日外会誌. 122(3): 303-306, 2021
特集
乳癌診療の現状と課題
3.乳房切除術の現状と課題
藤田医科大学 乳腺外科 喜島 祐子 |
キーワード
乳房切除術, 乳房温存術, オンコプラスティックサージャリー
I.はじめに
最新の2017年日本乳癌学会学術調査年次報告1)によると,本邦では年間90,537例の原発性乳癌に対して,乳房全切除術と乳房部分切除術がほぼ同率の割合で実施されていた.1990年代には,全手術の7割弱を占める症例に実施されていた非定型乳房切除術では,乳房全切除術に加え腋窩リンパ節郭清が実施されていたが,現在では,原発腫瘍の切除と腋窩リンパ節の取り扱いは別々に考慮され実施されている.
標準術式である乳房切除術と乳房部分切除術の選択では,腫瘍の性質,広がり,腫瘍径のほか,切除断端陰性が確保されると予想される症例で乳房部分切除術の実施が検討される,乳房部分切除術では術後放射線療法が併用され,予想される整容性の観点も考慮した上で,患者の意向を優先して実施される.
本章では乳癌切除術の現状と課題について述べる.
II.乳癌手術の変遷と現状
欧米では,1970年代までは,Halsted理論に基づき,ほとんどすべての乳癌患者に腋窩リンパ節郭清に加えて大胸筋,小胸筋を含む乳房切除術が行われていた2).その後,胸筋温存乳房切除術が胸筋合併乳房切除術と比較して再発率および生存率が同等であることがランダム化比較試験で確認された.1970年代から80年代にかけて,乳房温存療法(乳房部分切除術+放射線療法)と乳房全切除術に対するランダム化比較試験が行われ,腫瘍径などの適応条件を満たす場合には,StageⅠ,Ⅱの浸潤性乳癌では乳房温存療法が推奨されるようになった.
本邦では,1987年には非定型的乳房切除術(現在の乳房全切除術)が定型的乳房切除術(胸筋合併乳房切除術)を上回り,1993年には前者が67.2%に達している3).一方,乳房部分切除術は欧米に遅れながらも1986年ごろから一部の施設で開始され,その後本邦での実施症例数は漸増した.2003年には乳房部分切除術が乳房全切除術(非定型乳房切除術)を上回り,2008年には59.7%に達した4).
その後,乳房部分切除術の割合は漸減し,2017年の報告では,乳房部分切除術と乳房全切除術はほぼ同割合で実施されていた(図1).
III.乳房切除術に関する現状と課題
乳房切除術は,乳房部分切除の適応とならない場合,または患者が乳房部分切除を希望しない場合に実施されてきた.2006年頃,本邦での乳房全切除の実施頻度は40%程度で,その後同頻度で推移していたが,2013年より増加に転じ,2017年は41,320例(45.6%)に対して実施されていた(図1).皮膚温存乳房切除術と乳頭温存乳房切除術を加えると,乳房部分切除術(46.3%)を上回る頻度で実施されていた.ティッシュ・エキスパンダーを用いた乳房切除後乳房再建術,シリコンゲル充填人工乳房による乳房再建術が保険適用となったことが影響していると推察される.
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会による2017年の乳房再建用エキスパンダー/インプラント年次報告によると,ティッシュ・エキスパンダーを用いた一次乳房再建例は5,360例,インプラントを用いた一次一期乳房再建例は517例であった5).乳房切除および乳頭温存乳房切除術,皮膚温存乳房切除術の合計45,660例から一次再建を実施したこれらの症例を減ずると,2017年は40,000例弱の症例に乳房切除のみを実施したことになり,全手術症例の約44%を占める割合となる.人工物再建の保険適用開始直前の乳房切除術よりも多くの症例に乳房切除術が実施されていたことは興味深い.人工乳房による二次乳房再建術も保険適用となったことから,断端の確保が難しい症例や部分切除後に整容性を保つのが難しいと推測される症例に対して,無理に乳房部分切除術を選択する症例が減少したためと推察される.
皮膚温存乳房切除術,乳頭温存乳房切除術は,主に再建を前提として実施され,2017年現在,それぞれ2,361例(2.2%),1,980例(2.6%)に対して行われていた.本術式はすでに保険収載されているが,主に乳房再建施行施設に限られた術式である.今後,症例集積による手術手技の均てん化が望まれる.
乳房全切除後放射線療法は,生存率の改善を目的として,腋窩リンパ節転移陽性症例など高リスク症例に対して実施され,現在では標準治療として推奨されている.乳房切除後乳房再建症例については,人工物再建の場合,どの時期に照射療法を実施することが安全かは現時点の論点でもある.
IV.乳房部分切除術に関する課題
乳房切除術と乳房部分切除術の選択では,腫瘍の性質,広がり,腫瘍径のほか,切除断端陰性が確保されると予想される症例について乳房部分切除術の実施が検討される.乳房部分切除術では術後放射線療法が併用され,非浸潤性乳管癌や術前治療でpCRを得られた症例に対しても標準的に行われることが望まれる.
乳房温存術後の温存乳房内再発に対しては,現時点では再度の乳房温存を勧めるだけの明らかな根拠はなく,原則として乳房全切除が推奨される.その際,乳房切除後に人工物による再建を強く希望する患者に対しては,照射を受けた胸壁組織で人工物(ティッシュエキスパンダーやインプラント)を被覆することになるため慎重に対応する必要がある.合併症の面で推奨されない.いっぽうで,再建材料として血行の良好な組織を用いる自家組織による再建は,照射後であっても安全に実施されることが報告されていている6).乳房一次再建の選択肢が広がった現在,初期治療として乳房部分切除を実施する場合は,照射療法後の乳房再建時の留意点を考慮した上で選択することが望ましい.
乳房部分切除術では,乳房内再発のリスクを最小限に抑えるための的確な画像診断と過不足のない切除が必須である.さらに術後の変形を最小にすることが望まれる.そのために,乳房内の広がりや腫瘍占居部位といった腫瘍側因子の他に,乳房の構成(脂肪性あるいは高濃度乳腺)の他に,サイズ,下垂の有無,皮膚の伸展性など宿主側因子を考慮する必要がある.乳房部分切除術では,乳腺外科医が初期治療時に乳房オンコプラスティックサージャリーの概念をもち,実施可能な技術を一つでも多くもつことが課題であると思われる7).
V.おわりに
乳房切除術の変遷を振り返ると,ゆるやかに変化し続け,その結果,10年単位で変革を来していることがわかる.背景には,エビデンスに基づくガイドラインの制定,人工物を用いた一次乳房再建の保険診療適用などがある.根治性を損なうことなく,かつ,患者が望む場合には乳房切除・乳房部分切除にかかわらず整容性に優れた治療を提供する必要がある.そのためには,日本乳癌学会および日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会が中心となり,本邦女性に適した乳房切除術・乳房温存術を確立していくことが期待される.
利益相反
奨学(奨励)寄附金:中京テレビ放送株式会社,株式会社新日本科学
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