日外会誌. 121(6): 569-570, 2020
若手外科医の声
大学院卒業後に一般外科修練を積んだ小児外科医の1例
青森市民病院 外科 木村 俊郎 [平成23(2011)年卒] |
キーワード
小児外科, VINDICATE
I.はじめに
小児外科志望として弘前大学消化器外科学に入局し,2020年4月をもって卒後10年目となる.大学院卒後,一般外科の修練を経て今年度より国際医療福祉大学成田病院で小児外科の修練が始まるタイミングで,弘前大学小児外科診療教授 平林健先生より「若手外科医の声」のご指名を頂いた.これを良い機会とし,小生の小児外科医を志すに至った経緯とこれまでを私見を交えながら執筆させて頂く.
II.症例
症例:36歳 男性.
既往歴:1991年 右鼠経ヘルニア(むつ総合病院で手術).
家族歴:母 乳癌.
現病歴:
1983年6月16日,青森県むつ市にて木村家第4子として出生.5歳で母親の乳癌を経験し医師を志す.地元の県立高校に進学するも成績は伸び悩み,3浪の末2005年に弘前大学医学部入学.当初は小児科志望だったが,5年の病院実習で消化器外科に興味を持つ.6年の小児外科実習で,Hirschsprung病に対するSoave変法を見て感銘を受け,術後も良好で笑顔で退院した患児を見て「やりがい」を感じ小児外科を志す決意を固めた.
青森県立中央病院で初期研修と1年の外科研修を終え弘前大学大学院入学.大学の消化器外科ローテート後,大学院の研究テーマを決めようとした矢先,小児外科の須貝道博先生が体調を崩すことが多くなったため,サポート要員として卒後5年目から1年間小児外科ローテートをすることとなり大学院を休学.この1年で胆道閉鎖症(BA)を2例経験.病因不明であることや葛西手術で減黄が成功したとしても移植が必要になる症例もあること,生涯followが必要になることなど,「ナゼ?」が尽きないBAの奥深さに興味が湧き,BAを研究テーマとすることとした.基礎研究にとりかかろうとした矢先,須貝先生が一身上の都合で大学を退職されたため,そこから完全に手探りで研究テーマの詳細を決定することとなる.関連する論文を読んでは消化器外科学講座教授 袴田健一先生と毎週のように議論を交わし,研究内容の詳細を決めていくという作業を続けて方向性を決め,卒後6年目より脳血管病態学講座教授 今泉忠淳先生の指導の下,「BA発生と自然免疫の関係性」をテーマとして研究を行い学位取得.
大学院卒後は青森市民病院で修練を積んだ.卒後8年目でようやく外科医としてのスタートを切り,先輩医師の厳しい指導の下,2年間で上部消化管27例(胃癌手術17例/その他10例),下部消化管94例(虫垂切除26例(うち腹腔鏡21例)/結腸・直腸癌手術43例(うち腹腔鏡4例)/その他25例),肝胆膵70例(肝切除5例/胆摘41例(うち腹腔鏡35例)/胆嚢癌手術4例/膵癌手術12例/その他8例),ヘルニア・その他47例(鼠経ヘルニア31例/大腿ヘルニア2例/閉鎖孔ヘルニア5例/その他9例)の238例を経験した.
2020年4月1日をもって国際医療福祉大学成田病院へ異動となり,渕本康史教授の下,小児外科の修練が始まる.
III.考察
本症例は全国の小児外科医と比べて修練の開始が,控えめに言ってもかなり遅いと言わざるを得ない.しかし2年間を通して主に悪性腫瘍を扱う成人外科を集中的に経験できたことは,今後小児外科をやっていく上で無駄になることはないと考えている.
袴田教授からお聞きした話の中に「VINDICATE」という言葉がある.英語圏の医学生ならほとんどが知っている言葉のようで,人体をシステムに分割した各カテゴリーの頭文字からなる.Vascular(血管系),Infection(感染症),Neoplasm(良・悪性新生物),Degenerative(変性疾患),Intoxication(薬物・中毒),Congenital(先天性),Auto-immune(自己免疫・膠原病),Trauma(外傷),Endocrine(内分泌)である.VINDICATE!!!+Pと,iatrogenic(医原性),idiopathic(特発性),inheritance(遺伝性),Psychogenic(精神・心因性)を加える場合もあるが,要は患者の隅々までカテゴリー別に網羅し,問題点を洗い出すSystemic surveyである.小児外科は主にCongenitalを扱い「機能温存」を,成人外科は主にNeoplasmを扱い「郭清」をテーマとして治療にあたるといっても過言ではない.両者とも「根治性」を大前提としているが,ここに大きな違いがある.その中で双方で得た知識や経験を基に,より広い視野で日常診療ができることは小児外科の修練が遅くなったことを十分に補填しうると考える.
外科に限らず各分野で専門性が増せば増すほど,良い意味で「VINDICATE」から遠ざかっていくと言わざるを得ない.これは患者や家族の信頼を得るために必要なphaseであり,言わば「away from VINDICATE」である.一方で,難渋する症例などに対応する際には基本に立ち返り,広い視野で体系的に物事をみて解決に導く,「close to VINDICATE」も時には必要になると考える.より多くのカテゴリーの知識を身につける機会を得ることができたことは非常に幸運なことであるが,この経験を生かすも殺すも,今後小生が小児外科医としてどれだけ成長できるかにかかっているので,一層身が引き締まる思いではある.
IV.おわりに
卒後10年目の「超」若手小児外科医であり,一人前になるための知識や経験,技術は途方もない量だが,これまでの経験を活かし,患者・家族と向き合いながら一つ一つ勉強していこうと考えている.
利益相反:なし
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