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日外会誌. 98(4): 457-461, 1997


特集

炎症性腸疾患の治療における最近の進歩

10.潰瘍性大腸炎に対する外科治療
-anal transitional zone 温存の功罪-

1) 横浜市民病院 外科
2) 横浜市立大学 医学部第2外科
3) 東京大学 医学部第1外科

福島 恒男1) , 鬼頭 文彦1) , 小尾 芳郎1) , 石山 暁1) , 松尾 恵五1) , 杉田 昭2) , 小金井 一隆2) , 篠崎 大3)

I.内容要旨
潰瘍性大腸炎の外科手術は1980年より病変粘膜を全て切除する術式(大腸全摘,回腸嚢肛門吻合)が報告されてから,広く行われ,根治術式として確立した.しかし,この術式のcriticalな所は歯状線からのmucosectomyと,回腸嚢とanodermの吻合である.mucosectomyは困難で,不完全であることが多く,吻合部の縫合不全によるpelvic sepsis, cuff abscessや,晩期の合併症であるlate anal fistulaの発生率が比較的高く,機能的に見てもsoilingを認めるものが多い.このような本術式の欠点を補うために肛門管全体を温存する術式を考案し,さらに自動縫合器を用いて吻合することにより,短時間で,安全,かつ確実な吻合が可能になってきた.肛門管上縁でpouchを吻合する方法を大腸全摘回腸嚢肛門吻合術に対し,大腸全摘回腸嚢肛門管吻合術と名付け,現在まで84例に行ってきた.その結果,縫合不全,late anal fistulaは減少し,機能的にもsoilingは消失した.残存直腸に炎症は残るが,治療の必要なものはほとんどなく,心配されるdysplasiaも現在迄,1例に認めただけで,その後には消失している.両術式共に利点,欠点があり,それらを理解して,さらに良い術式を考え行く必要があろう.
潰瘍性大腸炎に対する外科治療は1980年に宇都宮ら1),Parksら2)により結腸を全摘し,直腸の粘膜を肛門管の歯状線から剥離し,回腸嚢の先端と歯状線を吻合する方法が開発されてから飛躍的に進歩した.この方法により,潰瘍性大腸炎は治癒し,かつ肛門機能も温存が可能になった.理論的には完全なこの手術も実際的には問題も多い.通常の消化管の手術に比較して手術そのものが困難で,多期的で,合併症の発生率も高く,術後の機能障害の発生率も高い.同じ手術を大腸ポリポーシスに対して行うと合併症や術後の機能障害の発生率は極めて低いのと比較して対照的である.これは原疾患による直腸の炎症の程度,原疾患に起因する栄養障害,貧血,創傷治癒機転の遅延,治療に用いられた大量のステロイドなどが複雑に関与していると思われる.そして,これらの影響を最小限にするために手術が多期的となったとも言える.
このpouch手術の専門家達による国際シンポジウムの結果をみても合併症は高く,このことは手術の技術よりも,原疾患そのもの,ないし,手術の方法に問題があるとも考えられる.Dozoisら3)の集計ではこの手術による死亡率 0.14%,再開腹を要する腸閉塞 9.3%,pelvic sepsis/anastomotic breakdown 13%,anastomotic stricture 10%であった.この合併症の発生率はlearning curve,経験によって減少しないという報告もある.この合併症のなかで特に注目すべき点はpelvic sepsis/anastomotic breakdownとanastomotic strictureの2つであり,いずれもpouchと歯状線の粘膜の吻合に起因するものである.この2つの合併症を克服すれば,この手術の安全性,確実性は高まる.pouchと歯状線との吻合は非常に狭い肛門管のなかで行われ,pouchが十分下降しないと吻合に緊張がかかり,直腸の粘膜抜去の際,細菌感染も起りやすく,術後にanastomotic breakdownが起り,感染が直腸筋筒内に拡がるとcuff abscess, pelvic sepsisに発展する.また,感染が慢性に吻合部全周に持続するとanastomotic strictureになる.これらの多くは適切な抗生物質,一次的人工肛門,ドレナージなどで改善するが,一部の症例では,永久的人工肛門になる.また,改善しても,排便機能障害が残ることもある. これらの欠点を補い,改善するために術式の改良が考案された.最初は1986年,HealdとAllen4)がmucosal proctectomyを行わず, dentate lineの位置でpouchと器械吻合を10例に行った.7例は排便の調節が可能であり,直腸の筋筒がcontinenceに必要であるという説を明確に否定している.その後,Williamsら5)はroticulatorを用い, double stapling methodでpouchとdentate lineを吻合する方法を14例に行い,術後の肛門の内圧検査で,最大静止圧と最大収縮圧の低下を報告している.これは吻合時にdentate lineより上の内外肛門括約筋を損傷しているためと考えられる.1987年,Johnstonら6)はmucosaI proctectomyを行わず, EEAを用いて肛門管上縁とpouchとを吻合した12例と,通常のmucosaI proctectomyを行った24例を比較した.その結果,肛門管を温存した群では肛門管静止圧はmucosal proctectomyを行った群より有意に高く,fecal continenceは温存群では12例中,11例で完全に維持されたが,mucosal proctectomyを行った群では58%にfecal leakageが見られたと報告した. McHughら7)はmucosal proctectomyを行った55%は夜間のsoilingがあり,84%は下着が汚れ,32%はpadを必要としていたと報告している.これに対し,Millerら8)はanal transitional zoneを温存すると術後の肛門機能は良好であると報告している.また,Martinら9)も肛門管のMorgagni柱の移行上皮は肛門括約筋の反射的閉鎖に関与し,日中および夜間の液状の便の調節のために,これを温存することをすすめている.この時期にはanal transitional zoneの温存に対する功罪に関する論文がいくつも見られている.
われわれは1989年,肛門管を温存する手術を発表した10).(図1,2,表1)そして,宇都宮ら1)の手術と区別するためにこれを大腸全摘,回腸肛門管吻合術(ileoanal canal anastomosis, IACA)と名付け,これまでに84例に対して行った.この結果を含めて,transitional zone温存の功罪について比較検討して見たい.

キーワード
潰瘍性大腸炎, 大腸全摘回腸嚢肛門管吻合, 肛門管移行上皮


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