日外会誌. 124(6): 572-574, 2023
定期学術集会特別企画記録
第123回日本外科学会定期学術集会
特別企画(5)「若手教育の光と影」
1.外科教育におけるProblem learnerへの取り組み
名古屋大学大学院医学系研究科 消化器外科学 高見 秀樹 , 小寺 泰弘 (2023年4月29日受付) |
キーワード
外科教育, 医学教育, Problem Learner
I.はじめに
外科医にとって教育は重要なものである.しかし教育現場において外科医が「問題である」と考える学習者に出会うことはしばしばある.そのような問題のある学習者は「カリキュラムそのものや指導医に対して多大なリソースを使わせダメージを負わせる」とも言われる1).この場合の「問題」には知識不足,能力不足,態度の問題,やアンプロフェッショナルな行動2)など幅広い「問題」が含まれるが,昨今の新自由主義的な社会環境や働き方改革の下でどのように指導したらいいのかわからないという話をよく耳にする.
著者は数名の外科教育に興味のあるメンバーと不定期で勉強会やワークショップを開催しているが,取り上げてほしいテーマの中で「Problem learnerの教育」は比較的多くの希望がよせられた(図1).こういった問題のある学習者に対する教育についてSteinert Yの総説3)を参考にしたフレームワークを用いた事例検討会を行ったため報告する.
なお,「問題のある学習者」のことは,“problem learner”,“difficult learner”,“troublesome learner”,“disruptive student”,“unprofessional behavior”など様々な表現方法があるが,本稿では“problem learner”という名称で統一する.
II.Problem learnerの定義とその対応策
Problem learnerはアメリカ内科学会では「権威のある者の介入を必要とするほど重大な問題を示す学習者」と定義づけられている.またWilliamsらの報告では単施設ではあるが30年間の外科研修で22%のProblem learnerが存在していたと報告されている4).一方でどんな学習者がProblem learnerになるかを推測する明確な指標はない5).学習者は常に疲労や失敗への恐れ,病気,プライベートな問題など多くの要因の結果として学習困難な状況になりやすいことを留置すべきであると指摘されている3).
Steinert Yは,このように様々な要因の結果として起こる「Problem learner」と対峙した際に一定のフレームワークを使用することで問題の整理ができ,解決の糸口になるのではないかと述べている3).図2はSteinert Yの作成したフレームワークを日本語に翻訳・改変したものであるが,これを用いることで「Problem」が誰の,何が原因であり,何のために解決すべきかを明らかにすることが可能ではないかと考える.
このフレームワークには六つのセクションがあるが,問題を起こしているのは学習者だけではなく,指導者やシステムのいずれか,もしくはそれらが複合的に重なっていることがわかる.学習者の問題としても知識・態度・能力・学習者自身のプライベートな問題や身体的・精神的問題,がある.これらを整理して理解することができる.またその問題は本当に解決しないといけない問題か,解決したらどのような結果が得られるか,について考慮することで問題をより明瞭にしやすくすることができる.
III.事例検討会
有志参加の事例検討会にて実際にこのフレームワークを用いて「Problem learner」の対応について解決の糸口を探索する事例検討会を開催した.それぞれのフレームごとに可能性のある問題とそれぞれの対応・介入案について検討した.その結果,これまで指導に難渋していた学習者についても,いくつかの建設的な対応策を提案することができた.
本事例検討会参加者からは,「参加することで自分にはない視点を得られた」,「共有することで気持ちがすっきりした」といった意見が寄せられた.このような事例検討会は外科指導者の「影」の部分を減らすためにも有用であったと考える.
IV.Problem Learnerへの介入方法
本事例検討会で提案した,または提案する可能性のあったProblem Leanerへの介入案をいくつか記載する3).
①指導医の問題:まず指導医自身にも問題が起きていないかを確認する.状況によっては指導医の変更を行うことや,指導医一人ではなく複数人での対応を検討する.
②学習者の能力の問題:臨床業務や求められるアウトカムが本人の能力にマッチしているかを確認する.問題がある場合,負担軽減や本人の目標の再設定を検討する.
③学習者の知識の問題:学習者の知識に問題がある場合,目標の再設定,修練期間の延長,教育・学習機会の充実といった対応を検討する.
④学習者の態度の問題:学習者の臨床や学習への態度の問題があるかどうかは,複数人の観察による確認が必要である.
⑤学習者の個別の問題:学習者のプライベートや学習環境に問題がおきていないか,身体的・精神的な問題がないかを確認する.同僚やメンターによるサポートの他,産業医面談や病院の受診カウンセリングやセラピーなどを提案する.また状況によっては休職なども検討する.
⑥環境・システム・カリキュラムの問題:学習目標や評価項目がふさわしいものであるかを確認する.臨床業務の軽減・学習機会の充実,評価の改善,目標やカリキュラムそのもの改善などを検討する.
いずれにしても対話や観察により学習者の状態をよく把握して問題解決の糸口をつかむことが重要であると考える.
V.おわりに
Problem learnerの指導に悩んでいる指導医は一定数いることは間違いない.しかしそのProblemが学習者にだけあると思い込んでいる可能性がある.今回例示したようなフレームワークを用いて問題を整理することで問題解決の糸口となる可能性がある.また一人では解決が難しいため,複数人で相談することができるような事例検討会は有用であると考える.
利益相反:なし
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