日外会誌. 121(6): 627-628, 2020
会員のための企画
医療訴訟事例から学ぶ(117)
―ピル内服後に脳梗塞を発症したが医師の過失は否定された事例―
1) 順天堂大学病院 管理学 岩井 完1)2) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1) |
キーワード
ピル, OC, LEP, 添付文書
【本事例から得られる教訓】
添付文書の記載と異なる用法で薬剤を投与する場合には,その正当性の根拠を明確に確認することが重要である.一般的に使用されているというだけでは当然だが正当な理由にはならない.
1.本事例の概要(注1)
今回は低用量ピルの投与に関し,添付文書の解釈等が争われた婦人科の事例である.添付文書の記載と異なる用法等で薬剤を投与することは,外科においてもあり得ると思われるため紹介する次第である.
患者(女性・48歳)は,平成13年12月,本件病院の産婦人科を受診し,担当医はホルモン異常や月経不順の訴えを聴取し,経口避妊薬(Oral contraceptive)としての低用量ピル(低用量OC)を処方した(薬剤名:オーソM-21錠.以下,本件OC).
患者は平成16年5月まで本件OCの処方を受け,その後,産婦人科受診を中断していた.
平成25年4月26日,患者は本件病院の産婦人科の受診を再開した.問診票には,「月経の量が多い」,「月経時の腹痛や腰痛」,「子宮筋腫」との欄に丸が付けられているほか,自身の既往歴として糖尿病,頭痛等が記載されていた.
担当医は,問診票の内容等を確認し,患者から区の健診で子宮筋腫を指摘されたこと,月経痛や月経量の増加があること等を聴取し,経膣超音波検査を施行したところ,子宮内腔に腫瘤の所見が認められたことから,粘膜下筋腫を疑った.患者には治療方針について,月経痛や月経量を緩和するために過去に使用歴のある本件OCを服用して効果の程度を確かめること,本件OCの効果が不十分であれば早目に粘膜下筋腫の治療のための手術を考えた方がよいことなどを説明した.その上で,担当医は,患者から以前に本件OCの服用で大きな問題がなかったことを確認し,本件OCを処方した.
患者は,月経初日の平成25年5月15日から本件錠剤の服用を開始したが,5月28日以降は自己判断で休薬していた.
6月5日,患者は頭痛がひどくなり左上下肢に異常感覚等を感じたため,Yに救急搬送されたところ,ラクナ梗塞と診断され,その後,上下肢運動機能障害,視野狭窄の後遺症が残った(注2).
2.本件の争点
本件の争点の一つは,添付文書上の記載とは異なり,月経困難症等の治療目的で避妊薬である本件OCを処方した場合にも,本件OCの添付文書の記載内容がそのまま適用されるのか否かであった.
3.裁判所の判断
裁判所は,まずピル治療薬としての認可経緯等について検討し,本邦では,中用量・高用量ピルが月経困難症等の治療薬として認可されていたところ,平成11年に避妊薬として低用量ピル(低用量OC)が認可され,長期の研究から低用量OCには月経困難症等の治療の効果もあることが明らかとされていたため,平成20年,月経困難症等の治療薬として,ホルモン含有量を低用量OCに準じさせた低用量ピル(LEP:Low Dose Estrogen Progestin)が認可された旨を述べた(注3).
そして,本件OCの添付文書では,プラノバール(中用量ピルであり月経困難症等の治療薬)の添付文書に比べ,禁忌事項等が幅広く記載されていることに言及し,それは,本来,低用量ピルは,健康な女性が避妊のために長期間使用することが予定されているのに対し,プラノバール等の中用量ピルは月経困難症等の治療目的で使用されることが予定されていることに鑑み,低用量ピルの添付文書等では禁忌や使用上の注意事項を広く定めた旨を認定した.
以上を踏まえ裁判所は,月経困難症等の治療目的で本件OCを処方する際には,避妊目的での長期間使用を予定した本添付文書等が直ちに適用されるのではなく,同様に月経困難症等の治療のために使用され,本件OCよりも副作用が大きいとされるプラノバールの禁忌事項や使用上の注意事項をも併せて考慮し,本件OCによる治療効果とリスクを衡量して判断すべきであるとした.
そしてまず,患者が,本添付文書上,自身に該当すると主張していた「前兆を伴う片頭痛」など複数の禁忌事項について,診療経過等を詳細に検討し,またプラノバールの禁忌事項の記載も考慮した上で,患者はいずれの禁忌事項にも該当しない旨を認定した.
一方,患者は,本添付文書およびプラノバール添付文書の使用上の注意事項である「40歳以上の女性」,「子宮筋腫」等に該当するため,患者に本件OCを処方する際には,慎重投与の必要があったと述べた.その上で,本件については,担当医は,患者から月経痛や月経量が増加していること等を聴取し,また,本件OCを以前使用した際に大きな問題がなかったことを確認し,それを踏まえて本件OCの投与等を決定したことや,低用量ピルには月経困難症等の治療効果があること等に言及し,本件OCを投与する有用性は十分に認められ,慎重に投与すべきリスクがあったことを考慮しても,担当医の判断は合理的で過失はないとした.
4.本事例から学ぶべき点
担当医は,避妊薬としての低用量OCには月経困難症等の治療効果があること等からこそ,低用量OCを処方したのであり,また,結論としても,本件OCの使用には問題はなかったとされた.
しかし裁判で薬剤投与の正当性が問題にされると,当該添付文書の解釈から始まる.本件では,やむを得ない面もあったかと思うが,月経困難症等の治療目的で,添付文書上は避妊薬のOCを投与したことが,添付文書の解釈が複雑になった大きな原因と思われる.
本件OCのように,添付文書と異なる用法で使用せざるを得ない場合は他にもあり得るかもしれないが,重要なのは,やはり添付文書記載事項の事前確認であろう.添付文書の記載事項と実際の用法が異なる場合は要注意で,処方前に添付文書を確認し,使用目的等の相違を意識していれば,患者への説明や他の薬剤の検討など,問題の回避軽減の余地もあったかもしれない.
本件は判決まで2年超という時間を要している.この時間のロスを踏まえると,わずかでよいので事前の確認の時間を取りたい.
利益相反:なし
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