日外会誌. 121(6): 621-626, 2020
会員のための企画
「withコロナ時代」の医療機関経営について
1) 久留米大学病院 医療連携センター 山口 圭三1)2) , 赤木 由人1)2) |
キーワード
新型コロナウイルス感染症, 医療経営, 医療崩壊, メガトレンド
I.はじめに
この度は「会員のための企画」を執筆する機会をいただき,関係諸氏に感謝申し上げる.新型コロナウイルス感染症流行によりわれわれの生活は一変し,医療経営環境は未曾有の混乱状態に陥った.今回は「『withコロナ時代』の医療機関経営について」,私見を述べる.統計学的解析はJMP Pro 14を用いて,有意水準は5%未満とした.
II.医療機関を襲ったコロナショックの現状と対策案
WHO(世界保健機関)が今般の新型コロナウイルス感染症の流行をパンデミックに相当すると発表したのは2020年3月11日であった.本邦では4月7日緊急事態宣言が7都府県に発令され,16日に対象地域が全国に拡大された.政府や都道府県知事の呼びかけに対し多くの国民が外出自粛に協力し,新規感染者数が減少傾向となった5月14日に緊急事態宣言が一部地域を除き解除され,さらに5月25日に全国で解除された.この間,政治家やマスメディアから「ロックダウン」や「ステイホーム」,「ソーシャルディスタンス」などの横文字が連日発せられ,三密などの新造語が誕生した.そのような状況下にあって,感染者が激増し病床や人工呼吸器をはじめとする医療機材の不足によって,命の選択が迫られるようになる「直接的な医療崩壊」の発生が危惧されていたが,幸い日本では今のところそこまでの状況には至っていない.ただし,「間接的な医療崩壊」が近いこと,すなわち患者の受診抑制や医療機関側の診療体制の縮小等により医療機関の収入が激減し,経営上の問題により多くの医療機関の持続可能性に重大な影響を及ぼしていることが明らかとなった.医療系団体が行っている医療機関に対するアンケート調査では,外来患者数と医業収益の減少が著しい1)
~
4).久留米大学ビジネス研究所医療経営分室は久留米大学医学部同窓会会員に対して,独自のアンケート調査を実施した.調査票送付数は3,625箇所,有効回答数264(病院58,診療所206),回答率は7.7%であった.2020年4月の外来患者数と医業収益について,実に9割の医療機関が前年同月比で減少していると回答し,医療系団体のアンケート調査とほぼ同様の結果を得た(表1).全国規模の調査結果と比較すると,東京や大阪の大都市圏で医業収益が3割以上減少した医療機関の割合が非常に高率であり,大都市圏での収益の悪化がより顕著である可能性が見て取れる.この調査結果における診療科別の医業収益減少率(以下,減収率)は耳鼻科と小児科の落ち込みが激しく,他診療科と比較したところ,統計学的に有意差を認めた(表2).脳神経外科,産婦人科,泌尿器科,整形外科を含めた外科系診療科の減収率は-18.8%で,内科系診療科の-18.5%とほぼ同等であった.減収率に関連する因子について,単変量解析では「耳鼻科・小児科」,「医療機関の持続可能性への悪影響」,「カネについての経営リスク」,「経営リスク全般」,「助成金利用状況」,「病院・診療所の別」,「救急指定の有無」,「リハビリ施設の有無」,「新規開業・継承の別」について有意差を認めた.単変量解析で有意であった因子を説明変数,減収率20%以上を目的変数とした多変量解析では,「耳鼻科・小児科」,「病院・診療所の別」,「持続可能性への悪影響」が関連する因子として選択された.自院の持続可能性に危機感を有する,耳鼻科もしくは小児科標榜の診療所の減収が顕著であるとの結果を得た.
日本医師会総合政策研究機構の分析5)によると患者減少の理由として,患者が医療機関でのコロナウイルスの感染を恐れ,来院しない,リハビリを控える,長期処方を希望するなどの患者側の要因と医療機関が処置や手術を控える,リハビリを中止するなどの医療機関側の要因を挙げている.これらの変化は一時的なものもあれば,今後永続する可能性があるものも存在する.これまで2週間に1回もしくは1カ月に1回,受診していた患者が1カ月に1回もしくは2カ月に1回の受診間隔になり,目に見えての症状の悪化がなければ,多くの患者は今後も後者の受診間隔を希望するであろう.以前の受診間隔へ戻すことは相当に困難が予想されるが,静観していても状況は好転しないので,著者なりの解決策を提案したい.
1.ホームページや院内掲示で感染対策をアピールする
患者の受診抑制が感染への恐怖心によるものであれば,それを払拭する施策が有効である.自院が行う清拭・消毒等の感染対策がガイドラインを満たすものであること,三密を避ける工夫を行っていること(予約制の導入や自家用車を個人待合室として活用する,待合室には一定数以上患者や付添人を入室させない)などをホームページや院内掲示物でアナウンスすることなどが考えられる.さらに,問診票の記入をあらかじめ来院前にスマートフォン等のIT機器で行い,クレジットカードの事前登録などにより会計を経由せずに帰宅可能とする6)など,院内の滞留時間を短縮するあらゆる対策を講じるべきである.これらはまさしく「IT導入補助金」の対象事業や「新型コロナ緊急包括支援交付金」の「感染拡大防止等支援事業」で求められている取組の例に該当するため,公的な金銭的補助を受けることが可能である.
