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日外会誌. 121(6): 689-691, 2020

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(2)「夢を実現し,輝く女性外科医たち―求められるサポート体制と働き方改革―」 
5.米国でのAcute Care Surgery研修と育児の両立の経験から

帝京大学医学部 救急医学講座
帝京大学医学部附属病院 高度救命救急センターAcute Care Surgery部門

伊藤 香

(2020年8月14日受付)



キーワード
Acute Care Surgery, work-life balance, quality-of-life

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I.はじめに
筆者は,2005年に日本で日本外科専門医資格を取得後,結婚して渡米し,2児を出産し,育児をしながらリサーチフェローシップ,外科研修,Acute Care Surgery(ACS)フェローシップを経て米国外科専門医資格および外科集中治療専門医資格を取得した.米国ではACSは外科のサブスペシャルティの一つで,外傷・一般外科緊急手術・外科集中治療を24時間体制で担うために,シフト制の勤務体制となる.そのため,work-life balanceが保ちやすく,ライフイベントによる影響を受けやすい女性でも継続しやすいと思われる.本稿では,米国の女性acute care surgeonsの状況と,日本における外科医の働き方改革の今後の展望と課題について述べる.

II.Acute Care Surgeryとは
米国では,ACSという名称が使用され始めたのは2005年と比較的最近であるが,もともとは外科が専門細分化される以前は「一般外科」と呼ばれていた分野に他ならない1).外傷の外科的・非外科的治療および,八つの急性期病態(炎症,穿孔,閉塞,出血,虚血,壊死,低酸素,感染)を取り扱い,主に七つの緊急外科一般手術(虫垂切除術,胆のう摘出術,腸閉塞に対する癒着剥離術,結腸切除・人工肛門造設術,鼠径・大腿ヘルニア修復術,臍ヘルニア修復手術,穿孔性消化性潰瘍手術)を行う2)
米国の一般外科緊急手術の疫学の分野をリードするハーバード大学のHavensらの文献によると,一般外科緊急手術を受ける患者は,予定手術を受ける患者よりも周術期死亡率が8倍高く,週術合併症率は50%に上り,再入院率は14%上昇し,5人に1人がケアの連続性を失うことが明らかになっており,米国の医療システム全体に大きな負荷になっていると考察されている3).そのため,ACSの診療の質向上はそういった負荷を軽減するために重要であり,この分野を片手間でやるべきではないというメッセージを送っている.
私がACSをサブスペシャルティに選んだ理由の一つは,ACSでは患者の救命に直結する開胸・開腹を含むダイナミックな手術を取り扱うものの,勤務体制はシフト制となっており,家庭を持っている者にとってやりやすい体制だったことが挙げられる.またacute care surgeonの習熟すべき手術手技は,上述した八つの病態に対する七つの手術と,ある程度限定されており,特殊技術に卓越することを目指すよりも,標準的な外科手技を標準的な質でタイムリーに行うことが求められるため,他のサブスペシャルティに比べると技術維持は比較的容易であり,家庭の事情で超過勤務が出来ない状況でも,自分のシフトさえしっかりこなせば,継続することが可能である.

III.米国の女性acute care surgeon
そのような事情が,米国における女性acute care surgeonsの活躍ぶりと関連していると思われる.Fosterらの報告によると,米国の医学領域における女性の割合は,医学部卒業生の47%,外科レジデントの38%,外科集中治療専門医(ACSに必要な専門医資格)の28%,外科医全体の22%であり,ACSを専門とする女性の割合は,外科医全体の女性の割合より高かった4).さらに,米国外傷外科・ACS学会は,リーダーシップをとる役員などの重要ポジションの実に30%以上が女性であり,外科医全体の女性の割合よりも多く,ACSは女性外科医の活躍が目覚ましい分野なのであると言える.
実際,私は米国留学中に,ロールモデルとなる各世代の女性acute care surgeonと出会うことが出来た.私がフェローシップを行ったヘンリー・フォード病院のACSフェローシップの同僚や先輩にも,育児とキャリアを両立している女性acute care surgeonが複数おり,彼女らは育児中であることがハンディキャップであるようには感じさせない仕事ぶりで,組織の中の重要な役職も与えられていた.

IV.日本のAcute Care Surgeryの現状と課題
日本においてACSは日本外科学会の専門医機構の定めるサブスペシャルティには認められていない.2009年に日本ACS学会の前身である日本ACS研究会が発足し,その後,同学会によるACS認定医制度も成立している5).同認定医資格に必要な条件としては,外科専門医資格,外傷のoff-the-job trainingコースの受講,経験症例などが含まれているが,修練の内容や質,資格維持のための条件などは規定されていない.米国では,ACSはれっきとした外科のサブスペシャルティであり,その研修方法および資格維持のための規定も全国的に統一されており,acute care surgeonの質管理がなされていた6).良質なACSシステムを維持するためには,良質な手術をすることが出来る外科医を24時間体制で配置することが必要となってくるため,その研修および生涯教育システムの整備は喫緊の課題であると思われる.

V.おわりに
勤務体制がシフト制となるACSシステムでは,Work-life balanceが保ちやすく,さらに,ACSが存在することで,他のサブスペシャルティの外科医は専門外のオンコールから解放されることとなり,男女問わず,外科医全体のquality of lifeをあげるための働き方改革の鍵となる可能性がある.そのような改革実現のためには,Acute Care Surgeonsの質・量の担保が不可欠であり,外科のサブスペシャルティとして,quality controlされたacute care surgeonsの育成が課題である.

 
利益相反:なし

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文献
1) Havens JM, Neiman PU, Campbell BL, et al.: The Future of Emergency General Surgery. Ann Surg, 270(2): 221-222, 2019.
2) Scott JW, Olufajo OA, Brat GA, et al.: Use of National Burden to Define Operative Emergency General Surgery. JAMA Surg, 151(6):e160480, 2016.
3) Lyu HG, Najjar P, Havens JM: Past, present, and future of Emergency General Surgery in the USA. Acute Med Surg, 5(2): 119-122, 2018.
4) Foster SM, Knight J, Velopulos CG, et al.: Gender distribution and leadership trends in trauma surgery societies. Trauma Surg Acute Care Open, 5(1):e000433, 2020.
5) 日本Acute Care Surgery学会ホームページ: http://www.jsacs.org/special/?id=28781(アクセス日:2020年8月23日).
6) 伊藤 香,藤田 尚,三宅 康史,他:日米のAcute Care Surgeryの違い―米国外科・外科集中治療医の立場から―.Jap J Acute Care Surg, 8: 183-189, 2018.

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