日外会誌. 122(2): 160-165, 2021
特集
肝胆膵領域腫瘍におけるBorderline resectable/Marginally resectableとは
―術前治療の可能性について―
5.肝門部領域胆管癌
横浜市立大学医学部 消化器・腫瘍外科学 松山 隆生 , 藪下 泰宏 , 本間 祐樹 , 三宅 謙太郎 , 中山 岳龍 , 清水 康博 , 熊本 宜文 , 遠藤 格 |
キーワード
肝門部領域胆管癌, borderline resectable, 術前治療
I.はじめに
肝門部領域胆管癌では外科的切除が唯一の根治方法であり,腫瘍の完全切除,すなわち治癒切除(R0切除)が切除後予後を左右すると報告されている1)
~
6).しかし,たとえ治癒切除を行ったとしても切除後の再発が多いことが肝門部領域胆管癌を含む胆道癌治療における大きな問題点であり,これまでにR0切除以外にリンパ節転移陽性1)
3)
~
9),血管浸潤・血管合併切除1)
2)
5)
9)
10),Bismuth type11),神経周囲浸潤12)
13)などが切除後予後を不良にする因子として報告されている.
Naginoらは肝門部領域胆管癌切除例のうちR0かつN0症例,すなわち切除後予後不良因子を持たなかった症例の5年生存率は67%で非常に良好であったが,このようなサブグループは全症例の42.3%に過ぎなかったと報告している1).すなわち,大半の症例が何らかの予後不良因子を持ち,これらの症例に対しては切除単独の治療は圧倒的に不十分であり,術前治療を含めた集学的治療の効果的な導入が切除後予後改善のために必要であると考えられる.
一方,切除後予後が肝門部領域胆管癌と同じく不良である膵臓癌治療の領域においては,2006年にMD Anderson Cancer CenterのVaradhacharyらが技術的に切除可能であるが血管剥離部などで顕微鏡的断端陽性(R1)が予想される腫瘍をborderline resectable膵癌と定義し,再発のリスクが高く術前化学療法が推奨される一群として分類した14).この切除可能性の判定基準は現在では広く認知され,術前化学療法の効果的な導入に寄与している.
本稿では肝門部領域胆管癌においても今後術前治療を導入する可能性があることを前提として,どのような因子を持つ症例が,術前治療が推奨される切除可能境界例,borderline resectable症例であるかについて概説する.
II.Borderline resectableとは?
いずれの癌腫においても根治度は癌の遺残度により規定される.肉眼的にも組織学的にも癌遺残を認めないR0切除,組織学的に癌遺残を認めるR1切除,肉眼的に癌遺残を認めるR2切除に分類され,肝門部領域胆管癌においてもR0切除は予後規定因子として非常に重要である1)
~
6).
肝門部領域胆管癌の切除可能性を膵癌にならって,切除可能(resectable),切除可能境界例(borderline resectable),切除不能(unresectable)とすると,resectableはupfrontに切除術を行ってもR0切除を達成できる可能性が高い状態であり,borderline resectableは血管合併切除・再建術などを行ってもR1切除に陥ってしまう蓋然性の高い症例,unresectableは遠隔転移の存在も含めてR2切除に陥ってしまう蓋然性が高い症例であると考えられる.一方,MD Anderson Cancer CenterのKatzらは膵癌のborederline resectableの定義にVaradhacharyらが提唱した局所解剖因子だけでなく,所属リンパ節転移や腫瘍マーカーの上昇などの腫瘍因子や患者の全身状態を考慮した患者因子も加えることを提唱し,いずれの因子のサブグループにおいても術前化学療法が有用であったことを報告している15).