2.外来受診の価値を言語化する
患者にとっての適切な受診間隔についてはこれまでほとんど議論されておらず,医師と患者の間の阿吽の呼吸で決まっていたと考えている.服薬コンプライアンスや患者の病状ももちろん考慮されていたとは思うが,受診間隔について医学的妥当性をきちんと説明することは甚だ困難であるので,医師が患者にその説明を怠っていたことも事実である.そこで,今般のコロナ禍に処方日数や受診間隔を延長した患者に対しては,以前の受診間隔の価値を言語化して伝えてみてはいかがだろうか.質の高い医療であることは当然であるが,それに加えてその医療機関に通院したくなるような「医師や医療スタッフの人柄」や「雰囲気作り」も重要である.「先生に会いたくて受診しました」と言われるようになれば,本望であろう.
3.電話・オンライン・訪問診療の導入
飲食店は緊急事態宣言発令後,外出自粛や営業時間の短縮要請による店舗での売上減少への対策として,テイクアウトとデリバリーに活路を見出している.フードデリバリーサービスのUber Eatsのスタッフを町中で見かける機会が増加したことを実感している読者諸氏も多いことと思う.
飲食店でのテイクアウトやデリバリーは医療機関でのオンライン(電話)診療と訪問診療に該当する行為と考えられる.オンライン診療については賛否両論あることを承知しているが,飲食店が生き残りをかけて業態転換を図っているなかで,医療業界だけは静観していれば患者が自然に戻ってくるだろうか.今回のアンケート調査ではオンライン(電話)診療の導入状況や導入しない理由について質問している.診療科によっては「オンライン(電話)診療が診療科特性のために馴染まない(ため導入しない)」という回答が複数存在したが,患者側が医療機関側に対面診察と同等のクオリティーを求めているとは考えづらい.「安心して受診していただける環境をご用意させていただく」という医療機関側の意識7)や職員を感染から守るという経営者の気概が問われていることを自覚するべきであろう.
III.不況下の疾病トレンドの変化
新型コロナウイルス感染症流行による日本経済へのダメージは計り知れない.東日本大震災後の医療分野への経済的影響は全国的には軽微であったが,この度の感染症流行は医療にも深刻なダメージを与えている(図1).国は被害を最小にするべく,各種施策を実行している.対策の効果次第ではあるが,功を奏して長期間の不況にならなければ幸いである.残念ながら対策が不十分で不況が長期化した場合,疾病トレンドに何らかの変化は生じるのだろうか.
過去の不況の際に見聞きした経験はあるだろうが,不況と自殺は密接な関連があるとされる.1929年9月頃から発生した大恐慌での死因を調べた研究では,自殺率は失業率の悪化期(1921年,1932年,1938年)に上昇したと報告されている8).厚生労働省の自殺対策白書では,景気動向指数と男性自殺者数には負の相関関係があることが指摘されている9).
一方で不況によって,総死亡率は低下するとの報告が存在する8)10).Stucklerらの報告によると,1929年から1933年にかけての大恐慌時代に総死亡率は10%低下しており一人当たりの州民所得のトレンドとほぼ一致している10).肺炎やインフルエンザ等の感染症の死亡率が減少し,交通事故死者数も減少していた.その理由について,Stucklerらは「疫学転換」で説明している.疫学転換とは社会が発展する過程での疾病構造の変化のことであり,衛生環境が改善することで「感染性疾患」による死亡が減少し,癌や心臓病などの「非感染性疾患」による死亡が増えることを指す11).「感染性疾患」や「交通事故」による死亡者数減少については,外出を控える動きの関連もあったであろう.緊急事態宣言下の2020年4月と5月の日本の交通事故件数と負傷者数が,前年同月比較で30%以上減少していることは興味深い12).
IV.メガトレンドとは
読者諸氏はメガトレンドという言葉を聞いたことがあるだろうか.アメリカ人のJohn Naisbittの著書「Megatrends」に由来する語で,世界の在り方を形作るほどの力を持った政治や経済のマクロな動向を指す13).耳慣れない言葉かもしれないが,コンセプトは決して目新しいものではなく,インターネット上には個人や企業のメガトレンド予測があふれている.
監査法人を中核とするコンサルティングファームであるPwC Japanのメガトレンドは五つ,コンピューターと電子計測機器の製造,販売を営んだヒューレット・パッカード社のそれは,四つ挙げられている13)14).項目数に違いはあるが,内容はほぼ共通しており,「高齢化と人口増加の二極化」,「都市への人口集中」と「テクノロジーの進歩」に要約される.どんな産業もその影響から逃れられないのが,メガトレンドである.
「withコロナ時代」の医療界のメガトレンドを考えてみよう.著者が注目しているのは以下の3項目である.
1.「外来受診回数の減少」
このまま,現在の受診回数がニューノーマルとなるのか,以前の受診回数への回帰がみられるのか,しばらく観察期間が必要であろう.
2.「テクノロジーの進歩」
一般企業や教育現場ではテレワークの活用が一気に進んだ.医療機関は対面が基本との考え方を直ちに否定するわけではないが,世間のテクノロジーへの対応と歩調を合わせることは必要であろう.在宅勤務となった慢性疾患患者については,オンライン診療との親和性が高い.また,診療報酬請求上必要とされていない院内会議については,web開催を検討することをお薦めしたい.
3.「疾病構造の変化」
交通事故負傷者数や外傷(外出自粛や休校に伴うクラブ活動停止による),感染性疾患(インフルエンザ,手足口病等)の患者数減少が外出自粛に伴う短期的な影響であれば深刻になる必要はないかもしれないが,ある程度長期化するという視点に立った対策の検討が望ましい.
V.おわりに
「withコロナ時代」の医療界のメガトレンドに適合し,「afterコロナの時代」に読者諸氏とともに立っていることに拙稿が役立てば,幸いである.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。