に弁を切除し弁輪の石灰化も超音波破砕装置(CUSA)などで綺麗に除去したのちに人工弁が留置することから,長期的に見ればそのパフォーマンスがsutureless valveで高いことは想像に難くない.現在ではやはり,TAVRは人工心肺使用に耐容困難な症例や超高齢者に限られるべきと考える.また現時点においてはTAVRの使用が限定的である透析患者,CABGや他の弁との合併手術を要する場合,少しでも大動脈遮断時間の短縮が可能なsutureless valveが積極的に選択されるべきと考える.

VI.MICSへの応用,今後の展望
当科におけるsutureless valveのMICSへの応用は2019年7月から開始した.右第三肋間からの小開胸アプローチを基本とし,人工心肺は大腿動静脈を用いて行う.このアプローチでは通常の外科弁では右冠尖への結紮縫合が困難な症例を経験するがsutureless valveではこの困難さを回避できうる.皮膚切開創と大動脈弁の位置関係によってはPERCEVALは挿入困難となる場合があるがIntuityではデリバリーシステムのシャフトを曲げる事ができるため適応の幅が広い.術前に3DCTにて胸郭と大血管,大動脈弁の位置関係を十分に検討してから適応を決めており,これまで胸骨正中切開に移行した症例はない.MICSの利点として術後の出血量が少なく早期離床が可能で在院日数を減らすことができる8).現在は単独SAVRに限って行っているが,今後は合併手術にも適応を拡大すべく工夫を行っている.Sutureless valveの使用によってMICSがSAVRの標準的な手技となる可能性があると考えている.ただし単独SAVRは修練中の心臓外科医にとっての登竜門でもありMICSによるSAVRを劇的に増やすことは難しい一面もある.

VII.おわりに
消化器外科領域ではendoscopeを用いた低侵襲手術は既に一般的となっているが,心臓外科領域においてはそうはならなかった.この一因としては最も肝心な部位の縫合手技を自動化するデバイスがなかったことが考えられる.右小開胸下によるMICS手術は2019年より加算点数が保険収載され施行する施設が増えてきたが,視野が良好な僧帽弁形成や心房中隔欠損閉鎖に限って行っている施設が多い.特にSAVRはknot pusher使用による縫合不全が懸念されることから積極的にMICSで行う施設は少なかった.Sutureless valveの登場で今後は肝心な結紮縫合手技を省くことができることからMICS SAVRへの応用が大変期待される.また冒頭に述べたように心臓手術は年々複雑化しており再手術も増加している.バイパスグラフトを複数吻合したうえで,メイズを行い,僧帽弁や三尖弁を形成した上でSAVRを行うなどを想定すれば,いかに大動脈遮断時間を短縮するかは術者にとって手術戦略上の要であろう.こういった場合にもsutureless valveの選択肢は大変有効と考えられる.
当科では現在は高齢者のSAVR合併手術はsutureless valveを選択することが増えた.今後は長期間の予後調査を行って耐久性に対する見極めをしっかり行い,さらに次世代の人工弁に対する提言を行う必要があると考えている.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery, Shimizu H , Okada M , et al.: Thoracic and cardiovascular surgeries in Japan during 2017. Gen Thorac Cardiovasc Surg, 68: 414-449, 2020.
2) Liakopoulos OJ , Gerfer S , Weider S , et al.: Intuity vs PERCEVAL Direct Comparison of the Edwards Intuity Elite and Sorin Perceval S Rapid Deployment Aortic Valves. Ann Thorac Surg, 105: 108-114, 2018.
3) Minakata K , Tanaka S , Okawa Y , et al.: Long-Term Outcome of the Carpentier-Edwards Pericardial Valve in the Aortic Position in Japanese Patients. Circ J, 78: 882-889, 2014.
4) D’Onofrio A , Salizzoni S , Filippini C , et al.: Surgical aortic valve replacement with new-generation bioprostheses sutureless versus rapid-deployment. J Thorac Cardiovasc Surg, 159: 432-442, 2020.
5) Nguyen A , William M , Fortin A , et al.: Sutureless aortic valve replacement in patients who have bicuspid aortic valve. Cardiovasc Surg, 150: 851-857, 2015.
6) Santarpino G , Pfeiffer S , Jessl J , et al.: Sutureless replacement versus transcatheter valve implantation in aortic valve stenosis:A propensity-matched analysis of 2 strategies in high-risk patients. J Thorac Cardiovasc Surg, 147: 561-567, 2014.
7) 日本循環器学会/日本胸部外科学会/日本血管外科学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン,2020年改訂版弁膜症治療のガイドライン:67-70, 2020.
8) Yokoyama Y , Takagi K , Kunose T , et al.: Conventional versus Right Mini-thoracotomy versus Robotic Mitral Valve Replacement/repair:Insights From a Network Meta-analysis. Circulation, 142:A16046, 2020.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。