これまで肝門部領域胆管癌におけるborderline resectableの議論では,まずは何がunresectable statusなのか?という議論に固執して来た面が否めない.明らかな遠隔転移例を除き,局所進行におけるunresectableの基準は各施設間における大量肝切除術での肝機能評価の違い,切除可否の閾値の違い,血行再建術の適応の違いなどに大きく左右され,一定の見解を得ることが難しい.切除出来るのか,出来ないのか?の議論よりも前述のVaradhacharyやKatzらの様に,術前化学療法の導入を前提として,upfrontに切除術を行った場合のR1切除やsystemic diseaseに陥ってしまう危険性の高い因子を切除妥当性の“グレーゾーン”と言う意味でboderline resectableの因子として定義することが今後術前化学療法を含め,新たな治療方針を導入する上で重要であると思われる.
III.切除後予後不良因子から見たbordeline resectable因子
肝門部領域胆管癌における切除後予後不良因子についてはこれまで多くの報告がなされている.表1にこれまで本邦で報告されている肝門部領域胆管癌における切除後予後不良因子を示した.前述のごとく多くの報告で癌遺残度R1/2が挙げられている.また,リンパ節転移,T stage(T4),腫瘍の分化度,病理学的な門脈,肝動脈浸潤,血行再建術の有無,腫瘍マーカー高値などがあげられる.術前治療を導入することを第一の目的としてborderline resectableの因子を設定するとなると,術前診断がある程度正確に行える事が必須であり,施設が異なっても再現性のある因子を選択する必要がある.以下に今後切除可能性の判定基準因子と成り得る因子について概説する.
a.リンパ節転移と血管浸潤
われわれも肝門部領域胆管癌においてリンパ節転移陽性と病理学的な血管浸潤陽性が切除後予後を悪化させる因子であるとして,これらの因子を用いて切除後予後が不良なサブグループを提唱して来た10).しかし,リンパ節転移や血管浸潤などの術前画像診断では正診率が問題となる.特にリンパ節腫大は併発している胆管炎などの炎症性腫大と癌転移による腫大の判別が困難であり,MD-CTによるリンパ節転移診断の正診率は57~69%と報告されている16)
17).切除可能性の判定基準因子とするためにはPET-CTを併用するなど,更なる診断精度向上が必要である.一方,血管浸潤はMD-CTで明らかな血管の不正狭窄像以外に,腫瘍から連続する軟部濃度陰影と血管との接触,血管外側の脂肪層の消失所見で診断する.MD-CTによる肝動脈浸潤の術前診断は感度:75~100%,特異度:90~100%と比較的精度が高い事が報告されている16).しかし,胆管炎や術前ドレナージによる影響で随伴性の炎症や線維化により診断が困難であるとも報告されている18).近年,管腔内超音波検査(IDUS)が血管浸潤の診断に有用であると報告されている16).IDUSは解剖学的な特性から左肝動脈や固有肝動脈への癌浸潤の診断は困難であるものの門脈や右肝動脈への癌浸潤の診断に優れているとされている16).血管浸潤の有無をborderline resectableの判定基準因子とするためには術前ドレナージなどの影響を克服する診断精度改善が今後必要であると考えられる.
b.Tステージ(T4),血管合併切除・再建術
本邦における胆道癌取扱い規約19)におけるT4はT4aが“浸潤が両側肝内胆管二次分枝に及ぶ”,いわゆるBismuth Ⅳであり,T4bが“門脈本幹あるいは左右分枝への浸潤;左右肝動脈,固有肝動脈,総肝動脈;浸潤が片側肝内胆管二次分枝に及び,対側の門脈あるいは肝動脈へ浸潤する”である.T3が通常は血行再建術を必要としない“胆管浸潤優位側の門脈あるいは肝動脈への浸潤”と定義されていることからT4bは“切除のためには合併切除・血行再建術が必要な門脈・肝動脈への浸潤”,要するに“血行再建術の有無”であると言える.Kuriyamaらは血管合併切除・再建術の有無を安全に施行し得るかという観点から“血行再建術の有無”をborderline resectableの判定基準として提唱し,resectable(R),borderline resectable(BR),locally advanced(LA)の3群の層別化が可能であったと報告している20).またKuriyamaらはこの基準を基にしてborderline resectableと定義された17例に術前化学療法を施行し,切除術を行った結果70.6%のR0切除術が達成出来,41.0%の5年生存率が得られたと報告している20).
