日外会誌. 122(3): 307-313, 2021
特集
乳癌診療の現状と課題
4.乳房再建術の現状と課題
埼玉医科大学総合医療センター 形成外科・美容外科 三鍋 俊春 |
キーワード
乳房再建, 自家組織, 人工物, BIA-ALCL, HBOC
I.はじめに
乳癌における乳房再建術とは,乳房切除術に続いて乳房の形態を復元・修復する手術治療である.乳房再建法として,患者自身の組織を利用する自家組織移植(皮弁・筋皮弁術)と人工物である乳房再建用シリコンインプラントを利用する2法に大別され,前者は2006年4月,後者も2013年7月に保険適応(後者はのちに良性乳腺腫瘍に対する乳腺全摘にも適応拡大)となった.乳房再建用人工物には,一時的に留置して皮膚・筋肉を左右対称の乳房型に拡張・調節するのが目的のエキスパンダー(生理的食塩水を注水・抜水して調節)と,長期間人工乳房として留置するのが目的のインプラント(シリコンゲル内包,サイズ固定)がある.乳房再建術を施行する時期は,乳房切除術と同時に行う一次再建と,切除から時間を置いて行う二次再建があり,それぞれが1期one-stageまたは2期two-stage(または多期)の手術回数で乳房再建を完了することができる.所轄する日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会(JOPBS)によると,乳房切除と同時にエキスパンダーを留置し,後にインプラントもしくは皮弁に置換する一次二期再建手術を推奨し,症例数が最も多い.また,乳房再建術は形態安定までに一定期間を要するため,本手術を施行したがゆえに乳癌術後の化学療法や放射線療法を妨げることがないようにすることが極めて重要である.
乳房再建術における自家組織と人工物の内訳を示す公式な全国統計は乏しいため,著者の診療科の実績を示す(表1).当科は乳腺外科と外来から連携して手術を行っている.自家組織と人工物がともに保険適応になった2013年7月から直近の2020年11月まで,乳房再建総数は214例(全国では中規模)であった.このうち,インプラントによる乳房再建術が162例で76%を占め,腹部皮弁または広背筋皮弁によるものは50例で23%,インプラントと広背筋皮弁の併用は2例で1%であった.症例数の推移で注目すべきは,2013年途中の乳房用エキスパンダーとインプラントの保険適応により,「乳房再建術」の認識が乳腺外科医や患者らで広がり,年間の乳房再建合計数が格段に増加したことである.そして,インプラント再建のみでなく皮弁再建も増加していることから,乳房再建法の選択肢を示して患者に見合う手術が選べるようになったと考えられる.ただしその中で,乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(BIA-ALCL)の発生率が高いとして,2019年7月のアラガン社インプラントの自主回収いわゆるアラガン・クライシスAllergan Crisisが生じた1)
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4).このあおりで,2019年から2020年11月現在までは乳房再建数が著明に落ち込むことになった.加えて,COVID-19も乳房再建数に少なからず影響したと考える.
II.人工物:インプラントによる乳房再建
インプラントによる乳房再建症例数は,JOPBSのホームページ公表データ(年次使用成績,2013年から2019年)が示すように(図1)5),2013年度途中で保険適応となって以来順調に右肩上がりで増加し,2018年には年間約6,500件(公表データではインプラント1個を1件とする)を超えるまでに増加し,一次二期再建が約5,000件を占めた.一次二期再建(もしくは二次二期再建)で,一期目に一時使用するエキスパンダーもほぼ同様に6,500件程度(2018年)まで使用数を伸ばしていた.しかし,アラガン・クライシスの発生した2019年にはインプラント症例は4,196件に減少した.現在では,2020年1月から販売されたアラガン社の新型エキスパンダー(スムーズ表面アナトミカル形状)とインプラント(スムーズ表面ラウンド形状)に加えて,シエントラ社のインプラント(スムーズ表面ラウンド形状とテキスチャー表面アナトミカル形状)も2020年10月から保険適応となった.
1.一次二期再建の実際
1)エキスパンダーの留置と術後管理
乳房切除術に続いて,大胸筋下を第3肋間から第6肋骨上縁まで剥離してポケットを新たに作成し,エキスパンダーを挿入する.そして,筋肉と皮膚皮下縫合後に乳腺切除量(g)や組織緊張などを目安に,切除量の50~70%の生理食塩水(㏄,水の比重を1と計算)を術中注入する.吸引ドレーン(15Fr)は,皮下の乳腺切除創と大胸筋下に計2本留置する.これらの所要時間は約60分である.術後はドレーンからの1日廃液量が20ml台に減量するまで,約2週間の入院となる.退院後は,外来での2~3回の追加注水(術後2カ月程度)で健側乳房と対称性のサイズになる(図2)6).エキスパンダーは皮膚と大胸筋が十分に進展した状態で安定するまで6~8カ月ほど留置しておく.ドレーンやエキスパンダーの留置期間が不十分な場合は,被膜(シリコン周囲に形成される線維性膜,カプセルとも呼称)拘縮などの合併症の原因になると考える.第二期手術でエキスパンダーをインプラントに入れ替える.ここで患者の希望により,自家組織(皮弁)に入れ替えることもできる.
2)エキスパンダーからインプラントへの入れ替え
エキスパンダーの留置期間のみでなく,術後の化学療法や放射線治療との関係により,入れ替え手術の時期や方法を決定する.エキスパンダーへの注水量に近似する容量のインプラントを数サイズ準備しておき,術中のサイザー(仮留置用インプラント)で最終的なインプラントを決定する.この際に,座位へ体位変換して,正面,斜面,側面から両側乳房のバランスを評価し,必要により被膜の切開,切除,縫縮や乳房下構の固定を行う.この手術所要時間は,乳房再建術を施行する7病院の平均で約90分であった7).
