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日外会誌. 122(5): 437-439, 2021

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理想の男女共同参画を目指して

女性外科医が経験するハラスメント

東京慈恵会医科大学 外科学講座

川瀬 和美

内容要旨
女性外科医においては,妊娠・出産はキャリア形成とともに人生の重大な問題である.しかし,ジェンダー・妊娠・出産に対する偏見や差別を経験する女性外科医は少なくない.本稿では日本外科学会(以下,JSS)女性会員全員を対象に行った妊娠・出産の実態や意識に関する調査結果より,女性外科医が経験するハラスメントについて述べる.

キーワード
女性外科医, 妊娠・出産, ハラスメント

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I.はじめに
2018年JSS男女共同参画委員会にて女性会員全員(3,570名)を対象に,「女性外科医の妊娠・出産に対する意識とその実態に関するアンケート調査」をウェブ形式で施行した(本調査の詳細は報告書http://www.jssoc.or.jp/other/info/info20191211. pdfを参照されたい).前回はこの調査結果を基に妊娠・出産とキャリアについて述べた.本稿では,女性外科医が経験するハラスメントについて考えていきたい.

II.妊娠・出産アンケート
本調査の質問はかなり繊細な内容が含まれるため,対象者には本試験の目的と調査をお願いする際不快な思いに対し謝罪し,承諾者のみがアンケート開始画面に移り,さらに最初の質問で回答の意思を確認し,「いいえ」を選択された場合アンケートは終了とした.
質問項目を簡潔に記載する.回答者属性,仕事・生活状況,子供の有無,妊娠・出産に関する意見,妊娠または分娩にまつわる経験,妊娠・出産に伴う仕事の内容について,妊娠・出産に関する自由記載.この中で,妊娠を歓迎しない発言を受けた経験・セクシャルハラスメントを受けた経験・妊娠中のいやな経験についても調査した.3,570名中回答者は1,068名,回答率29.9%,年齢中央値37歳(25~69歳)だった.
妊娠を歓迎しないような発言を受けた経験は全体で37%,セクシャルハラスメントを受けた経験は49%に認められた(図1A,B).これらのハラスメントは30代後半から40代に多くみられ,特にこの年代で子供のいない回答者の6割以上がセクシャルハラスメントを受けたと回答している.
子どもを持つ人に対し複数回答で調べたところ,42%の回答者に合計318のマタニティハラスメントの経験があり,その内容は,言語によるハラスメント(105),退職の勧告(41),無視される(28),仕事の押し付け(27)などだった(図1C).
フリーコメントでハラスメントに関する記述は45回答あり,具体例としていくつか挙げる.
・「先生も子どもさえ産まなければこのまま昇り調子で行けるのに,これでもう下がってしまうね」と男性の上司から言われ,とても悲しい思いをしました.(30代)
・育休後は元の科に戻してもらえるはずが,子供の発熱などで休まれると困るからという理由で数年健診センターなどの他部署にいるように話を持っていかれてしまいました.このままだとサブスペシャルティの専門医を取れなくなる可能性も出てくるため,職場移動を考えています.(30代)
・24時間365日対応できない女医は専門医が取得できる施設へ派遣してもらえない.(30代)
・結婚・出産している女性には優しく・優先してサポートするという職場なので,皆の前で,「結婚しているか,子供はいるのか」ということを話させることがありました.独身の人は,「私はまだ結婚していなくて子供もいません.」と発表していました.どんなに頑張っていてもこのような逆サイドのハラスメントがあることも知っておいてほしいです.(30代)

図01

III.考察
女性外科医にとってキャリアとともに妊娠・出産は重大な人生の要素である.2014年のJSS調査では,20代,30代の未婚女性では90%,80%と高い割合で子供を持ちたいという希望があった1).今回の調査で,妊娠を歓迎しない発言・セクハラを受けた経験を持つ女性外科医は,それぞれ37%・40%に認められた.50代後半や60代の90%以上がハラスメントの経験があるが,これらの年代において「仕事か家庭かの二者択一が当たり前の特に封建的な外科において昔のこと」と理解したとしても,妊娠・出産年代である30~40代の女性外科医にも3割以上にこのような経験が認められる事実を重大に受け止め,改善してかなくてはならない.厚生労働省によるハンドブック2)では,セクシャルハラスメント妊娠・出産等のハラスメントの例として具体例が挙げられているが,上述のように今回のアンケートでもこの具体例と同様の経験が数多く挙げられていた.また,性別や少数の立場に対する無意識の差別的発言や行為をマイクロアグレッションと呼ぶが,この積み重ねが少数派当事者の精神衛生,仕事のパフォーマンス,ひいてはキャリア形成に負の影響を与える.男性優位の外科においては,男性医師がより注意を払い女性外科医がその性別や妊娠・出産により受ける差別や偏見をなくすために協力していく必要がある.男性が傍観者ではなく,より積極的に男女共同参画運動に携わる動きが世界的に始動している(#HeForShe)3).わが国ではこの動きがまだみられないが,今後積極的に行っていく必要があろう.

 
利益相反:なし

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文献
1) Kawase K , Nomura K , Tominaga R , et al.: Analysis of gender-based differences among surgeons in Japan: results of a survey conducted by the Japan Surgical Society. Part. 2: personal life. Surg Today, 48: 308-319, 2018.
2) 厚生労働省:職場のセクシュアルハラスメント妊娠・出産等ハラスメント防止のためのハンドブック. https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000474782.pdf
3) Wood DE : How can men be good allies for women in surgery? #HeForShe. J Thorac Dis, 13: 492-501, 2021.

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