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日外会誌. 122(2): 137-138, 2021

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若手外科医の声

先達からのアフォリズム

東北大学 加齢医学研究所呼吸器外科学分野

大石 久

[平成13(2001)年卒]

内容要旨
私の医師道に影響を与えてくれた諸先輩方のお言葉を思い返してみた.それらは,私の心に響き,奮い立たせたり,自覚を持たせたりしてくれた.残りの外科医人生の中,自分自身もその時々の場面において,後輩にそのような言葉をかけることのできる存在でありたい.

キーワード
外科医, 呼吸器外科, 留学, 肺移植, アフォリズム

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I.はじめに
良き先輩の下で,がむしゃらに働いてきた.若い外科医たちに指導する立場となった今,「彼らに良きアドバイスができているのか?」,毎日,自問自答している.自身の医師道において,ヒントや影響を与えることになった諸先輩方のお言葉を思い返してみた.

II.「君は外科医に向いていない」
基礎系講座の中で,特に厳しいと有名な教員からのお言葉だった.私は非常に雑なスケッチをいい加減に提出したのであろう.外科学においては,まず形態をよく観察することが重要である.よって,このお言葉は,デキの悪い一学生に対し,将来進むべき,他の道を指南してくださったものと長年とらえていた.しかし,年月を経た今,振り返ってみると,当時のお言葉は外科医を目指そうという私を奮起・鼓舞させるべく,敢えてかけて下さったものだったのかもしれないと思うようになった.いや少なくとも,今はそう思うことにしている.

III.「勉強しなさすぎる」
「日本の医学生や若い医師は」という前置きがあったものの,尊敬する病理医が私を目の前にして発したお言葉である.既に北米や欧州に留学し,いろいろな国の医学生や若い研究者をみてきたのであろう.彼が,若いのに勉強の姿勢が足りない私を目のあたりにし,自然と出た感想だったことだろう.これは後に,私自身がカナダに留学し,世界中の若き医学生や医師に出会った際,彼らが将来のポストのために,どれほど努力しているかを知った時に痛感することになった.世界という舞台で,他の国々の医師と対等に活躍するには,若いうちから日々勉強・研鑽なのであろう.

IV.「完成したものを持ってきなさい」
研修医もそろそろ終わりかという頃,将来は呼吸器外科医になろうと決心したものの,私はまだまだ腰を据えて,実臨床や学問を究めようという感じではなかった.そんな折,研修病院の呼吸器外科部長が症例報告(日本語)を書くことを勧めてくださった.不真面目な若い外科医に,少しでも将来の業績の足しになれば,と思ってくださったのだろう.そんな親心も知らずに,当の私は,どうせ部長に全部直されるのだからといった気持ちで,書き上げた原稿を部長に提出した.一目みた部長が放ったのが,「先輩にみてもらうのだから,ちゃんと完成したものを持ってきなさい」というお言葉であった.「完成したもの」=「自分の納得のいくもの」なんだと教わった気がした.これ以降,学会のスライド,論文の原稿等を先輩にご高閲いただく際には,この言葉を思い出すことにしている.余談になるが,今所属している大学の医局では,昔から「医局の学会練習会で質問に耐えられれば,本番でも大丈夫」と語り継がれている.若い医師は,しっかりと学会準備をして,完成に近いものをしっかりと学会練習会に持っていき,そこでは先輩たちも忌憚ない意見を言う,それにより学会の準備がしっかりとできるという,医局のある種の伝統であろう.

V.「精神力がある」
良き指導者に恵まれたおかげで,何とか博士号を取得した.その後,関連施設で2年間,呼吸器外科手術を集中的に執刀させていただき,技術を磨いた.その関連施設の呼吸器外科部長は,自分にも他者にも厳しい方で有名であった.その部長の下,自分としてはどんなに多忙だろうが,どんなに困難な状況になろうが,常に手を抜かずに仕事に従事することを心がけた.任期を終えた私の送別会で隣に座った部長から,「先生には精神力があるから,これからもがんばりなさい」と言っていただいた.非常に驚いた.最高のはなむけの言葉を頂戴した.この後のカナダ留学中の辛い場面では,よくこのお言葉を思い出し,自分に言い聞かせたものである.

VI.「君の方針は?」
カナダのトロント大学に留学し,リサーチフェローの後,幸運にもトロント総合病院の肺移植外科のクリニカルフェローとして働く機会を得ることができた.病院での仕事に少し慣れ始めた頃であったと思う.ある日,両肺移植後,ICUに入室した患者のドレーン排液は多めであった.手際よく,バイタルサイン,水分バランス,採血データ,胸部X線写真等の情報を確認し,その患者担当のスタッフの外科医(胸部外科部長)に電話した.一通り,報告した後,返ってきた言葉は,「で,君の方針は?」.ハッとさせられた.海外からの留学生,かつフェローなので,とりあえずスタッフに報告すればいいという甘えが心の奥にあったのだと思う.そのスタッフへ,「状況的には再開胸は不要だと思います.」と伝えたところ,スタッフは「私もそう思いますよ.ありがとう.」と言われた.それ以降,スタッフの外科医と話す時には,必ず自分の意見を持っておくことを心がけた.

VII.「よろしくお願いしますよ」
留学からの帰国後も,少しの間,病棟のチーム内にも先輩がいた.さらにその上には科長もいた.いつでも,患者の治療方針などを相談できるという思いがあったのかもしれない.そんな私の心を見透かしてだと思うが,ICUに肺移植後などの患者が何人もいたある日,科長から落ち着いた声で,「あとはよろしくお願いしますよ」と言われた.それ以降は,難易度の高い手術の進行計画を自ら立案し,術前検査や術後管理を後輩に適切に指示するようになった.病棟のチームのリーダーとして働き始めた瞬間であった.

VIII.おわりに
自分がこれまで働く上で,諸先輩方からいただいたアフォリズム(箴言)は,その後の自分の外科医人生に影響を与えてきた.受け手側,すなわち若手外科医の技量や性格などを見据え,さらにその外科医がいるステージに合わせたアドバイスは心に響き,その若手外科医を奮い立たせたり,自覚を持たせたりするのであろう.残りの外科医人生の中,自分自身もその時々の場面において,後輩にそのような言葉をかけることのできる存在でありたい.

 
利益相反:なし

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