また,乳頭乳輪再建が必要ならば,乳房マウンド作成約6カ月以降に,組織移植や局所皮弁(保険適応),医療用刺青(保険適応外)により形成することができる.提示症例では,対側乳頭を半切した複合組織移植で乳頭を,大腿基部の着色皮膚の植皮で乳輪を作成した(図2d)8).乳頭乳輪は乳房マウンド完成後に再建できるため,「乳頭乳輪温存」にさほどこだわる必要はないと考える.
2.インプラント再建において乳腺・形成両科が共有すべき留意点
乳房切除術を施行する臥位では,立位時に比べて乳房が上外方に偏位して扁平化するため,切除範囲も上方(頭側)かつ広範囲になりやすい.切除の上方目安は,第3肋骨上縁,下方は乳房下溝(術前マーキングしておく)にとどめる.切除時に作成される胸部皮弁には皮下脂肪を均一に付着させて可及的に厚くする.大胸筋や前鋸筋の筋膜は大胸筋ポケットを作成する際に重要なので温存する.切除乳腺組織の形態は既製品のエキスパンダーやインプラントと相似の類円形にする.オンコロジーの許す限り可及的に,インプラント再建乳房の形態を留意した乳房切除術を施行することが極めて重要である.
III.自家組織:皮弁による乳房再建
皮弁・筋皮弁には,皮膚と皮下脂肪組織からなる皮島(ボリュームの主体)と,それらを栄養とする主血管茎(通常は筋肉内を走行)が必要である.乳房手術前に産婦人科などの手術既往の有無を必ず問診して,これらが保全されていることを確認する.下腹部臍付近の豊富な皮下脂肪(‘ぜい肉’)を横軸型紡錘形に採取して利用する腹部皮弁と,背部・腸骨稜上部の皮下脂肪を利用する広背筋皮弁が,乳房再建に多く利用される.切除手術と再建手術を分担して,再建外科に精通する形成外科医に任せるのがよい結果につながる.
腹部皮弁には,筋肉を切離しない有茎腹直筋皮弁とマイクロサージャリーを用いて細径の血管吻合を行う遊離腹直筋皮弁,さらには筋肉を温存する深下腹壁動脈穿通枝皮弁(DIEP flap)などがあり9)
10),これらを左右で組み合わせて利用することもある.腹部皮弁では,仰臥位で皮弁の採取と胸部の乳房作成が同時進行でき,また,胸部皮膚が欠損する場合は皮島で補完できる利点がある.さらに,皮弁量が豊富な場合は,皮弁を半切して両側乳房を同時に再建できる.術後は皮弁採取部にも縫合閉鎖瘢痕が生じるが,腹部が減量するという余禄も得られる(図3).
広背筋皮弁では,皮弁採取部が片側のみとなるため皮弁組織量が少ない.そのため全乳房再建術では,インプラントと併用されることが多く,皮弁組織のみで再建できるのは200cc(A~Bカップ)程度までの比較的小さめの乳房となる11)
12).この際,乳房マウンドの形成には背部皮膚の厚みも重要なため,乳房切除では乳輪温存(NSM)または皮膚温存(SSM)などに組み合わせるとよい.また,広背筋皮弁の全乳房再建では十分な皮膚・皮下組織を皮弁に付着するために皮弁採取は側臥位で,その後乳房部の操作のために仰臥位への術中体位変換が必要なことが,腹部皮弁と大きく異なる.
もちろん皮弁再建においても,術中に座位として再建乳房の整容性を多方向から評価することが必要なことは言うまでもない.上記の皮弁のほか,殿部(GAP flap)や大腿内側基部(PAP flap)からの遊離皮弁も用いられる13).しかし,白人に比べて日本人では十分な組織量が採取できないこともあるのでこれらの術式の選択は慎重に行うべきである.マイクロサージャリーを行う遊離腹部皮弁による片側乳房再建術では平均380分,有茎広背筋皮弁では平均230分と,インプラント再建の90分に比べて長時間手術となっている7).
図4
IV.自家組織再建:乳房再建術における脂肪注入の現状と課題
自家脂肪注入移植fat graftingは,患者本人の皮下脂肪を余剰に付着する下腹部や殿部大腿部から吸引採取して,陥没変形した顔面や乳房などに注入するものである.米国食品医薬品局(FDA)では承認されており,日本でも保険適応外ながら臨床応用されている.同法の先進国である米国では,乳房再建術における効果と安全性に関しての見解が示されている14).「安全かつ効果的な適応」は,皮弁の壊死・委縮やインプラントの表面形状が顕わになることに対する周囲組織量の補填である.さらに,乳房温存術後の変形に対しても「効果的で概ね安全」とされている.しかし,自家脂肪注入移植のみでの全乳房再建については,「安全だが不確実な効果」の評価である.わが国でも自家脂肪注入を乳房再建に応用する施設はあるが,ほぼ上記の効果にとどまる.
HBOCにおける両側乳房再建では,人工物と皮弁・筋皮弁以外の第3の再建法がいずれ必要となってくるであろう.米国では体外装着型の陰圧組織拡張器(日本では入手困難)を装着後,自家脂肪注入を数回施行して両側乳房再建を遂げた症例が報告されている15).成功例が示すように,専門家による長期間を要する組織工学的な治療であることを知っておくべきである.
V.おわりに
乳房切除術と乳房再建術,乳腺外科と形成外科はまさに表裏一体である.両者がより密接に連携して手術治療を洗練し,乳癌診療全体の発展に貢献したい.
利益相反:なし
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