日外会誌. 122(2): 203-207, 2021
手術のtips and pitfalls
脾彎曲授動を必要としないIMA low ligation法
岩手医科大学 外科学講座 大塚 幸喜 , 佐々木 章 |
キーワード
直腸癌, 低位前方切除, 縫合不全, IMA low ligation, 脾彎曲授動
I.はじめに
直腸癌手術後の縫合不全は,短期成績のみならず長期成績まで影響をきたし,直腸癌手術において最も重大な合併症として大腸外科医の永遠のテーマであり,これまで多くの手術手技や周術期管理の工夫,そして新規デバイスが開発されてきた.縫合不全の原因としては,代謝障害や動脈硬化など患者の全身的要因も考えられるが,われわれ消化器外科医が最も留意しなければならない手技上の要因としては「吻合部の血流不良」および「吻合部への過緊張」である.直腸癌を低位で切除し吻合する際の中枢側血管処理法として,大きく二つの流派が存在する.一つは,IMA(inferior mesenteric artery)根部で切離するIMA high ligation(HL),もう一つはLCA(left colic artery)を温存するIMA low ligation(LL)であるが,短期および長期成績においてもいまだcontroversialである.
当教室では現在,直腸癌手術の9割以上を腹腔鏡で行っているが,腹腔鏡下直腸癌手術を開始した1997年から吻合部の血流保持を目的にLLを行ってきた.進行直腸癌に関しても,左結腸間膜を分割せずNo.253をen blocに郭清しLCAを温存している.しかし,良好な血流のある腸管を十分残せたとしても,LCAやIMV(inferior mesenteric vein)により結腸間膜が十分に伸展しないため,結果的に吻合部への過緊張が生じてしまう.そのため,直腸切離後に小開腹創から口側腸管を引き出し,直視下にS状結腸間膜内の辺縁血管を温存しながら結腸間膜をトリミングし直線化することで,脾彎曲の授動を行わずに緊張のない吻合が可能となる.2009年から2016年まで,根治切除可能な272名のDST(double stapling technique)吻合による腹腔鏡下低位前方切除と13名の腹腔鏡下ISR(intersphincteric resection)にLLを試み,3名(2名はpersistent descending mesocolon,1名は同時性S状結腸腫瘍)がHLとなり,脾彎授動も併施せざるを得なかったが,その他はLL+非脾彎授動が可能であった(98.9%).開腹移行や輸血は無かった.diverting stomaは62名(21.8%).縫合不全は9名(3.2%)で,そのうち再手術(ドレナージ+diverting stoma)が5名(1.8%)であったが,全て狭窄は無くストーマ閉鎖が可能であった.
HLかLLか,脾彎授動か非脾彎授動かに関しては,これまで多くの臨床研究1)やcadaverによる解剖学的研究2),さらにmeta-analysis3)で議論されてきたが,多施設による前向き試験が皆無のため,両手技の安全性や有効性のエビデンスが未だ無い状況である.今後さらなる高齢化社会を迎え,術前合併症を持つハイリスク直腸癌患者が増える状況において,本手技が実臨床の場での一助になっていただきたい.
利益相反
講演料など:ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社,コヴィディエンジャパン株式会社
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