血行再建術の有無は術前の画像診断による血管浸潤の診断に基づくが,前述の様に血管浸潤の正診率には方法論的に問題がある.すなわち画像上血管浸潤を疑われた場合には病理組織学的に血管外膜に直接浸潤が無い場合でも,病変と脈管の距離は0.4mm程度で反応性線維化により剥離層が消失しており剥離断端確保のためには血管合併切除・再建術が必要であるとされている9).厳密な組織学的脈管浸潤診断は困難でも,病変と肝動脈,門脈の肉眼的接触だけでも合併切除・再建術の適応とするならば,術前画像診断との一致率は高いと思われる.その点を考慮すると術前のborderline resectableの判定基準として有用である.
Bismuth Ⅳは前版のAJCC第7版21)では切除不能が想定されるT4に分類されていたことからも切除後成績が不良であることが世界的に認知されて来た.EbataらのBismuth Ⅳ型肝門部領域胆管癌切除216例の検討でもリンパ節転移を59%の症例に認め,病理学的門脈,肝動脈浸潤がそれぞれ64%,25%であり,5年生存率も32.8%と不良であった22).また,肝門部領域胆管癌のhigh volume centerにおける切除1,352例を集積した多施設症例集積研究23)ではR1/2切除率がBismuth Ⅰ/Ⅱ,Ⅲで17.9%,19.5%であったのに対してBismuth Ⅳでは37.1%と有意に高く,またリンパ節転移率もBismuth Ⅰ/Ⅱ,Ⅲ,Ⅳで37.0%,38.9%,53.8%とBismuth Ⅳで有意に高いため5年生存率もBismuth Ⅰ/Ⅱ,Ⅲ,Ⅳで47.3%,45.9%,32.8%とBismuth Ⅳで有意に切除後成績が不良であった.以上からBismuth Ⅳではたとえ血管合併切除・再建術などを行って切除を行ったとしても結果的にR1/2切除に陥ってしまう蓋然性が高いうえに,リンパ節転移も高頻度であることからsystemic diseaseに陥っている可能性が高く,まさにKatzら15)の述べるところのborderline resectableの状態であると考えられる.Bismuth分類の術前診断はMD-CTや直接胆道造影で比較的簡便に再現性を保ち施行することが出来る点からもborderline resectable判定基準の因子と成り得ると期待できる.
c.腫瘍マーカー
腫瘍マーカーの上昇はKatzらが提唱するborderline resectableのうちの腫瘍因子に該当し,胆道癌ではCA19-9が69%,CEAが18%の症例で上昇するとされている24).Chengら25)はCA19-9が196.2 U/L以上,Saitoら26)はCEAが7.0 ng/mL以上を肝門部領域胆管癌の独立予後規定因子としている.このうち,CEAの値は胆汁うっ滞の影響を受けないものの,CA19-9の値は術前の閉塞性黄疸や胆管炎などによる胆汁うっ滞で上昇するため値を評価する時期を慎重に考慮しなければならない.また,日本人の約10%に存在するsialyl Lewis抗原陰性者では偽陰性を示すため,この点もborderline resectable判定基準の因子とする際には注意が必要である.
IV.おわりに
肝門部領域胆管癌におけるborderline resectable症例について概説した.肝門部領域胆管癌は疾患頻度も小さく,日本肝胆膵外科学会の高度技能修練施設などのhigh volume centerで施設独自の治療方針で治療されている.そのためか,切除不能・切除限界の定義も一定では無く,borderline resectableの概念についてもコンセンサスが得られているとは言い難い.borderline resectableを含む切除可能性の判定基準を,単な病期分類としてでは無く,肝門部領域胆管癌の治療成績改善のために新たな治療戦略を導入する上での足掛かりとして今後広くコンセンサスを得ていかなければならない.
利益相反:なし
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