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日外会誌. 122(1): 105-107, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(4)「希望と安心をもたらす医療安全管理―無過失補償制度の可能性も含めて―」
3.外科医がリードする大学病院の医療安全管理の現状と課題

1) 宮崎大学医学部外科学講座 呼吸器・乳腺外科学分野
2) 宮崎大学医学部外科学講座 心臓血管外科学分野

綾部 貴典1) , 中村 都英2)

(2020年8月14日受付)



キーワード
医療安全管理, 大学病院, キャリアパス, 特定機能病院, 外科医

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I.はじめに
世界保健機構(WHO)から,WHO安全な手術のためのガイドライン(2009“Safe Surgery Saves Lives”「安全な手術が命を救う」)1)が発出され,その活動の主要10項目は,1)患者誤認と部位間違いの防止,2)麻酔剤に関する有害事象の防止,3)致命的気道閉塞あるいは呼吸不全の効果的な予防策,4)大量術中出血に対する準備,5)薬剤副作用,アレルギーの回避,6)Surgical site infection(SSI)を最小限にする方策,7)ガーゼ,医療器具の遺残防止,8)手術検体の確実な同定,9)手術チーム内の効果的な情報交換,10)病院施設数,外科手術の件数,手術成績に関する国内サーベイランスの構築であり,これらは外科医として基本的重要事項であり,当院でも2012年9月より「手術の安全チェックリスト」をタイムアウトとして導入し,現在も実践しているところである2)
当院では,大学病院の医療安全管理の実務を外科医師がリーダーシップを取って活動しており,全国でも非常に稀と思われる.外科医師が実践する大学病院の医療安全管理の取り組みを紹介し,現状と課題を報告する.

II.当院当科(外科学講座)の現状
2015年4月当院の第一外科,第二外科は外科学講座となり,五つの分野(呼吸器・乳腺外科,心臓血管外科,肝胆膵外科,消化器・内分泌・小児外科,形成外科)となり,それぞれリスクマネージャーが配置され,医療安全管理部と協働し,約4年以上が経過した.2018年4月より,筆者(呼吸器外科)が医療安全管理部副部長(ゼネラルリスクマネージャー,専従医師),上司の心臓血管外科教授が医療安全管理部部長(大学病院副病院長,医療安全管理責任者)として配属された.筆者と上司の教授は,院内組織を縦断的・横断的に医療安全を統括し,リーダーシップを発揮している.

III.宮崎大学病院の医療安全管理部の体制構築と強化への関与
2016年特定機能病院の承認要件の見直しにより,大学病院の医療安全管理体制が強化された.診療内容モニタリング,全死亡例報告,内部通報窓口設置,医薬品安全管理の強化,監査委員会による外部監査の実施,相互ピアレビュー実施,インフォームド・コンセントの実施,診療録等の管理,高難度新規医療技術や未承認新規医薬品等の管理,職員研修の必須項目の追加等などである.われわれ外科医師は,医療安全管理委員会,リスクマネージャー会議,診療録監査・インフォームドコンセント委員会・専門部会,高難度新規医療技術管理部・評価委員会の運営に参加している.

IV.特定機能病院における医療安全に資する診療内容のモニタリング
診療内容モニタリングとして,外科関連事項は,深部静脈血栓症(VTE)関連,画像・病理所見の見落とし対策と病院システムとしてのリマインダー体制の構築,インフォームド・コンセント(登録・申請・監査),診療録・監査の事項(量的・質的監査),高難度新規医療技術の申請・承認件数,全死亡例報告数,疑義照会件数(薬剤部・病理部),倫理コンサルト件数(カテゴリー分類),未承認新規医薬品等の申請・承認件数,適応外・禁忌薬使用状況,インシデントレベル≧3b報告数,ヒヤリハット(レベル0~3a)報告数について,毎月モニタリングしている.

V.当院外科医師報告インシデント事例の分析
2007年2月~2017年3月の約10年間で当院外科医師報告インシデント事例(n=236)の分析3)は,患者影響度が高く濃厚な治療を必要とするインシデントレベル3b(40%)が最も多く,治療とケア(60%),手術室・病室(38%)の発生が多かった.発生要因は,個人的振る舞い(36%),合併症(33%)によるものが多く,手術関連(45%)が多かった.手術関連インシデント(n=84)は,予期せぬ事象,再手術,予期せぬ大量出血が多かった.外科医師がインシデント分析や医療安全管理を実践し,積極的に係わることは重要である.

