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日外会誌. 121(2): 149, 2020

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Editorial

外科医の姿勢

広島大学大学院医系科学研究科 消化器・移植外科学

大段 秀樹



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姿勢という意味には,「体の構え」と「物事に対する構えや態度」と言った二つの意味があります.不思議なことに英語のcarriage, posture, attitudeにも「身体的」姿勢と「精神的」姿勢の二つの意味が含まれます.文化や習慣が異なっていても,体の構えと心の構えとの関連には普遍性があるのでしょうか.
優れた外科医の姿勢としては,第112回日本外科学会定期学術集会の会頭を務められた千葉大学の宮崎勝教授が引用された米国の脳神経外科医(1869~1939)の遺した言葉が記憶に残ります.
1.He must be a researcher
2.He must be able to inoculate others with a spirit for research
3.He must be a tried (reliable) teacher
4.He must be a capable administrator of his large staff and development
5.He must, of course, be a good operating surgeon
6.He must be co-operative
7.He must have high ideals, social standing and an agreeable wife.
いずれも現代の外科医に求められる資質として異論はなく,普遍の導きです.
最後のagreeable wifeのくだりはAmerican jokeの趣があり,“He must have a good sense of humor”の意が含まれているのでしょうか.今の外科医には,“He must be an agreeable husband”と言ったほうが現実的です.
「心の構え」に関する価値観が普遍的である一方で,「体の構え」に関する考えは様々です.スポーツ競技においては,基本姿勢が存在しますが,その中で「姿勢の悪い選手」と「姿勢の良い選手」の話題があります.「姿勢が良い」事が競技力の向上や傷害予防に役立つとして,ストレッチングや呼吸やトレーニング等様々な方法論が主張されています.しかし,姿勢の良し悪しの定義には一考の余地があるようです.そもそも,一人一人骨の形態や骨格が違うし,その人の筋肉のバランスや癖,脳内のイメージまで挙げれば切りがないくらい一人一人が違うのに,誰にとっても良い姿勢が本当に存在するのか疑問視する考えがあります.「姿勢が良いからパフォーマンスが高い」のではなく,「ある動作に対して,選択された姿勢が適切だからパフォーマンスが高い」のであって,多様性のある人間の動きに「良い姿勢」を求めるのは,あまりにも短絡的であるという意見もあります.しかし,私がこれまで見てきた優れた外科医達は,例外なく良い姿勢の持ち主です.もしかすると,手術を極めるパフォーマンスを発揮するためには,身体の多様性を超えた普遍的な構えがあるのかもしれません.弓道の達人の話によると,弓を引く折には,腕の力だけではなく,つま先から頭の先まで,ほぼ全身の筋肉を満遍なく使っていて,その力の入れ具合は上下・左右均等が基本だそうです.この上下・左右均等を実践するためには,姿勢が大事というわけです.私は,ここでいう弓道の極意の中に手術に共通する部分を感じています.結紮糸が左右均等に引かれなければ微細な血管の結紮点はぶれてしまいます.繊細な癒着剥離操作に求められる触感も,左右均等な力の入れ方から伝わってきます.姿勢を正せば,手術が上手くなるわけではないでしょうが,本当に上手な人はそういった身のこなしを身に付けているように思います.皆さんも,いろんな方の手術に立つ姿勢に注目してみてください.

 
利益相反:なし

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