日外会誌. 122(2): 195-202, 2021
手術のtips and pitfalls
脾弯曲授動法
名古屋大学大学院医学研究科 腫瘍外科学 上原 圭 , 江畑 智希 |
キーワード
直腸癌, 脾弯曲授動, 腹腔鏡手術
I.はじめに
直腸癌における脾弯曲授動に対しては,日本と欧米での温度差は大きい.欧米人ではS状結腸が短いものの,脾弯曲部が低く授動しやすい.また,進行癌では高率に術前放射線治療が行われ,照射範囲のS状結腸を残せば,縫合不全のリスクが高くなるため,S状結腸を長く切除する傾向にある.一方,日本人はS状結腸が長い傾向にあり,S状結腸を長く温存することで脾弯曲授動の必要性は少なくなる.また,脾弯曲部が頭側に位置する日本人では授動の難易度が高く,直腸癌手術における脾弯曲授動率は非常に低い.
脾弯曲授動を行う利点は言うまでもなく緊張のない余裕を持った吻合が可能になる事である.脾弯曲授動を行わず,緊張のない吻合が可能か否か心配し過ぎるあまり,肛門側マージンが短くなった経験を持つ読者は少なくないと思われる.脾弯曲非授動症例では,授動症例と比べ有意に肛門側断端が短いだけでなく,郭清LN数12個未満の症例が増加したとの報告もある1).また長いS状結腸では辺縁動静脈の発達が悪く,小腸と同様に栄養血管がスポーク状に存在するため,血流の過信は禁物である.最も避けたいのは,吻合前の脾弯曲授動である.いざ吻合時に緊張がかかる事が気になり,脾弯曲授動を追加した経験を持つ外科医も少なくないはずである.直腸切離後の脾弯曲授動はさらに難しい手技であり,そんな事をするくらいなら,初めから脾弯曲授動を行っておけばと心から気の毒に思う.
一方,手術は“行ったり来たり”より流れるように行うべきである.終着地点が骨盤内である直腸癌手術において,術野を頭側から尾側に移していくのがスムースである.また,後腹膜下筋膜は外側頭側ほど厚く,内側尾側では非常に薄いため,一般的な内側尾側からのアプローチは最も難しい.しかし,腹腔鏡手術では開腹手術のように外側から内側への操作は不向きで,内側から外側への手術が好ましい.そこでわれわれは,腹腔鏡手術においては下腸間膜静脈firstアプローチからの脾弯曲授動を行った後に骨盤操作に移る事としている2).
当科では,直腸癌症例に対して脾弯曲授動をほぼ全例に行っており,それに伴い脾弯曲授動の手技の定型化が進み,術者の苦手意識もなくなっている.また,脾弯曲授動後には口側・肛門側関わらず,腸管切離長を全く気にすることなく,腫瘍学的かつ解剖学的に必要十分な腸管を切離できる心の余裕が持てる事が何よりの強みと考えている.
利益相反:なし
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