VI.外科医師が医療安全管理を実践する際の課題
令和2年3月国立大学病院長会議常置委員会から,令和元年度特定機能病院間相互のピアレビューの報告書4)が発出された.医療安全部門への人員配置(令和元年6月1日現在)は,医師・歯科医師の職位は,教授25名(28%),准教授28名(31%),講師14名(16%),助教19名(21%),その他3名(3%)であった.専門診療科は,内科系36名(40%),外科系16名(18%),他37名(42%)であった.医師・歯科医師としての経験年数は,専従医師については25年以上が30名(63%),10年以上25年未満が18名(38%)であった.専任医師については,25年以上が13名(33%),10年以上25年未満が26名(65%),5~10年未満が1名(3%)であった.医療安全の業務以外に,診療科の診療業務に従事している者は78名(88%)であり,診療業務の内容は,外部の医療機関等での業務70名(79%),自施設での外来診療58名(65%),自施設での検査,手術34名(38%),自施設での病棟診療20名(22%)の順に多かった(複数回答).専門医資格を取得している者は85名(96%)で,医療安全専従および専任医師,歯科医師であることにより専門医資格の取得または維持が困難であると感じると回答した者は52名(58%)であり,特に「外科系専門診療科」の医師16名のうち13名(81%)が本回答に該当した.

VII.外科医師のキャリアパスについて
医療安全管理と外科手術の両立は難しいが,インシデントの原因分析や再発予防対策,リスクマネジメント,コンフリクト対策,医療の質改善手法,複数診療科の協働やネゴシエーションの実践,限られた医療資源の有効活用,病院運営,教育や研修,リーダーシップ,コミュニケーション,倫理問題の解決,レジリエンス対応,安全文化醸成などの経験が出来る.
筆者は,医療安全管理の経験や実践活動は,手術手技を支えるスキルの重要な要素と考えており,外科系学会や日本専門医機構の専門医取得や更新に関して,外科医養成には,医療安全管理の経験が,専門医取得や更新においてキャリアアップ・キャリアパスとして有効活用出来るような制度設計・現状改善を要望したい.

VIII.外科医師が医療安全のマネジメントを学ぶメリット
もし外科医師が医療安全のマネジメントを学んだら,下記の事項のメリットがあると思われる.
1.個人,チーム,組織の安全度が高まり,安全文化が醸成される
2.より安全で,質の高い外科医療・手術となる
3.萎縮ではなく,積極的なハイリスク高難度手術の安全度が高まる
4.リスク,トラブルを回避し,未然に防ぐ力がアップする
5.トラブルに対応する能力が向上する
6.最善の防御は,最強の武器になる
7.うまくいくことが増え,前向き,自信がつく
8.医療安全管理を学ばないのは,もったいない
9.インシデント報告で,個人・チーム・組織が救われる

IX.おわりに
外科医師が医療安全管理を学び,積極的に係わって経験することは重要である.これらの経験とスキルは,臨床現場での自身の手術安全の向上,患者安全の実践,病院組織運営に積極的に役立つ.命に関わり,侵襲を伴う高難度手術に取り組む外科医師が,積極的に医療安全をリードしていくことが重要である.

 
利益相反:なし

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文献
1) World Health Organization: WHO guidelines for safe surgery:safe surgery saves lives, 2009. https://www.who.int/patientsafety/safesurgery/tools_resources/9789241598552/en/
2) Ayabe T, Shinpuku G, Tomita M, et al.: Changes in Safety Attitude and Improvement of Multidisciplinary Teamwork by Implementation of the WHO Surgical Safety Checklist in University Hospital. Open Journal of Safety Science and Technology, 7: 22-41, 2017. DOI:10.4236/ojsst.2017.71003
3) Ayabe T, Tomita M, Okumura M, et al.: Evaluation and Outcome of Surgeon-Reported Incidents regarding Surgical Patient Safety. Surgical Science, 9: 422-445, 2018. DOI:10.4236/ss.2018.911049.
4) 国立大学病院長会議常置委員会:令和元年度特定機能病院間相互のピアレビュー報告書 令和2年3月, 2020. http://nuhc.jp/Portals/0/images/activity/report/sgst_category/safety/peerreview_result2019.pdf

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